224:ギルド住まいの聖女(研修中)、呉服屋カラテェー
「じゃあせめて、解れてるところを直してあげようか?」
すっと差しだされる、普通装備一式。
うん、やっぱりすこし……相当痛んでる。
けどこれ、いま着てた服だよね。
まだ暖か――い?
見ると女性は、タオルっていうやわらかい手ぬぐいを、カラダに巻いていた。
「ちょっと、あなたっ! ココには頼りないですけれど、殿方もいらっしゃるのでしてよっ!?」
たよりないってのは、青年のことだ。
とうぜんぼくは、勘定に入ってない。
「頼りないって、ぼくのこ――――!?」
伯爵令嬢に、どがーんと蹴りとばされる青年。
たしかに本気じゃない彼は、いつも頼りない。
けど蹴らなくても良いんじゃないかなー。
どうせリカルルじゃなければ、どれだけの美女が薄着で居た所で、ニゲルにとっては無意味だ。
ちらっと見たけど、彼女の背後のドアが開いてる。
この控え室に隣接した、休憩所だ。
深夜の開催ってことで、参加者が休めるように建てた。
ちゃんと温泉も引いたし、フカフカの寝床も六人分も用意してある。
工房長たち熟練の職人による手直しや、装飾が入ってないから質素だけど、旧シガミー邸よりは快適なはずだ。
よし――決めた。
彼女の憂いを――装備品の不具合を取りのぞく。
そして、ぼくは晴れてフカフカの寝床に、潜り込めるって寸法だ。
「こっちに風呂があるよ。じゃあ、あたしらは汗を流してこようかね♪」
「あの、ごめんなさい。こんな安物を修理なんてさせてしまって……」
「いーのいーの。カラテェー、どうせならこの素敵なレディーに見合う最高の装備にして挙げて、お金が掛かるなら全額私が持ちま――ギィィバタン♪」
くそう、せめて本戦の順番だけでも、決めてからにして欲しかったけど。
ソッチがその気なら、ぼくだって修理を終わらせたら、寝るもんねーだ。
〝立て付けの悪いドアも、直した方が良いのでは?〟
ん? 迅雷のそんな声が、脳裏に浮かぶ。
いままで片時も離れずに、一緒に居たからな。
迅雷が言いそうなことは、わかるようになっちまった。
ドアも寝る前にでも、直しておこう。
「じゃあ、どうするかな。まず修復を何回か重ね掛けして、完璧に直しておこう」
ポォウ――♪
一瞬――服とベルトと靴がひかり、ほつれた所が綺麗になった。
ポォウ、ポォウ――♪
新品のようになった装備に重ね掛けをすると、生地や革の〝厚み〟が増した。
さすがは、〝伝説の職人〟スキルだ。
もとの素材よりも、良い素材に〝修理〟できた。
さて、こっからだ。
壁(これもあとで直す)に突き刺さるニゲル以外は、誰も居なくなった。
外に出て迅雷を見つけて、応援を頼むか――
それとも、いまあるスキルと道具で――
依頼主が――ぐうの音も出ないような、一張羅に仕立てあげるかだ。
「……手順としちゃ、ケモノ耳用の鉢巻きを作ったときとか、装備修復のついでに強化したときの要領でやれば――」
§
黒板、黒筆、黒手袋、黒鋏、黒小太刀、迅雷式隠れ蓑。
手持ちの黒い道具を全部、テーブルの上に並べた。
そして、最上級になった〝普通装備一式〟も広げてみる。
材質まで上等な物に取りかえた。
けど、それだけじゃ……足りないんだろうな。
「無敵なレディーに見合う最強の装備――だっけ?」
女性向けの〝しゃらあしゃらした感じ〟は、ぼくにはわからない。
なあ伝説の職人、なんか上手いことチャチャっとやってくれねぇかい?
女性の着物なぁ。
小袖に浴衣。打掛に袈裟……違うな。
ううううぬ。
女の中の女っていやぁ、リオレイニアだ。
体つきも、ちょうど薄っぺら……同じだし。
いつもの給仕服は違うだろ……一度だけ違う服を着てたのをみたな。
たしか首の所に、おにぎりに巻いてやったみたいな布が、垂れさがってた。
「よし、迅雷式隠れ蓑を切って――チョキチョキチョッキン♪」
できた。
真っ白の上着に隠れ蓑の黒が、映えてる気もする。
次は灰色のヒラヒラした腰巻を、どうにかしよう。
「う、うーん」
あ、ニゲルが起きた。
よし、意見を聞いてみる。
「えぇー、無理無理無理無理! 女の人の服のことなんて、ぼくにわかるわけないだろう?」
それはそうだけど――大穴が空いた壁に手をかざし、修理しておく。
「けど、聞いたよ。今度ギルドの中に出来るお店の、お洋服を見立てたのはニゲルさんだって」
「誰に聞いたの? アレはメイド喫茶なら、あたりまえの服だよ」
「じゃあ、この普通の服を――その〝あたりまえの服〟にするのを、手伝ってよ」
「えぇー、リオレイニアさんの仕事着の裾をつめて、ベストを着せて、リボンを結んだだけだよ?」
それは上等だ。三つも工程があれば〝伝説の職人〟さんが、きっとなんとかしてくれる。
〝シガミー、それを世間では『苦しいときの神頼み』と――〟
うるさいよ、縁起でもない。
§
「なんとなく、よさげなような――」
「それほどでも、ないような――」
女性の服をならべ、考えこむ青年と少年(おっさん幼女)。
防具としての性能は、倍になっている。
けど元が普通なので、倍になっても性能は微々たる物だ。
「リカルルさまたってのご希望だから、〝伝説の職人〟スキルを全力で使っちゃっても良いかもしれないなぁ――」
この一言が、マズかったんだと思う。
「えっ!? いま、なんて言ったの?」
「〝伝説の職人〟ス――」
「違う、ソコじゃなくて、その前!」
「まえ? リカルルさまたってのご希望――」
「そうっ! ソレを早く言ってくれないとさ――困るよ!」
腰の剣に手を掛け、何かを決意する勇者の顔。
何そのやる気。
君は、何を切ろうとしてるの?
「いまやらないといけないのは、〝無敵な服〟を作ることだからね」
「わかってるよ――キリッ!」
ガシャリッ――――!
だから、構えないで。
――壁にめりこんだ角度でも、悪かったんじゃ?
しゃらあしゃらした服をつくるのに、聖剣は絶対要らないよね。




