231:天狗(シガミー)という名の神さま、酒処シガミー
「なんだよ、シガミーはこんなうまい酒でも足りないのか?」
がつがつ……ぐびり。
揚げ芋をかじり、注いでやったみりんで流しこむ。
そんな、鬼の良い飲みっぷりを見てたら……。
がつがつ……もぐもぐ……ぐびり。
あれ? 辛みがなくても――
「――ソコソコ飲めるような?」
なんか、揚げ芋を食ったあとに飲むと――ぐびり♪
けっこう、いける気がしないでもない。
ヴ――チョキチョキッ。
それでも辛みの足しになればと、黒鋏をとりだした。
「じゃあ、手持ちの薬草と調味料で……」
芋の箱のフタの裏にヴ――ぽとぽとぽと。
山盛りの、木の葉や木の実を刻んでいく。
生薬の由来や使い方なんかは、僧侶としての嗜みだ。
もっとも、ガムランに生えてる草木には通用しない。
だがスキルという叡知は――ソレを補ってあまりある。
味を想像して、苦い薬草や辛い木の葉なんかを混ぜていく。
小皿にできた薬味をつまんで、猪口に入れてみた。
「んー、どうだろ――?」
では一口。
「なにそれ、コッチにもくれ!」
まずはおれが、味を見てからにして欲しかったが。
薬味をつまんで、オルコの茶器にもぱらぱら――
ぐびり――ごくりっ。
ぐびり――ごくりっ。
「「なんだこりゃ――――すっげーうめぇー♪」」
ドッズズズズゥゥゥゥンッ――――おっとあぶない!
あまりのうまさに、跳ねあがるおれたち。
鬼が酒瓶を――
おれが長机をつかんで――
酒の席を死守した。
「「あぶないなっ、うまい酒がこぼれちまうじゃんか!」」
地響きの元へ、文句を言ったら――
そこにいたのは、巨大な鉄塊みたいなハンマーを下ろした、小柄な毛むくじゃら。
「いま、うまい酒っつったか!?」
あー、みつかった。
§
「「「「「「「芋にこれほど合う酒は、生まれて初めてだっ!」」」」」」」
工房長と、一字一句おなじセリフ。
彼が、一緒に居た部下に呼びにいかせて、全員が集まったのだ。
工房長に負けず劣らず、みんなうまい酒にめがない。
工房のみんなも、いろんな建物の仕上げにかり出されていた。
連日連夜、五百乃大角やぼくたちの思いつきに、つきあわされた彼らをねぎらわないわけにはいかない。
今回のお祭りで、いちばんの功労者はノヴァド率いる鍛冶工房じゃなかろうか。
「いやぁ、功労者ってんなら、アイツだろう」
「そうだぜ、アイツ以外にない」
アイツって誰だろ?
工房一同じゃないなら、誰だ?
「アイツって誰よ? シガミーじゃないの?」
良くぞ聞いてくれた、鬼さん。
シガミーも凄まじい数の建物や設備を建てた。
烏天狗や天狗よりも、多いだろう。
「ガムランの町からすりゃ、シガミーだがなー」
「そーそー。祭りの最大の功労者となると、また別だ」
誰だ? 気になる、教えろ。
「おりゃ? 芋に合う酒がなくなっちまったぜ――ガハハッ♪」
酒瓶をひっくりかえして、中をのぞき込む工房長。
「「「「「「「ガハハハッ――♪」」」」」」」
陽気にわらう、むつくけき男たち。
その首が一斉に、コッチを向いた。
「あー、はいはい。みりんなら酒よかよっぽど出やすいから、まだまだあるよ」
料理用に持ち歩いてる調味料は微々たるものだが――
迅雷に溜め込んである分量は、相当ある。
「(おーぅい迅雷~、酒――はねぇから、みりん出してくれやぁ!)」
ちょっと取ってくると言って、席を立つ――ひっくっ。
「――シガミー、前世ノ体躯や年齢とハ、違うコとを自覚してくダさい――」
たしかに、なんでこんなに酔っ払ってんだと思ったら、そういうことかぁ。
ふぉん♪
『>〝状態異常無効〟では、ほろ酔い状態を解消できない様です。
>酒成分を分解消化するためのスキルを、習得しますか?』
よせやい、そんなことをしたら、酒に酔うことも出来なくなっちまうってこったろう?
だめだだめだ、絶対そんなスキルを取るなよ?
控え室兼揚げ芋屋は、すぐソコだ、
みりん大樽をふたつ――迅雷の収納魔法から勝手に取りだす。
「ついでに、揚げ芋も補充して、減らすのに貢献してやるかな?」
ぐぅへふゅひ♪
「それはそれは、お気遣いありがとうございます――シガミー?」
§
ぎゃぁーっはははははははははははっ――――――――♪
くそう、わらわれた。
リオレイニアに小脇に抱えられたおれは、大樽ひとつを抱えている。
「とっつかまってやがるぜ!」
そういうなよ工房長。相手は白い悪魔だぜ。
人数分用意した椅子が、あちこち転がってて、どこかからもってきたゴザみたいなのに、みんな座り込んでた。
「まったく、カブキーフェスタの功労者である、皆様をねぎらわないわけにもいきませんので――」
彼女が靴先でかるく蹴ると、ひっくり返っていた長机が――ゴザの真ん中に、くるる、すとん。
そのうえに、並べられたのは――
おれが持ってるみりんとは別の大樽と、山のような揚げ芋の折り詰め。
そして、どんぶりにやまもりの、うす芥子色もドカリと置かれる。
「コイツを付けて、くっとくれっ♪」
おかみさんが戻ってきた。
「ああー、あれはうまいやつだ。あれで、もう一杯きゅーっとみりんを……」
「子供にお酒は、飲ませられません」
「あ、そういや、シガミーは成人前だったっけ?」
赤鬼まで、そんなことを言い出した。
「かたいことを言うなってんだ。こちとら故郷じゃ毎晩飲んでたんだぜ」
「へーっ、大らかなもんだぁねぇー♪」
どすん!
女将さんが持ってきた巨大な樽には、また別の酒が詰まってる。
じたばたじたばた――「なぁーっ、おれだって功労者だろーが!」
「じゃぁアタシも――とっておきを出しちゃおうかな」
いつのまにか、姫さんまで混じってる。
「レーニア……リオレイニア、アレだしてくれないかしら? お父様が、いつだか王様から頂いた――」
お、悪魔が仕事を命じられたぞ?
じゃあ、戻ってくるまでの間、思いっきり飲み食いしてやる!
ふぉん♪
『ヒント>悪魔/仏道に立ち塞がる惡神。非道や残酷なたとえ』
「ではタタ、あとをお願いいたしますね」
そぉーれと、放り投げられるおれ。
「はぁーい、よいしょっ♪ 侍女長さま、行ってらっしゃいませ」
がしり、まるで赤子か病人のように膝まで抱えられるおれ。
いまの侍女長とやらは、リオじゃねぇーだろ。
じたばたしてたら――
「パパパパッパパパパッパパパパパァァ――――♪」
なんだこの御囃子はっ!?
なんかきこえなぁい?
んぁあ? 気のせいだろ?
ガヤガヤガヤ。
舞台の方からきこえる。
ぼぉぉぉぉぉぉぉっ――――ごぉぉうわぁっ♪
舞台上空に突如あらわれたのは、巨大な画面だった。
「アナタの世界のよりどころっ、美の女神ちゃんがぁ――――おしらせしますぅー♪」
でた、五百乃大角が。
その巨大な画面に恐れおののく――阿鼻叫喚も半分になった。
外からの客たちですらお祭り中に腰を抜かしつづけ、一度見たものにはそれほど驚かなくなってきている。
ジタバタするのを諦めて、どでかい画面をながめる。
一体なんだってんだ?
「カブキーフェスタのマスコット、〝おにぎりちゃん〟。みんなしってるぅーよぉーねぇー♪ その廉価版、えーっと――――」
黄緑色が大写しに。なんか、笑える。
「お、でたぞ♪」
ノヴァドがバチバチバチバチと、手拍きした。
どうした?
おにぎりは、やっぱり魔物みたいに見えるから、大きな音を立てて、追っ払ってるつもりなのか?
「「「「「「「いよぉー、立役者ぁ!」「まってましたぁー!」」」」」」」
わーバチバチバチバチ、バチバチバチバチ♪
なにこの大歓声。
立役者ぁだぁー!?
さっき言ってた功労者って――おにぎりなのか!?
「フェスタの間中、ずーっと仕事しつづけて、観光客の小せぇ子の頭を撫でかえす芸も一度もサボらずにやり遂げた――ありゃぁ、男の中の男だぜっ!」
男泣きのノヴァド。おっさんどもの杯が止まる。
「(そういうことか。おれとカラテェーとテェーングの三人分。全部について回ってた、黄緑色がどうしたって働きづめに見える)」
くそう、本当はおれこそが立役者なんだが――
まぁ、いいや。ガキ共にウケてたのは、本当にお手柄だったしな。
「それでねーぇ、こっちの白いシシガニャン。使い捨ての子のぉお名前がぁ、決・ま・り・ましたー♪」
名前だぁ? 〝使い捨て〟で良いだろうが。
破けるまで使って、駄目になったら、丸めて薪にでも……こう言うとなんか、かわいそうだけど。
薪に名前を付けても――わびしいだけだと思うがなあ。
ずっと使い続ける、おにぎりならいざ知らず。
ヴォヴォ――ゥン♪
『おもち』
画面に大写しにされる、筆書きの文字。
隅に『西計 三十六』なんて書いてある。
えらい、達筆だな。
「あ、僕がさっき書かされた習字だ」
ニゲルの声がする。
どこかそのへんで、姫さんの尻にでも敷かれてるんだろう。
「タタさんやぁー」
「なんでしょう、シガミーちゃん」
「そこの控え室……揚げ芋屋の奥にちょい寝できる所があっから、つれてってくれやぁ」
「ふぅ、〝仮眠できる場所がありますので、つれていってくださいませんか?〟ですよ――さん、はい♪」
やさしく抱きかかえられ、三歩も揺られり――すやぁ♪




