237:天狗(シガミー)という名の神さま、料理対決開始
「さて始まりました料理対決六本勝負なんですけれども、まずはオードブルとなるこの一本目。解説のリオレイニア嬢はどうみますか?」
やたらと滑舌が良いギルド職員。
紹介された白い悪魔……解説のリオが、テーブルに置かれた穴の空いたしゃもじのような魔法具に顔を寄せる、
「はい。テェーングさまが猪蟹屋で揚げ物を揚げるお手伝いをしてくださったことがあったのですが、その手際はとてもお見事でしたわ」
「なるほど、テェーングさまの料理の腕には期待できると言うわけですね。現在テェーングさまに投票されたのは142人。それに対し、カラテェー君は83人というすべりだし。一般的な少年の料理への評価が、投票数にあらわれているようです」
背後の巨大な画面が切りかわり、子供と大人をあらわす人型にそれぞれ数字が添えられた。
「(子供だからっていうのは気に入らないけど、まあいい。どのみち最後に勝つのは、わしじゃ)」
包丁をかまえ、覆面越しにキッと弟子を見つめてやる。
「――そウですネ。心配せズとも味ノ善シ悪しハ、かナらず結果にアらわれます――」
おなじく包丁をかまえ、覆面越しにキッと見つめかえす弟子。
「なにやら師弟のあいだに、火花が散っている様子だが――」
「お顔が見えないので、表情がつかめませんねー。ふぅー」
頬に手をあて、ため息をつく解説者。
「(顔が見えないのは、リオもいっしょだろーが)」
「(同感ですがシガミー、そろそろ食材を決めないと)」
「なお投票には制限時間を設けさせて頂きます。計六回の各勝負ごとに五分間の猶予があり、その間にお座りの座席ちかくの自動発券魔法具にて投票を済ませてください」
発券魔法具。ギルド一階に設置したのと同じのを、座席列ごとに配置したのはこういうことか。
まさか最初から、料理勝負にするつもりだったんじゃねーだろうな。
首謀者は五百乃大角だ、あやしい。
そのおかげで伯爵夫人の妖狐としてのわだかまりを、拭える好機をつかんだのも確かではあるが。
「なお、第一回戦の投票券を1キーヌでご購入いただき、二回戦以降はその券を魔法具へ差しこんで投票を続けていただく形となりますので、的中した券を紛失なさいませぬようお願いいたします」
たいへんだよな、ギルド職員も。
「司会のギデロケさん」
「なんでしょう、解説のリオレイニアさん」
「その説明だけですと、予想をはずしてしまったときの扱いが皆さまへ伝わりませんが?」
クイッと仮面を持ちあげる、解説者。
「あーはい、そうですね。えぇぇーっと、ご指摘いただいたとおりこの六本勝負の投票券には、はずれても特典があります。くわしくはこちらをご覧ください――」
たいへんだよな、ギルド職員も。
ヴォーン♪
ふたたび切りかわる巨大な画面。
『投票券の特典
6回的中――ペントハウスへご招待
5回的中――すべての料理から選んで5品※
4回的中――的中した料理四品(外れた料理の中からも二品選べます)※
3回的中――的中した料理三品(外れた料理の中からも一品選べます)※
2回的中――的中した料理二品※
1回的中――的中した料理※
0回的中――猪蟹屋商品券1ヘクク相当※
※お食事はギルド会館内食堂での提供になります』
会場にいる客全員が投票でもしたら、猪蟹屋会計からも相当な額が出る。
一体何に使うんだと思ってたけど、そういうことかー。
1キーヌで投票して全部外れても、串揚げ一本分の価値が十本分に化ける。
けどこれだけ振る舞われりゃ客も祭りも、快く終われるってモンだぜ。
「カカカカッ――それじゃ始めるとするかのう――弟子よ?」
「カカッ――はい、お師匠さま――ぼくは、コレで勝負します!」
裏烏天狗が手にしたのは――まるで奥方さまの魔法杖のような、巨大な山菜。
「ふむ山菜か――ならわしはコイツにするかのぅ!」
オードブルってのは――
『ヒント>オードブル/先付けやお通し。主役となる料理の前に出てくる料理』
チョットした酒のつまみってこった。
なら神域惑星で食材をかき集めてるときに目をつけておいた、アレが有れば事足りる――すぽん♪
包丁をしまって――ヴッ――ぱしん♪
「おおーっと、テェーングさまが取りだしたのは、まがった剣だぁー」
「あらぁ、まるでフェスタのマスコット〝おにぎり〟ちゃんのような、きれいなお色ですわぁーね♪」
この五百乃大角よりも舌っ足らずな子供声。
ちらりとみると奥方さまが、司会者席まで出張ってきていた。
あの声を聞くといつ真言を唱えやしないかと、びくびくしながら料理を作らなきゃいけなくなる。
それにジンライとの念話を盗み聞きされないとも限らないから、本当にやりづらい。
ちらり――弟子をみれば山菜の下ごしらえを済ませ、一番下の方に埋まってた食材をいきおいよく引っこ抜いた。
弟子が選んだのは猪肉。
猪蟹にたいする意趣返しだろうか?
まあ蟹は見つからなかったけど、神域惑星もひろいからそのうち見つける。
なんせ五百乃大角へ供えるものは、〝うまいもの〟じゃなけりゃならないからな。
ぜひとも具材に加えておきたい。
びったん――♪
ばらばらと崩れたなかのひとつが、足下にころげ落ちた。
「ふむ。じゃーわしゃぁ、こいつにするかのぅ?」
ちょうど足下に落ちてきたのは――
チーン♪
『>特選ニジマス【中】 ×1』
味噌鍋にして喰ったさかなの、小振り(ソレでも相当でかいが)なヤツをつかみあげた。
すととんすととん、サクサク――「ひのたま」
手際よく肉をさばいて串に刺し、かまどに火を入れる裏烏天狗。
「おぉーっとカラテェー選手、手慣れているーぅ♪」
「そうですね、山菜を煮る鍋の火で同時に調理するつもりのようです。じつに素晴らしい」
ジンライの野郎が、リオに褒められてやがる。
「ちぃぇぇいっ――――!」
まな板代わりの堅木の上。
横たわる一抱えはある魚を、三枚におろし鱗を取った。
おぉぉおぉおおぉぉ――!
芸としちゃ、こんなもんだろうが――これは料理勝負だ。
最初からとっておきを出していく。
深さがある器に、切りわけた魚の身と骨とひれ。
それを立てるように並べていく。
そして鬼の娘にふるまった酒に入れた、薬味。
あれと同じ物を――――チョキチョキチョキ♪
鋏で刻んで、うえから掛ける。
審査員全員の分と、味見役の分を用意した。
ついでに自分の味見用に小鉢をひとつ。
あー、小鉢はギルド職員と解説の分も、ついでに作っとくか。
さてあとは――あった。
女将さんが今朝がた持ってきたのと同じ酒樽。
きゅぽん♪
なかみはあのぱっとしない、あんまり酔えないぬるい酒。
大鍋一杯にソレを移し――「キリキリバサラウンハッタ!」
ぼっごぉわぁん♪
鍋から吹きあがる火の玉。
呪文は天狗の技っぽく唱えただけの、ただの「ひのたま」だ。
この唱え方は一度リオレイニアに見せたことがあるけど、〝真言〟や〝刀印〟は日の本生まれのお家芸だと思ってくれてる……と良いんだが。
うぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!
パチパチパチパチ!
拍手がすこしもらえた。




