248:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、火山ダンジョン1F
ふぉん♪
『令嬢の服
防御力12。高貴な貴女のための上下服。
襟元やボタンの猫の意匠が愛らしい。
追加効果/なし』
彼女が着ている服は、防具の修理や作成に長けた烏天狗が一式防具に仕立てなおしたものだ。
噛まれた腕を包むのは元は普通の服だったけど、色々あっていまは――防御力12の、そこそこ良い装備。
「ぐぅわぁうぉう!?」
チリンとゆれるボタンとか襟元の猫の形は、リオレイニアが描いてくれた図面が元になってる。
そういや、リオの袖にも猫がついてたなー。
姫さん付きの給仕服には、全部付いてるのかもしれない。
「――いイえ、シガミー。タタの給仕服にハ、魚の意匠が使われていまシた――」
そっか、なら色々ある中から、好きなのを選ぶのかもなー。
「ぐぅぅわぉぉおぉん!」
いくら噛みついてもスタスタと、平気な顔で歩いていく魔術師に業を煮やした――狼みたいなのが、とび退いた。
「ぐぅわぁお、ぐぅわぁお、ぐぅわぁおぉぉぉぉぉん♪」
節のついた聞きなれない遠吠え。
みじかい夏毛で色もちがうけど、たぶん――コイツらは口から何か吐く。
ふぉん♪
『ヒント>ニードルウルフ/四つ足。太針を吐く。毛皮がとれる。
すじ張ってて、食べるところがないが、
口から吐くまえの、曲がってない針は稀少』
「あ、ソイツが吐くまえの針は、高く売れるって!」
火山までの道中にたくさん居た、いつもの〝石を吐く狼〟とはどこか違うみたいだ。
「「「「「なにぃ――――!?」」」」」
おれの号令で、一斉に群がられた狼が――ギャィィンッ!
たじろぐ暇もなく、張りたおされる。
決め手となったのは、なんとシシガニャン二号。
「レイダはシシガニャンを上手に、着こなせてるな。びっくりした」
強烈な張り手は、いつもおれが喰らってるのと同じ動きで。
「――ふふふふん♪ わたしだって、いつまでもシガミーのうしろに隠れてばかりは居られないもん!――」
舌をだらりと伸ばした針吐き狼を、手のひらの肉球で押さえる――すぽん♪
迅雷の収納魔法に取りこまれる獲物。
戦闘中でもなければ、こうすれば収納魔法もちゃんと使えるんだがな。
ちなみに猫語で喋るヤツは、うんと小さくして聞こえないようにした。
レイダの喋り声は迅雷が、耳栓経由でみんなにも伝えている。
「むっ? 隠し扉を発見しました。どうやら広い通路へつながっているようです!」
エクレアの護衛という役割、大剣・大盾を振りまわす戦闘スタイルからは、想像できないほどの細やかな立ち振る舞い。
そういや姫さんも天井とか壁とかを、よく見てる。
なるほどな。地上とくらべて考えが丁寧に、なっているのかわかる。
それと比べると、隠し扉へ雑にとびこんでいく魔術師フッカ。
火山の麓にあいた洞窟に入った直後こそ、鈍牛のような歩みだったが。
いまでは果敢を通りこして無謀だ。薄暗い中を駆け足で、すすんでいく。
「しかしまぁ、その一式防具を〝作れ〟と言ったのは私ですけど……末恐ろしいですわね、あの小天狗君は」
みんなの視線が、振りかえったフッカに集まる。
「同じやり方で20匹ほど狩っていますけど、擦り傷ひとつ付きませんね」
リオがフッカの手を取った。
「あのう、やっぱり……このスゴイ装備はお返しした方が良いのでは?」
呪いが解かれ、まるで別人と化した魔術師が狼狽する。
「くすくすっ、返すってドコにですの? その装備は元からフッカのでしょう?」
仮面を持ちあげ、上気した顔を覗かせるリカルル。
けっきょく烏天狗に支払われた一式装備の仕立てなおし代は、六万パケタにもなった。もちろん「金額は内緒になさい」と念を押されてる。
姫さんの甲冑にも、一筆入れてやっても良かったかも。
「そうですね。そもそも打たれよわい魔術師を狙ってくる魔物たちの行動を逆手にとって、実践して見せたのはアナタですよ、フッカさん」
リオは汗ひとつかいてないから、なんか生活魔法の神髄でも使ってるんだろうな。
「わたしの盾と同等の防御力を持つのを、目の当たりにしても信じられません」
彼がゴトリと地に立てた細身で長大な盾は、まるで新品のように磨きあげられている。無数の傷を綺麗さっぱり直してあげられたのは、とても良かった。
なぜかと言えば、リカルルの傍若無人さの中にも筋が通った人格形成。
それに少なからず影響を与えたであろう彼の、人となりに感服したからだ。
面が良くて、がたいも良くて、心根まで良いと来てやがる。
前世の猪蟹なら間違いなく、相容れなかった手合いだ。
そう考えると、この華奢で立端がなくて年端もいかない新しい体も、悪くないんじゃねと思えなくもないでもない。
「まあ夜だけっていう縛りがあるけど、立派なもんだなぁ」
そうなのだ。現在時刻はまさに夜半過ぎで。
ふぉふぉん♪
『ヒント>日夜シリーズ一式【終日】
全防御力日中336~夜半784(+229~+677)。
全魔法攻撃力日中342~夜半81(+143~-118)。
時間帯によって追加効果が変わる、
摩訶不思議な魔術師向け防具一式。
追加効果/日中INT+30/AGL+30
条件効果/日没中にHPが一割を切ると女神の加護により、
STR+30/ATK+30/VIT+30
装備条件/INT25。成人女性または、成人前の子供』
この画面は迅雷が映してやってるなら、シシガニャン二号の中でも見れているかも知れない。
「えーっとニゲルは、ひっつかんで黒板に押し当ててたっけ?」
黒手袋でシリーズ防具の内訳をつかんで、取りだした黒板におしつけた。
ヴォォンッ♪
でたでた。これでみんなにも見える。
「このレベルの防御力をもつ防具を魔術師が装備したのなんて、たぶん有史以来初めてじゃないかしら?」
え、そんなことないだろう、リオさん。
「妖……奥方さまだって、似たようなのを着てたのを見たことがあるぞ?」
「お母さま……ウチの名代や、その装備だけは別枠でかんがえて」
そういや、齢200年を超えた妖狐だったな。
しかも、五百乃大角の兄上である凝り性の神さんが、精魂込めてつくった体と装備一式。
「そうだなぁ、ありゃたしかに別格だ――けどよ?」
「なによ、シガミー?」
「そんな別格がひとつあるなら、こうしてわざわざ苦労してまでもうひとつ作らなくても良いんじゃね?」
「ふぅー、さすがのヒーノモトー生まれも万能ではないのですね。私すこし安心しましたわ」
仮面を持ちあげたままの、その顔に張りついてるのは嘲りではなく、安堵の表情。
「どういうことでぇい?」
おれぁ、この世に来て一年も過ぎてねぇ子供だ。まだまだわからねぇことだらけだぜ。
「別格を装備するための装備条件まで別格だったら、コントゥル家の者が装備できないかも知れないでしょぉ?」
ははっ、そりゃ道理だ。家宝ってこたぁ、誰かに受け継ぐことくらい有るだろうし。
奥方さまが着てた巫女服――おれが姫さんにもらった反魂の首紐と同じ糸で編まれた一式装備。
「――〝神巫女シリーズ一式・白昼夢の紬〟でス。装備条件ノ有無は確認できませんでシたが、〝身にツけた者が受ケた攻撃ヲ半減すル〟とイう破格の性能かラ察すルに、なんラかの装備制限をさレている可能性がアります――』
「なるほどなあぁ。手頃なヤツが別に欲しいってことか」
感心することしきりだな、おい。
フッカの服も一式防具にしたら、INTとか女子供しか着られなくなっちまったからな。
「ぐぅわぅるるるるうっ!」
また横穴から飛び出してきたのは、やっぱり針吐き狼で。
囮になった彼女に群がる魔物を、背後の全員でしとめる。
「やっぱり、その役はおれがやった方が良くねぇかなぁ」
魔術師ではなくて薬草師だけど、この中で狙われやすいのはおれだ。
二号を着たレイダに近づく魔物は、今のところいないしな。
「いいえ、どんなに強くたって、シガミーちゃんは小さな女の子なんだから、そんなことはさせられませんっ!」
鼻息を荒くするおとり役が、ずんずんと先に進んでいく。
「そうですねぇー。それにフォチャカさんの魔法攻撃力は、いま下がってしまっていますので……」
攻める役には足りないと。
じゃあしょうがねぇ、当分このまま行くか。




