251:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、焼けない餅ってなーんだ?
「(……コイツを燃えなくするにわぁ――どーすりゃいーんだ?)」
座禅を組み――精神を落ち着ける体裁で――閉じた視界。
低い長机をだして、その上に直に座ってる。
行儀が悪ぃが、クエスト中は無礼講らしいし、かまわねぇだろう。
とおくから響く灼熱の弾ける音――
岩が焦げ逆巻く熱風――
茶をすする音や、みんなの話し声――
そんなのが全部……目の奥へ流れていき……喉を通って……腹の下まで落ちた。
暗い画面の中、収納魔法の中からひとつ。
しろくて目鼻立ちがない、猫みたいな魔物……魔物みたいな猫を選ぶ。
この紙の憑代を、本当に燃えなく出来るのか?
なんていう疑問をはさむ間もなく、つぎからつぎへと迅雷と解析指南からの注文が殺到する。
ふぉん♪
『解析指南>造形エディタ内ペイントツールで、
<代替五酸化アンチモン系>を塗布してください』
わからん。
五百乃大角のかりそめの御神体をつくったときに、絵で板の使い方は覚えた。
けど色塗りは五百乃大角がやったから、ソッチはよくわからねぇ。
あと塗る色に〝まえに迅雷が作ったらしい、白銀のジンライ鋼〟を使えってのが――おかしい。
ふぉん♪
『>シェーダープロパティを開き、
使い捨てシシガニャン<おもち>の内部サーフェスへ、
代替ネオジムーモリブデン合金を塗布してください』
迅雷もか、わからん。
レイダの背中から、そこそこの量の土塊を迅雷の収納魔法にうつして、ひたすら〝超抽出〟を繰りかえした。
そして、やっとのことで出来たふたつの鉄を、やっぱり白銀(コッチのは少し紫がかってる)のジンライ鋼に作りかえさせられた。
「(だから硬い鉄を、どうやってこんな紙に――塗れってんだぜ?)」
ふぉん♪
『>本来、真空チェンバー内で蒸着する工程ですが、
難しく考えることはありません。
エディタのなかのスポイトツールで、
作った合金……硬い鉄を、吸い取ってください』
「(内塞拆す――てのはなんだ?)」
ふぉん♪
『>〝おもち〟の表面をつかんで、右クリックしてください』
それはわかる。画面におれの手があらわれたら、中指で押せば良い。
押したら出てきた――蜜柑の皮みたいなのが光ってるから――それも押した。
するとこんどは収納魔法の中に並んだ、和菓子がチカチカと光り出す。
和菓子てぇのは仕舞われてる物を表してて、棚に分けたりそのうちの何個かだけ必要な分を取りだしたり出来る。
さっき〝作った紫がかった鉄〟を表すソレへ、意識を向ける。
「じゃあ何個、つかめば良いんだ?」
ふぉん♪
『>全部をつかんで〝おもち〟に押しあててください。
余剰分は収納魔法へ戻されます』
パッ――――ギラリィン♪
うをわっ――紙が鉄になった!?
ふぉん♪
『>コレでおもちの中が、燃えなくなりました』
よし、このむずかしい〝絵で板〟には、もううんざりだ。
かんたんな〝絵で板〟は面白かったんだが色を自分で塗りはじめると、とてもおれには太刀打ちできなくなる。
「いよぉぉぉぉぉぉぅしっ――完成だなっ!?」
ふぉん♪
『>もう少しです。猪蟹屋ならびに世界存続のために頑張ってください』
くそう世界存続か、ならしかたねぇ。
五百乃大角の飯を用意することが、この世界の目的――心臓だからな。
つまりは、あの無限の胃袋に対抗するには、猪蟹屋の稼ぎじゃまだまだ足りねぇ。
「(あー、うー、こうか? いやこっちか、なんでソコだけひっくりかえる!?)」
叩っ切るぞ――貴様ぁ!
出来た〝ぎんぎらのおもち〟をもう一回裏返して、最初に言われた白金のジンライ鋼を――押し当てた。
おもちの表面に、紫がかった鉄を塗って――裏っかえす。
また白くなったおもちに、今度は白金の鉄を塗って――終わり。
「こ、これでいいのか? もう、精根尽き果てたぞ」
実際にコイツを作るのに掛かった時間は、3分程度。
けど、迅雷の一行文字とおれの念話で――もうかれこれ三時間は目を閉じてた気がする。
「――でハ、〝超耐熱仕様使イ捨て汎用強化服〟ヲ取り出してくだサい――」
目を開け、誰も居ないあたりを、指さした。
ヴッ――――ぽすこん♪
あらわれたのは、銀色に光るシシガニャン。
……あまりの異様さに……叫びそうになった。
「「「「「ギャァァァァッ――魔物っ!?」」」」」
これは、おれでもそう思う。
「ふぃー、やっと出来たぞ!」
「な、一体なんですの!?」
亀裂から吹きあがる炎を体に写す――燃えないおもち。
シシガニャンは元々燃えないし凍らないし、水の底でも濡れない(そもそも沈められない)。
けどその廉価版は、ひのたまひとつ喰らったら良く燃える。
「フェスタの最後に使った、〝白いシシガニャン〟が居ただろ?」
よいしょっと、立ちあがり説明する。
「〝おもち〟ちゃんのこと?」
黄緑色のローブをまとう、炎の魔術師。
「けどそれ、ギラギンラと光ってましてよ!?」
アーティファクトでも有る赤色の甲冑を着込んだ、〝聖剣切りの閃光〟リーダー。
「燃えないように作り直したら、こうなった」
低い長机を――すぽん♪
「作り直した? シシガニャンは、テェーングさま謹製では?」
やぶ蛇だ。テェーングの正体がシガミーだって疑われるのは困るぞ。
切れ者のリオレイニアが居たんだった。やべぇな。
「――元ノ紙のままデも、300℃程度の熱にハ耐えまスが――」
いーから話を、切りあげるぞ。
「おっと迅雷、御託はソコまでだ! すぐヤルぞ、これをおれが着てあの通路をすすみゃいーのか?」
「いえ最後にもうひとつ、作らないといけない物が――」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――やるよ、やりゃぁいーんだろーがっ!
もう一度目を閉じること、今度は一時間くらいか。
やがて完成したのは――火縄銃だった。
§
「おい迅雷、ここの熱で壊れたんじゃ?」
何ってるのか、サッパリわからねぇ。
「――いいエ、私は正常ニ稼働しています。繰りかえしますが――そノ銃デ〝耐熱おもち〟を撃ってくださイ――」
用意した〝火縄銃〟は三丁。
通路前に立たせた、〝燃えないおもち〟も三匹。
「せっかく作った鉄の塊みたいな使い捨てシシガニャンを、自分で壊しちまうってのは、どーいう了見でぇい――あぁん!?」
ふぉん♪
『>4D超音波フェ-ズドアレイモジュール付き光源ユニットには、
銃口はありません。照射されるのも可視光と増幅された超音波です。
常態的に浴びなければ、特に危険な物ではありません』
「えっ、私がやってもいーの!? はぁーい、やるやるっ私やるっ♪」
頭だけを出した、毛皮を着た姿のレイダが、火縄銃を手にした。
なんの躊躇もなく――ずどん!
音は出なくて、〝燃えないおもち〟の背中に描かれた――〝矢の的〟を明るく照らした。
すると――ふすふすふすととん♪
右端の通路をすすんでいく――ギラギラおもち。
吹きあがる炎を体に写し、のしのしとあるく様は。
すっげぇー奇怪だけど、なんてぇいうかとても――
「な、なんですのその面白そうなヤツ!? 私にも一本、お寄越しなさいなっ♪」
リカルル姫が最後の一丁を、ぶんどった。
ーーー
座禅/精神集中の修行法。
五酸化アンチモン/金属元素の一種。無機系難燃剤として使われる。
ネオジムーモリブデン合金/未発見の合金。右足が沈む前に左足を出せば海も渡れる理論で、桁外れの耐熱性を誇る(理論値)。※参照URL https://ncode.syosetu.com/n5274fr/55/
4D超音波フェ-ズドアレイモジュール付き光源ユニット/サーチライト。照射地点の音場を制御し、物体を動かせる。支えなしで空中に浮かせることも可能。




