235:天狗(シガミー)という名の神さま、妖狐ルリーロ出没中
まったく、面倒なことになった。
烏天狗対天狗の一騎討ちなんて馬鹿なことをする羽目になったのは、ぜんぶ五百乃大角のせいだ。
「やい女神さまよ、この落とし前どう付けてくれるんでぇい?」
「えー、別にぃ良いじゃなぁい♪ 迅雷にぃーどっちか肩代わりしてもらえばさぁー?」
「はイ。裏天狗デも裏烏天狗でモ、役ヲ演じるコとは可能でス」
「いや、そういう話でもねぇだろうがよ」
「「じゃあ、どういう話なの?」――でスか?」
「だからな、仮にも使役獣おにぎりをくだした烏天狗が、その師匠の天狗に挑むわけだろ?」
「そうわね」「そウですね」
「なら、おれ……カラテェーとくらべて圧倒的に強くねぇとおかしいじゃねえのって話だ」
「じゃー、シガミーが天狗役で良いじゃない。はい、この話わぁおしまぁーい」
ここは、五百乃大角と伯爵夫人がつかってたらしい部屋。
やたらと色んなアーティファクトが、所せましと重ねて置いてある。
ここに、レイダの父上であるギルド長を連れてきたら――かならずどれか引っこ抜いて、崩れてきたアーティファクトに押しつぶされるだろうな。
「ぜんぜんおしまらねぇけど、この宛鋳符悪党はどうしたんだ?」
「ああコレわぁ、予選のときのぉ――」
「――〝おもち〟のノ中に入レた景品のあまりだそウです」
じゃあおれが隣町の倉庫から担いできた奴も、そうとう混じってるのか。
「コレだけ有ったら、例のおにぎりに使える宛鋳符悪党があるんじゃ――?」
五百乃大角も迅雷も、首を横に振る。
鏡餅はともかく浮かぶ棒のドコに首があるんだって思わなくもないけど、それがわかるくらいにはいつも一緒に居たってことだ。
「ぱらぱらり……おにぎりに使ったあの三角のヤツ……『廃棄された古代の女神像から回収した謎の遺物』っていうのわぁー、フルバージョンのAOSが乗る特別製みたいよ?」
「最適化前のフルスペック仕様というわけでスか」
わからん話だが虎の巻に書いてあるってことは、SDKはこの世界にあっても良い物なんだろう。
「じゃあアレだけの大金を出してでも、手に入れといて良かったなぁ」
たしかしめて3000パケタだった。
「はイ。こうナるとミャニラステッドギ術開発部部長にモう一度、くわシい話を聞きニ行く必要もあルかも知れませン」
「うーん、アイツ自体は悪い奴でもなさそうだけど、なーんか余計な仕事を押しつけられそうでなぁ」
そもそも、ドコで見つけたって言ってたっけ?
「廃棄さレた古代ノ女神像というかラには、遺跡化しタ神代ノ都市跡なのデは?」
観客席が立ちならぶ隙間。座席が途切れたあいだに、物置小屋のように建てられたうちのひとつ。
本当の休憩所は揚げ芋の屋台にしちまって、とても使えないからココを使っているのだ。
『▼▼▲――ピピピッ♪』
なんだ――空からの攻撃!?
「あぁー、烏天狗ちゃんだぁー♪」
小屋に飛びこんできたのは、年の頃はせいぜい17、8にしか見えない少女。
話し方は五百乃大角そっくりだが、舌っ足らずな声が本当に子供のソレで。
伯爵令嬢の妹と言われても疑わないが正真正銘、伯爵令嬢の実の母上である。
それどころか齢200年を超えるらしい化物――
もとい日の本生まれの、五穀豊穣の神の眷属で――
つまるところが、俗に言う――妖狐だった。
ねじれた山菜を束ねたような巨大な魔法杖に乗り、しょっちゅう隣町の城塞都市から遊びに来てる。
どうりで動く物を捉える虫の知らせが、斜め上を指ししめすわけだ。
「カカッ――これはこれは奥方さま。こんにちわ」
烏天狗の装束でいる以上、カラテェーとしてふるまう。
すでに彼女はおたがいが日の本生まれで、この世界は来世であることを知っている。
「はぁい、こぉんにぃちぃーわぁ♪ そおいえばさぁー、アレみせてもらってきたわぁよぉぅ?」
アレってなんだ!?
「――ルリーロが飛来シた方角カら察すルに、〝日夜シリーズ一式〟のこトと思われマす――」
あれか。揚げ芋屋ではフッカが手伝ってくれている。
「なんのことですか?」
「とぼけなくても良いのですわぁん。レーニアちゃんからぁ事の次第はきいていますのよ私、うふふん♪」
事の次第ってなんだ!?
「――リオレイニアかラ聞いた防具ニ関スる話とイうなら、日夜シリーズ一式以上の装備ヲ「一週間デ作レる」とイう発言に他ならナいと思われマす――」
あー、そんなことを言ったな。
けどありゃ、ニゲルと五百乃大角も手伝ってくれただろ。
防具の形は他ならぬリオレイニアに、ほとんど任せちまったし。
「ひょっとしてぇー、ルリーロちゃんのお家のぉー家宝にぃー匹敵すぅーるぅー防具作成のぉーご用命くわすぃるぁー?」
おい、なんだその白い板は。
ありゃたしか算木代わりに使える、便利な板だろ?
奥方さま相手に、商売っ気をだすな。
「ええっと何の話かわからないけどさ、これから天狗戦だからこの話はあとにしてもらうわけにはいかないかなぁ?」
儲け話でも儲からない話でも、防具なら伝説の職人スキルで――
「いま、天狗っていったぁぁぁぁっ――――!? ねぇぇぇぇっ――――いま、天狗っていったぁぁぁぁぁっ――――!?」
ぼおっごうわぉぉぉぉぉぉぉわぁぁぁぁぁ――――!!!
膨れあがる狐火と、昼日中から見えたらいけない月影の眼光。
「いやぁー言ってない言ってない。て、天ぷらの具は、なにが一番うまいかなって言ったんだよ!」
おい、天狗がらみのこじれた話は、ケリが付いたんじゃなかったのか!?
ふぉん♪
『イオノ>ついてないけど?』
はぁぁっ!? じゃあカブキーフェスタを、なんでこんな天狗祭りみたいに仕立てた!?
ふぉん♪
『イオノ>なんでってもちろん天狗が弱った所を、
ルリーロちゃんが襲撃する手はずになってるからよ』
はぁぁぁぁっ!? 無茶苦茶言うなっ!
じゃあ、この先の御前試合は無しだ!
終わり終わり――――おにぎりに勝ったぼくが勝者で、師は戦いには表れなかった体裁で。
そぉ-っと身を屈め、小屋から出ようとするぼくを――じぃぃぃぃぃぃっと獲物を狙う眼で見つめる、奥方さま。
「コォン――そんなの決まってるじゃないのっ、お豆腐よ♪ お豆腐うふふふっ♪」
はぁ、豆腐だぁ?
豆腐がどうしたんだ?
奥方さまは何を言ってやがられるんだ?
天狗の話が逸れたのは良かったけど。
「――さっキの、天ぷらノ具は何が一番おいしイかに対する返答かト――」
「(豆腐だぁ――――そんな豪勢なモンはこちとら正月にしか、お目に掛かったことがねぇやな)」
ふぉん♪
『イオノ>あれ、おかしくなぁい?
天ぷらなんてご馳走を知ってるのに、
豆腐も食べたことが無いってのわさ』
ふぉん♪
『>諸説有りますが、豆腐は戦国時代にはそれほど食べられていなかったようです』
そうだなぁ豆腐は正月に少しだけ、膳に出たことがあったくらいだ。
ふぉん♪
『イオノ>贅沢するのはやっぱり、お正月なのね』
正月なぁ一年分の行灯の油で、なんか揚げたりはしたんだよわぜ。
「お豆腐の天ぷらって……油揚げのことよね? やっぱりルリーロちゃんわぁ、狐だからぁ、お揚げが好きなのかしらぁ?」
「うぅふふ、お揚げわぁー、きつねうどんの上に乗ってるのぉおー、いちどだぇけぇー食べたことがあるわぁー♪」
月影の瞳が閉じられ、舌なめずり。
「きつねうどん……それってもちろん日本……日の本でのお話よねぇー?」
ガムラン町では、豆腐も油揚げも見たことはない。
このあいだ味噌汁をつくれたのは、酒瓶経由で味噌が手に入ったからだ。
ふぉん♪
『イオノ>迅雷、神域惑星で地球の植物や生物を見たって言ってたわよね?
まがりなりにも出来た石狩鍋も、おいしかったし』
たしかに青い豆でつくった味噌鍋は、結構うまかった。
ふぉん♪
『>はい。実際に数種類採取しました。現代の品種改良されたものが有るとは限りませんが、食用に適した植生や生物分布を確認しました。概ねイオノファラーの設計した基準を充たしていると思われます』
§
「さぁさぁさぁさぁ、第一回カブキーフェスタ最後の大勝負!」
「審査員は、おにぎり杯を勝ちのこったファイナリストの皆様と――」
「わたぁーくし-、ルリーロちゃんがぁー務めさせてぇーいたぁだぁきぃーまぁすぅーわぁー♪」
天狗戦は、まさかの料理対決になった。
「へへ、まあいいやな。こいつで勝てば天狗がらみの因縁を、ぜんぶ容赦するってんだからお安いもんだぜ♪」
舞台上にはおれと迅雷とおにぎりがかき集めてきた、神域惑星の食材が山と積まれている。
そしてその山の頂に陣取る御神体さまには、『味見役』なんてたすきが掛けられていた。




