239:天狗(シガミー)という名の神さま、きつねうどん
「きつねうどんあがったわいっ――とくとご賞味召されよ!」
ごとん――ぜぇー、はぁー!
息もたえだえになりながら、どんぶりを自ら審査員席へはこんだ。
題目の『スープ』てのは汁物だから、これさいわいと――豆腐揚げがのったうどんをつくった。
まだ二本目だからと出し惜しんでいたら、この取っておきを出せなくなる。
箸くらいの長さに切った太ネギを添えた。
箸代わりにして囓りゃ薬味にもなる。
箸とネギを刻むための黒鋏も、盆にのせてやった――完璧だ!
弟子は――。
「奥方さま、こちらは山鯨の御味御汁です。どうぞ召しあがりください♪」
さっき使った猪肉の残りじゃねぇか。
ほんとうに迅雷、意趣返しのつもりなんじゃ?
「ふうぅ、お揚げのうどんに山鯨の味噌汁とな。ほんに、なつかしいのぉう♪」
ありゃ? 奥方さまは〝お揚げ〟に、ご執心じゃなかったのか。
うどんだけじゃなくて迅雷の味噌汁まで、懐かしがってるぞ?
§
ざるに盛った豆の山をみつめて――解析指南。
「(この豆で豆腐をつくるには、どうすりゃ良いかのぉ?)」
その手順は思ってたよりも、ずっと難しくて――
うどんをこねながら、黒板に要点を書き留めなければならなかった。
なんせおれみてぇな荒事衆の木っ端僧侶にゃ、お山の板場の様子を見る機会も必要もまるで無かったからな。
けどたしか香味庵の女将が、正月に豆腐をつくるってんで――たしか〝にがり〟とかいう苦水を、すり潰した豆の煮汁に混ぜて――
あたえられた時間のほとんど全部を使って――
塩から〝にがり〟てのをつくった。
喰うのにちょうど良くなるまで、豆を豆のまま育てたり――
醤油の持ちあわせが少なかったから、それを十倍くらいに増やしたり――
そりゃ大変で、裏烏天狗の様子をうかがってる暇はなかった。
うどんなんかは、こねてるウチにスキルが勝手にしあげてくれたが――
それでも茹で方と切り方を、やりなおす必要があった。
何個ものスキルがあるからと、過信してたけど――伝説の職人スキルが上手いこと効いてくれなかったら、完成していたかは怪しい。
やい奥方さまめ、その豆腐揚げうどんを作るのには、結構な手間が掛かってやがるぞ。
「火傷などせぬよう、ご注意なされよ♪」
せっかくの「豆腐揚げ」だ、お熱いところを喰ってくれ。
「あっるぇー? あたくしさまの分わぁー? あっるぇー? あたくしさまのぶ・ん・わぁー?」
ええい、やかましい!
巨大画面には五百乃大角の鏡餅みたいなむくれ顔が、映し出されていることだろう。
リオレイニアにガシリと頭をつかまれた五百乃大角は、お盆にのせられお味見席へと運ばれていく。
「ずっ」
どんぶりを持ちあげ、汁を一口。
さすがは日の本生まれだからか、その所作は堂に入ったもので。
「つるつるつるる――♪」
一本ネギでも難なくうどんをすする。
「んふむ……もぐもぐ――じろり」
やめろその月夜の眼光でおれを……わしを睨むでないわ。
とん、とネギをどんぶりに刺したまま。
やおら箸をつかいだす――五穀豊穣の神の眷属。
ひょい、ぱくり――――「熱っひゅ!?」
こりゃいけねぇ――火傷でもされたら、腹いせに烏天狗に点を入れられちまう。
「大丈夫かのっ――これを!」
ヴッ――ことん、「アミリテイウンハッタ」
取りだした杯に、つめたい水がとぽぽぽぽっ♪
〝みずのたま〟と〝つめてぇまほう〟を同時でしかも天狗っぽく。
あの生活魔法のおばけ――リオレイニアでさえ魔法が発現しなかった、詠唱法。
リオレイニアは――ほかの審査員たちに配膳してるな。
訝しまれてないってことは、この天狗仕様の魔法はつかえると思って良いだろう。
事ここに至っては……天狗がシガミーとバレるのは……できたら避けたい。
突っ返されるかと思ったけど奥方さまは素直に受けとり、こくこくと喉を冷やす。
「ふぅー、ふぅー――ぱくり」
かみ切られる豆腐揚げ。
もぐもぐもぐもぐ――ごくん。
「ほぉう――――――――ぽわっ」
上気した頬、くちから狐火がこぼれた。
「はふはふ、もぐもぐ、つるつるるっ、ずずず」
終始無言でどんぶりの中身を空にしていく。
「(心配せぇずともぉー)もぐもぐもぐ、(前世の恨みで手心を加えたりは)はふはふはふぅ、(いたしませんわぁ)ずずず――ごくん♪」
「(そうしてくれると助かるわい)」
ここまで近いと、つよく念じられると念話が通っちまうみたい――じゃわい。
「(どおかしらぁ、200年越しのぉ、お揚げのお味わぁ――うふふぅ♪)」
あ、女神め。御神体の体で念話をつかいやがって
「殺気ッ――!?」
「コォォン――!?」
審査員席と会場最前列からなんか聞こえたけど、構ってる場合ではない。
退散退散、いそいで舞台中央にもどる。
五百乃大角の感想は、「どっちも本当に良いお味です。おかわりを要求します」だった。
ドルドルゴロゴロォ――――ドドン!
だからそれ、焦れるんじゃが。
『天』『烏』『烏』『天』――票が割れてる。
注目のなか、伯爵夫人が掲げたのは――――
「さっすがルリーロちゃぁん! あったくしさまもねっ、同意見ですわのぉよおぅ。甲乙付け難いから、この勝負はドロー! あ、タタちゃん! おかわりをもう一杯ずついただけるかしるぁー?」
狐耳の奥方さまの手には、『天』と『烏』の二枚の札。
やいふざけんな――――と思ったけど。
頬に手をあて、物思いにふける妖怪狐。
その目尻にキラキラと輝くのは、おれの知らない日の本の風景なのかも知れず。
鬼の目にもなんとかだ。今回は札をもらえただけ良しとするか。
ちなみに本物の鬼は箸をつかうのが苦手らしく、はねた汁に激高して――『烏』札を掲げた。
やべぇな、これで一勝一敗。
良い勝負になっちまってる。




