262:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、B2Fひかりのたま不可フロア
「暗ぇ――」
くねる階段を、数歩で駆け下りた。
月のない夜よりも暗い、地下二階の洞窟。
灯り代わりの灼熱の亀裂は、ひとつも見当たらない。
「(暗視モードは正常に作動中です。暗視LVを上げます)」
ヴュパァァァァ――――カッ!
いくらか階段や壁が縁取られて、まわりの様子がつかめた。
さっきまでみたいな、迷路になった壁はない。
階段の壁は片側だけで、ひらけた場所らしい。
ひかりのたま――――ピカッ!
フッ――――!?
「なんだぜ!? 灯りの魔法がスグ消えちまった!」
「(何らかの遮蔽効果が作用しています。ですが――)」
ヴュザザザッ――――ザラつく画面が、じんわりと明るくなっていく。
だいぶ見えるようになったぞ。
「(一瞬でも明るくなれば、光源として機能します。闇が深くなるたびにひかりのたまを使ってください)」
わかったぜ。
ヴヴュ――ゥン?
頭を振るとざらつきが酷くなるけど、じっとしてるとそれが消える。
昼間のように……とはいかねぇけど見えるだけマシか。
地下二階はとても広く、天井がとても高かった。
「こりゃ戦いやすくて、鬼退治にゃうってつけだぜ」
「(オルコトリアが居たら殴られる危険がありますので、その慣用句は推奨しかねます)」
おう、そーだな。魔物退治な、魔物退治。
「ゴゥゴォォゴォォオオオォォオォオオォォオォオォォォォッ――――!!!!!!!!」
振りかえる。
広い天井のすみ。
丸々とした何かが、降りてこようとしてる。
「ありゃ、ミノタウロースか?」
「さえぎる壁がなくなったため、肥大化に拍車が掛かったようです」
それは大岩であり、とても人型とは呼べない。
ズボゴォン――――!
せまい階段からすっぽぬけた、大岩が――――ドッゴロロロゴロロォォォォンッ!
「やべぇ、転がり落ちてきた!」
空洞縁の階段側から、あわてて飛び退く――――スタタッ、トトォォォン!
ゴロロロッ――――ボッギュボッゴゥワッ!!!!
ミノタウ大岩が転がりながら、なおも膨れ上がるもんだから――
壁に弾かれ、こっちに向かって落ちてきやがった!
§
「――あらぁ? シガミーとの接続が切れちゃった!――」
おれが地下二階に降りたとき、地上組では一悶着あったらしい。
そのときのことはやっぱり例によって、あとから聞かされた。
「ちょっと、イオノファラーさまっ! それってたいへんじゃありませんのっ!」
大事に抱えてた小太刀を腰のベルトに差し込む、冒険者筆頭。
「リカルルさま、ここはまず現状を――!」
「――正確に把握するコトが、先決です!」
黒騎士と白給仕服に止められる、赤色の甲冑。
「シガミーちゃんは、なんて言ってたのですか?」
黄緑色のケープをまとった魔術師が、心配げにたずねた。
「――角を二本とも壊した……っていってたお♪――」
猫の魔物のようなのが、膝を抱えたまま返答する。
「――それなら、大角のミノタウロースも、もう怖くないよね――」
猫の魔物はにゃぁにゃぁと愚痴りつつ――口から黒板を取りだした。
椅子に座り気取った様子で――黒板に肉球を押しあてる。
画面に現れたのは――ゴツゴツした通路の行き止まり。
「なっ、なんですのこれ!?」
「――通路に挟まって、どうやらシガミーたちを閉じ込めたつもりらしいわよん♪――」
「ぷぐふひひっ――ゴッツン!?」
茶の用意を放り出し――いきおい余ってテーブルの角に額を打ちつける元給仕長。
「にゃがにゃ――!」
椅子からころげ落ちる――猫の魔物。
なかには子供が入ってる。
「どういう状況とみるべきでしょうか?」
ひとり動じない黒い騎士。
口元を押さえつつ、ソレに応じたのはケープの魔術師と――
真っ赤な仮面を、ひろげた片手で押さえつけ――何かに耐えるお嬢様。
「最大の脅威であった大角が、二本とも壊されたのなら――」
「ええ、さしあたっての危険は、回避されたと思いますわ」
「そうですねぇ――なんせミノタウロースの本当に恐ろしい所は、しつこくドコまでも追いかけてくる大角ですからね」
黒騎士のそんな言葉に、なごむ火龍の寝床入り口。
「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」
炎の魔術師が――とつぜん歌を口ずさむ。
「――なぁに急に、歌い出したりして。お気楽ねぇー?――」
強化服制御を奪ったのか、むくりと体を起こす猫の魔物。
「〽谷から轟くその咆哮はー、あなたの心を震わせるーぅ♪」
「〽三歩、八歩、十歩ごと、地が揺れ空割り追ってくるーぅ♪」
「〽角は突き刺さる、角は突き刺さるーぅ♪」
「〽走って、走って、できるだけ速くーぅ♪」
「〽でないと、ミノタウロースに突かれますーぅ♪」
「〽隠れて、隠れて、音を立てないでーぇ♪」
「〽折れない角は鋭く、その目はアナタを見逃さなーぃ♪」
「〽みんな灰色の角に、きをつけてーぇ♪」
「〽森の木陰、谷の底、お城の中庭、湖の底ーぉ♪」
「〽ギルドの鉄塔、魔城の頂きーぃ♪」
「〽ドコまでも届くぞ追ってくるぞ、灰色の角が追ってくるーぅ」
「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」
「「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」」
「「「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」」」
「「「「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」」」――みゃぁ♪」
「――えぇー、なんで大合唱なのん!? 何コレ怖っ! 何なのこの土着信仰――!?」
§
ドッッゴバッキッツドッズズズズズズズムムン――――――――!!
うぉりゃぁ――――すんでの所で飛び退いた。
新ギルド屋舎の吹き抜けよりも高い天井に、届きそうなほどの巨躯。
当然その幅も、相当な大きさで。
「ヴォギュヴォギュヴォギュヴォギュヴォグギュ、ヴォギュヴォギュヴォギュヴォギュヴォグギュ、ヴォギュヴォギュヴォギュヴォギュヴォグギュ、!」
体に比べたら小さな四つ足を、ぎりぎり地につけて――節が付いた鳴き声。
「(おいおい、まさか! まだ膨れあがろうってぇのか!?)」
「(これ以上、体積を増やされると、ダンジョン崩壊の恐れがあります)」
どうする!? 崩れる前に長い階段を駆け上がるか?
しゅるるるりゅるるっ――――――――。
だが、おれたちの心配をよそに――――ミノタウロースの体が、見る間にしぼんでいく。
「(原因は不明ですが、命拾いしましたね)」
ばかいうなっ!
しぼむ体に、惑わされるもんかい。
逆に、急激に膨れ上がっていくのは――殺気。
その強さは地下一階のときの、何倍だか見当も付かない。
「でげぱべ、ぷぢぜぐ、ぼぴせご、ずぶばぶ!」
「――っがぁ!? うるっせ――――!!!」
もう念話か地声か、わからねぇ!
とにかくうるせぇ怒声が、おれをつらぬく。
その一瞬が、命取りになった。
なんか灰色のが、おれの脇腹を貫いてる。
迅雷式隠れ蓑も、まだまだだな。
つぎがあったら――伝説の職人スキル全開で絶対に貫けず、未来永劫朽ちない鎧を作




