２６６：ダンジョンクローラー（シガミー御一行様）、魔法不可の効能
「これはこれはイオノファラーさま……凄く明るくて便利です」
「にゃみゃがぁー♪」
わいわいがやがや。
自然とみんな、小躍りにあつまる。
「――生命ノ元とナる活力……マナノ流レが、こノ場所ニは通っテいません――」
魔法の元になる活力――
マナがないから魔法が使えない。
そういうことらしい。
ＭＰとやらが減るし一瞬でかかりはするが、それも空中に溶けちまう。
ここで使えるのは、リオレイニアのひかりのたまと――
迅雷たち神々が使う――神力だけだ。
「さっきまでの暗闇が、嘘のようだぜ！ がははは♪」
迅雷の飯と同じ――神力で動いてるんだから。
とうぜんコイツらも使える――道理だ。
「「「「「「ぎゃぁぁぁぁっ――――!?」」」」」」
繰りだした〝紙猫〟を見るなり、全員が跳び上がった！
「なぁんでぇい、もう忘れちまったのかぁ？ こいつは祭りの最後に作った、〝おもち〟だろーがょぉ」
操るための火縄っぽい棒の引き金を引けば、こうして五百乃大角ほどじゃなくても明かりがとれる。
「それにしても迅雷、こーんな便利な物を忘れてんなよなー」
まあ、おもちたちじゃ、ミノタウ戦には力不足だっただろーが。
「オ言葉でスが、シガミーもデす」
うん、そうだな。
そもそもこいつぁ――舞台を照らすために作った仕掛けだった。
しかも、ほんの十分前の戦いの最中のことが、まるまるすっ飛んじまってるから――
忘れた度合いでいやぁ、おれにかなう者がいねぇ――
「――ってオマエらわぁ、いつまで腰を抜かしてるんだぁ？」
引き金を引いて――――ふすふすふすすふっ。
おもちをけしかける。
「「「「「ち、ち、ちがっ違う！ 血っ、血ィィィィィィッ――――!?」」」」」
血だぁ？
一斉に指を指されて、初めて気づく。
「あー、そーいや、そーだったぜ！ これなぁー、そうだぜ、こいつぁーミノタウの野郎の――返り血だぜ！」
すたりと起き上がり、五百乃大角の後光に立った。
全身真っ赤に染まった、服をさらす。
「そんなわけないぃーですわぁっ！」
「なんでだぁーっ？」
あれだけの図体だぜ。
倒したってんなら――返り血ぐれぇ。
テーブルの上に置きっぱなしだった、やたらと長ぇ包丁。
それを布巾で拭う、黒い護衛。
「シガミー、これを見てください」
拭った布巾を、開いてみせられた。
「ちっ、しくじったぜ！」
その色は――赤くなかったのだぜ。
「――やって仕舞いましたね、シガミー――」
青白い血の色が、後光で照らされた。
テーブルの上に、おなじく置きっぱなしの――
丁寧に切りわけた――深い所。
肉の色は――なんでか普通に桜色だった。
ふぉん♪
『ヒント＞血の色／活力を運搬する色素蛋白質の発色
＞魔物肉の色／活力を変換した酸素を運搬する色素蛋白質の発色』
わからんが――おれの血の色を見て、驚いてるんじゃねぇよな？
いやたしか、いつだか姫さんが頭あたまから吹いた血ぃわぁー、ちゃんと赤い色をしてた。
冒険者たちの包帯に滲んだ色も、ちゃんと赤かったし。
そもそも、いつも狩ってた丸鳥も、赤い血をしてたじゃんか――
――って、それどころじゃねぇぞ。
五百乃大角の懸念が、本当になっちまう。
「みゃみゃん、にゃがにゃがやーが？」
肉球を向けるんじゃねぇよ。
猫のレイダを筆頭に、詰めよられた。
§
「まったくもう、呆れて物が言えませんわ」
おれを抱えて、鬼のような目を向けるガムラン最強。
近ぇ近ぇ！
「やい、離しやがれ！」
「蘇生薬を使ったなら肉体的には、完全に修復されていますけど――――覚えていないって言うのは、すこし気になりますね」
そういって、冷たい視線を向けるのは――白い給仕服。
「そうですね、高等魔術による高位の蘇生術を掛けられた場合に記憶の混濁があるって言うのは、私の魔術の師匠から聞かされたことがあります」
おなじく、訝しむような視線を向けるのは――黄緑色のケープ姿。
ガチャガチャガチャ――ごどどん。
テキパキと再現されるキャンプ。
上の階に置きっぱなしだった休憩所を、こっちに移したのだ。
降りる道はとうとう見つからず、今晩――もう朝だが、ココで夜営するコトになった。
なんせ伯爵夫人、直々のご依頼だ。
どうしたって火龍とやらを倒して、家宝を作るための素材を集めないといけない。
ちなみにだが、ミノタウロースの素材はおそらくは超高額で取引されるだろうし、有史以来存在を確認できたのは数える程しかなく。
「下手なことしたらさぁー、あたくしさまのごはんがさぁー。研究室送りとかになってさぁー、年単位でさぁぁぁぁー――おあずけとかくらいそうよねぇーん？」
その眼光は赤く暗く、ミノタウのソレよりも恐ろしかったから。
すべてを保留……〝史上最美味ミノタウごはん祭り〟が済むまで、内緒にすることになった。
結局、火龍は必要で、やはり下に降りる方法を、見つけなければならない。
「みゃにゃみゃにゃやー！」
グリグリグリグリ――――だからその、短ぇ夏毛をこすりつけるなってんだ。
「おい、離しやがれ！」
「ダーメでーすーわぁー。もし、蘇生に失敗してたらシガミーは、いまこうして生きていなかったんですのよ――？」
ガチャガチャガチャガチャ――――だからその甲冑に付いた、やたらととんがった飾りを突き刺すなってんだ。
せっかく綺麗にした服と隠れ蓑が、また血塗れになっちまうだろ。
「なぁ、こんな魔法ひとつ使えねぇ場所で休んだりして、平気なのかよ……わぜ？」
この混成パーティーの良心。
黒騎士エクレア氏に、おうかがいを立てる。
「それは問題ないと……思いますよ」
彼が顔を向けた先。
「氷の――水の――雷の――炎の――、――――!!!!」
ダンジョン用の本式の、長い魔法杖。
いつも乗り物がわりにしてる杖を、高らかに掲げた給仕服が。
とんでもない早口で、やたらと長い呪文を唱えて――
片膝をついた。
「彼女をもってしても、満足に魔法が発動しない、この空間はとても――――」
危ねぇだろうって話をしてるんだ。
「――すばらしい修行場になりますっ！」
炎の魔術師フッカ嬢が、自分の杖を取りだして――
やっぱり――片膝をついてる。
「魔法は最初に収得したときの――形質が一生ついて回るんですのよ」
「みゃん、にゃがーやーにゃ、やー♪」
わからんが、いい加減はなせよおまえら。
おれぁ赤子か。
「そんな呑気なことしてて、平気なのか？ 魔物の巣で魔法が使えねぇんだぞ？」
「ですから、魔法が使えないのは――向こうも同じでしょう？」
ふぉん♪
『＞危険な魔物の８３％は、魔法による攻撃を主体に戦います』
ふぉん♪
『イオノ＞コッチの弱体化より、向こうの弱体化の方が大きいってことよ』
川の真ん中を行く敵軍に対して、コッチが浅瀬を取ったって感じか？
「なら――おれもやる、やるぞ！」
やい、はなしやがれっ。
だきつかれたままじゃ、窮屈でいけねぇや。
あ、おれぁ魔法の杖なんて、持ってなかった。
「でハ僭越ナがら私が」
ヴヴルルヴルン――――ゴツン！
迅雷がひさびさに、１シガミーの長さになった。
