245:天狗(シガミー)という名の神さま、最終戦はあまいやつ
「饅頭……(猪蟹屋二号店の〝ガムラン饅頭〟ではいかんのか?)」
不肖の弟子であるところの、美の女神の眷属をみやる。
じぃぃぃぃ――眼があった。
むこうも同じことを、考えていたらしい。
兵糧がわりに魔法具板に詰めておいた分。
舞台上の全員に出せるくらいの、持ち合わせはある。
箱から出して、皿にのせりゃ――完成。簡単。
そんなワケにいくか。
――どさどさどさささっ!
「どうぞ、〝銘菓おにぎり饅頭〟です。召しあがりください」
あれ、何してんだオマエ。しかも、箱のまま出しやがった。
「あらコレ……」
姫さんが、皿の上の箱に手を掛けた。
「はい知ってのとおり、こちらはフェスタ開催を記念して作られた、〝銘菓〟にございます」
銘菓おにぎり饅頭だぁ?
ソレだと、おにぎりなのか饅頭なのかどっちつかずじゃね?
そもそも、〝ガムラン饅頭〟じゃなかったのか?
「ござる⤴︎ござる⤴︎♪」
子供、ちょっと静かにしててくれ。
つられた観客が、また大合唱し出すから。
「かわいい。おにぎりちゃんの形なのね」
空飛ぶ炎の魔術師、フッカが目を輝かせている。
「うん、うまいうまい。これウチでも、お土産用に出したいんだけど――?」
もぐもぐもぐ♪
「だぁかぁーらー、そういうのはシガミーに直接――いや、饅頭製造販売所の話は店長あてでいいのか」
伝票を取りだす青年店長。そうだな、適正価格でお願いします。
「司会さまも解説さまも、どうぞ♪」
おいソレ、袖の下だろ。
「それでは、いただきます……もぐもぐもぐ、これは甘い! しつこいほどの甘さだ! もぐもぐ……しかし豆を包んだモチモチとした……もぐもぐ……柔らかな舌触りが|別次元《》rの甘味へと押し上げている♪」
甘い方を食べたか、よし評判は悪くない――烏天狗の評価になるのは、いまいましいが。
「非常においしいですね。ここガムラン町への物資はギルド関連が優先されますので、こういった菓子に使える材料はどうしても限られてしまいます。そのなかでコレだけのものを作るのは、並大抵の努力ではありません」
おおおおぉぉおぉぉ――――――――♪
流れるような解説に、感嘆の声があがる。
「みなさま、おかえりの際にはぜひ猪蟹屋ならびに新ギルド会館地下5階の猪蟹屋二号店へ、足をお運びくださいませ、うふふ♪」
「おおーっとぉ、ここで解説のリオレイニア嬢による、露骨なプロモーションが炸裂ぅ――――!!!」
だよなぁ、ほどほどにしてよ。
客が増えて猫頭青年に苦労を強いることになるのは、目に見えてるから。
「こちらのお茶もどうぞ」
だからそれ、袖の下だろ。
漂ってくる香りは、リオがときどき入れてくれる凄く良いお茶のだ。
「あら、この香り――?」
ひとくち口に入れた解説嬢が、目を丸くしている。
「わかりますか? それは隣町の喫茶店から分けて頂いたものです」
ははぁ、なるほどと納得する解説。
ルコルに、そんなの分けてもらったっけか?
忘れたが、分けてもらったんだろうなぁ。
一礼してスススともどる、裏烏天狗。
覆面に描かれた一つ目と眼が合った。
「(やい迅雷、喧伝ごくろうさま!)」
「――はイ。シガミー……オ師匠さマも、ゴ武運ヲ――」
もういちど、画面を見た。
『デザート』
字の横に描かれているのは――形としちゃ、いつだかレイダが大喜びでもらってきた、固くて甘いのに似てる。
ただ、画面の中のやつは固そうには見えない。
茶の器も見えてる。
饅頭にお茶。
これはあながち間違ってねぇらしい。
迅雷も茶を出してたし。
茶なぁ。
前世では時期によっちゃ、お高い茶葉だか粉茶が手に入ったとかで――高くねえやつが虎鶫隊にまで、まわってくることがあった。
茶の味なんざサッパリわからねぇおれたちでも、その複雑な苦みや渋みには感じ入る所があった。
ヴッ――じゃりぃぃぃん♪
ズドゴゴォン!
食材の山を錫杖で横薙ぎにする。
ばらばらと、こぼれる葉野菜や魚。
乾燥させるとチリチリになるひど柔らかくて、〝緑の色が濃い草〟をいちおう探したが――無ぇやな。
この食材を取ってきたのはおれと迅雷で、草っぽい奴には見向きもしなかったから――当然だ。
詰んだ。
さすがに、ここまでか。
迅雷と五百乃大角の、神々の知恵を借りずに二勝三敗。
ここまでよくぞ頑張った。
それに折角のガムラン饅頭のお披露目に、敗北を喫するのも縁起がわるい。
「(なんどか大僧正に呼ばれたときにみた限りで――とても本式には届かねぇだろうが)」
さっき使ったばかりの超特大の大鍋を――ドゴズゥン♪
こんどは炭じゃねぇ。
土をこねる時間もねぇから――〝絵で板〟っていう光の格子をつかう。
大鍋にあたまを突っこんで――ヴォフォォォォォォン♪
さっそく作りたい形を想像する。
ソレを縦に割った切り口を、さらに縦に割って……このねじった手ぬぐいの意匠をおせばいいのか?
グルルルッ――うっわ!
これじゃ茶器じゃなくて、暗器か撒き菱だ。
やりなおす――スススッ♪
クルンッ――おー、良いかんじに出来た。
あとはコイツを、人数分焼いていく。
「(基礎化学、分析術)」
材料なら、ギルド屋舎の土台を掘りかえしたときのが、売るほどあまってる。
「(コイツにかくはん王、〝絵で板〟へ流しこんで初級造形)」
木の板を鍋底において、できた器を作業量倍化。
「(試薬調合、超抽出)」
おおかたは炭と同じで良さそうだ――
「キリキリバサラウンハッタ!」
ごうぅわぁ――!!
ばこん――すかさず超特大フタをする。
さてあとは、ほんとうにコレで出来るのか――解析指南。
中鍋に山盛りのソレを見つめた。
§
「あら、やさしい香り」
「これも、ヒーノモトー国のものかい?」
「日本のお茶は、おちつくよねー」
「あら、なかなか良いお味ですわ♪」
「かすかな渋み? 苦み? 体には、すごく良さそうだけど――ずずずっ」
「ぐぬぬぬ……まさか薬草からこんな、玉露のような茶葉が作れるなんて――ぼほぅー♪」
吐く息に狐火が混じる。
「ずずずずぅー。ふはぁ、やっぱりおまんじゅうには緑茶よねぇー♪」
「どうぞ、司会殿に解説殿」
ことことり。
素焼きの湯飲みを、饅頭の箱に添えてやった。
これは袖の下ではない。
ドルゴロ--ドドン!
『天』『天』『天』『天』『烏』『天』
よーし、これで三勝三敗だ!
「一週間にわたり繰り広げられたカブキーフェスタも、本日が最終日! 第一回おにぎり杯の栄冠を勝ち取ったのはっ――――なんとテェーングさまとカラテェー君のお二人となりましたぁ! みなさま盛大な拍手を――」
司会により唐突に終了する、催し物。
「えーなお、料理対決の配当に関するご案内は、後日新ギルド会館に啓示されますので、それまで半券を紛失なさらないよう、お願いいたしま――」
リオレイニアの注意に、会場中がゴソゴソと懐に半券をしまい込む。
「クツクツクツクツ――――では、また日を改めてお話をしましょぉう天狗さまぁ?」
月影のにたぁりとした微笑みも、あまんじて受ける。
勝てなかったが、負けたわけではない。
五百乃大角にうまいこと、取りなしてもらう足がかりにはなる――といいなぁ。
ふう――それでだ。
舞台上、かたづけが始まる中。
ただひとり、呆然とたたずむ青年の姿が、目にはいった。
その手には半券。
ふぉふぉん♪
『リカルル・リ・コントゥル様との一日デート券
有効期限/カブキーフェスタ開催中のみ有効
【※恋の相談も下記の場所にて、別途受け付けます(但しニゲルに限る)
恋愛受付相談所:お気軽に超女神像転移陣の間まで、お越しください】』
「――ま、まずったわね。食べるのと遊ぶのに忙しくて、すっっっっかり忘れてたわっ!――」
おう潔いな、ニゲル専用恋愛相談所所長。
「こわぁ――ん♪」
かたづけられていく司会席から、穴の空いたしゃもじのような魔法具をうばう姫さま。
「会場へお越しの皆さま、リカルル・リ・コントゥルです。いまココに第一回カブキーフェスタの大成功ならびに終了を、宣言いたしますわぁ――――♪」
膝から崩れ落ちる、勇者ニゲル。
それを彼女が見たのかはわからないが、拡声された声はまだつづく。
「なお、第二回カブキーフェスタの開催も、たった今決定しましたわぁ♪ 開催時期から何から何まで一切未定だけれど……くわしいことわぁー、後日お知らせいたします――――――――猪蟹屋のリオレイニアさんが――ブッツッ♪」
脱兎のごとく逃げる姫さんを、追う元侍女長。
そして青年は、静かに立ちあがる。
勇者になりそこねた、猪蟹屋の二号店店長。
その拳がなぜか力強く、突き上げられた。
「(ニゲルの奴は、どうしたんだ?)」
ふぉふぉん♪
『有効期限/カブキーフェスタ開催中のみ有効』
彼の持つ半券とおなじ文面の一部が大写しになった。
「半券の、この部分をよく見て」
リカルルとの一日デート券に、期日指定はない。
「(はぁ!? なんだその頓知みてな話わぁ。それに次はいつになるか、まるで決まってねぇだろぅが!)」
青年は拳を空高く、掲げつづける――いつまでもいつまでも。
ふぉふぉん♪
『【※恋の相談も下記の場所にて、別途受け付けます(但しニゲルに限る)
恋愛受付相談所:お気軽に超女神像転移陣の間まで、お越しください】』
また半券の文面が、大写しになり――
カシャ――『(Θ_<)』
〝浮かぶ玉〟があらわれたと思ったら、また片目を閉じやがった。
どうやらアレは、虫を払ってるわけじゃねぇ。
ひょっとしておれのうしろに居る誰かを、射貫こうとでも言うのか――
ばっ――背後を振りかえるが。
舞台上にのこってるのは、天狗と浮かぶ玉と青年だけになった。
裏烏天狗はかたづけの手伝いをしているし――
おにぎりは女将さんにくっ付いて、どっか行っちまった。
ヴォヴォォォォ――――ン。
片目を閉じた人の形が、姿をあらわしていく。
「また、恋愛相談所をやらないと……ダメかしらねぇー」
その下っ腹が、のっぴきならないほどに膨れているのは。
祭りのあいだ中、朝から夜中までずーっと飯を食いつづけていたからに他ならない。
どんどん遠くなる片付けの音。
フェスタ最終日は静かに幕を、閉じていくのであった。




