221:ギルド住まいの聖女(研修中)、赤いローブの女
舞台に残る冒険者は、見た顔だけになった。
ニゲル、姫さん、女将さん、短剣を使うヤツ、魔法杖に乗ったヤツ、そしてぼくの六人。
そして、まだ二十匹くらいの紙製も残ってる。
「――む?」
ニゲルたち、見知った顔と目が合った。
あの顔は、まだ本気じゃない。
十中八九、弱いヤツを先に仕留めるつもりだ。
よし、ならぼくも、弱い……かどうかはわからないけど、短剣か魔法杖をはたき落としてやろう。
一番近くに居たぼくが、地を這うように忍びよる。
「――!」「――!?」
さすがに、気づかれた。
ガムラン町と隣の城塞都市つまり魔物最前線の冒険者と、央都の精鋭たち。
コイツらは概ね強い。
お祭りに遊びに来た、普通の冒険者とは一線を画している。
短剣をかまえる、革鎧の男。
魔法杖を旋回させる、赤いローブの女。
この二人は、レイダやリオレイニアと話しているのを見たことがある。
それぞれ別の中級冒険者パーティーに、所属していたはず。
もちろん手合わせするのは、はじめてだ。
この乱取り戦では、冒険者による冒険者への直接的な攻撃は、禁止されている。
体術で場外へ投げとばしたり、鞘や盾で殴ったりと、致命傷になりえない攻撃は認められてる。
音もなく飛んでくる――――黒い短剣。
ヴォォォォンッ――――うなりをあげ、高く舞いあがる赤いローブ。
避け――る間もなく、トストストス!
割りこんできた作業服に、吸いこまれていく黒い刃。
ヒュボボォ――ン!
白い紙が破けて、ぼとぼとと中身を落とす。
ゴガァァァァァン――――ッ!
「なんだ?」
どうした?
それは上から轟いた。
落ちてくる魔法杖と、赤い冒険者。
あー、作業服たちを動かすために必要な、やたらとややこしい作りの魔法具を仕込んだ――鉄柱。
舞台の上空に設置した、魔法具にぶつかったらしい。
〝聞こえない音〟と〝ほとばしる陽光〟を放つ、大きな箱。
その一カ所が、壊れて暗くなってる。
すととと、すととと、すとととととととっ。
気を失った女性を受けとめようと、四方から白い作業服……まだ名前がない〝使い捨てシシガニャン〟が、一斉に走りだした。
参加者の安全に配慮した、救助を目的とした行動だ。
けど、顔のない白い猫の魔物が群がるさまは――
「――んえっ、あ、きぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁっ――――!?」
気がついたのだろう、当然叫ぶ女性。
ローブから伸びる手に、杖が吸い寄せられ――ぱしりっ!
それは彼女の、おそらくは――取っておき。
「蒼き風、止まない雨、大海の雫――――!」
赤いローブから紅蓮の炎がわきだして――――ゴォッバァァァァァァァァ――――ヒュゴォォォォォォォォォォォオ!
「瀑布火炎の術――カッ!?」
いや、似てるけどちがう。
彼女が唱えたのは真言じゃなくて、魔法の呪文だ。
とりあえず避けないと、ぼくまで燃えちまう。
しょうがないから、高く跳んだ。
火がついた作業服たちは、一瞬で燃えおちていく。
なんせ紙だ。わらわらと逃げまどう作業服。
参加者全員が場外に落ちて失格になるか、すべての使い捨てシシガニャンたちを壊したら、予選は終了となる。
§
ここは控え室。
まいったな。予選通過はしたものの、五位だ。
ルコルたちの全財産が戻ってくるには、順位がふたつ足りなかった。
ぼくがニゲル青年に掛けた分で、いくらかは取り戻せるけど。
それだと、ルコルは受け取らないからなぁ。
ニャミカは遠慮なく受け取りそうだけど。
予選が終了した時点で残ってた全員が、おにぎりとの勝負に参加できる。
そして、おにぎりに「参った」させられたら、修験者天狗との一騎討ちができる。
あの変異種角ウサギを、〝たったひとりで屠った〟、あの老人とである。
今夜の出し物としては、作業服や強化服相手の演舞的な要素が大きい。
つまりココに居る5名が、剣や杖を交えることはない。
「そーだ、ニゲル。シガミーに言っといて、オーミソー汁ってやつ、ウチの店でも出したいから〝オーミソー〟をくださいってさ」
「えぇー、自分で言ってくださぁいよぉう。これおわったら僕また二号店の片付けに戻らなきゃならないんでぇすぅよぉー」
女将さん対ニゲル戦は、ちょっと見てみたかったかも。
いつもは飛んでくる木さじを、青年が一方的にうしろ頭で受けてるけど――
本気のニゲルとなら、なかなか良い勝負をしそうでさ。
控え室を見わたす。
このイベントは、ウチの女神さまの仕切りだ。
半分運営側みたいなもんだし、このままじゃ埒があかない。
烏天狗がこの場を、仕切ってやろう。
「じゃあ、順番――どうしましょうか?」
おにぎりの首に提げた木の板じゃなくて、真っ黒い方の板が机に置いてある。
雑な準備をしやがって、五百乃大角め。
「「「「なんの?」」」」
もちろん本戦で、おにぎりへ挑む順番にきまってる。
『第一回バトルロイヤルおにぎり杯本戦出場順申請』
黒板に表示されてる申請画面には、1から5の数字。
「姫……リカルルさまは、あいつ……〝おにぎり〟を切れる?」
黒筆の先を、姫さんに向ける。
「おにぎりちゃん? やってみないとわかりませんわね。現に一度、〝ヴォルトカッター〟を拳で弾かれていますものっ、くすくす♪」
取っておきを防がれたのに、なんで笑ってんの?
「じゃあ、女将さ……コッヘルさんは、どうですか? その〝木さじ〟であの毛皮を、こじ開けられる?」
「リカルル姫の技を弾くってんなら、〝木さじ〟じゃ力不足だね」
腕を組み、何やらかんがえはじめた。
そういえば、きょうは前掛けの下に〝しゃらあしゃらした服〟を着てる。
ときどき観客に向かって片目を閉じるたびに、おっさんどもの歓声が会場を響かせてたっけ。
おっさん連中は……虫が好きなのかもな。
「――それこそ、ニゲルの剣でもなけりゃ、切れないだろう――?」
「えー、僕ぅー? ムリムリムリムリ、こんな錆びた剣じゃ丸太一本切れやしないよ」
はぁ? シガミーが着てた二号を、すっぱすっぱっ切りやがったじゃねぇか!
そして女将さんはニゲルの実力と、あのさびた剣の力に気づいてる。
さすがは、ガムラン最高LVなだけはある。
「そうですわ、コッヘル夫人。いくらなんでも、ニゲルには荷が重すぎませんこと♪」
そしてさすがは、姫さんだ。
ブレのない、節穴っぷり。
もうちょっとでいいから、ニゲルに興味を持ってくれ。
「じゃあ、そこの赤いローブ……じゃないね、あれ? 青いローブの人は、おにぎり……あのねこの魔物みたいなのに、勝つ自信はありますか?」
いまは、本戦の試合順を決めかねてる所だけど。
おにぎりが「参った」するより先に、毛皮を切ってSDKを風にさらしたら、本戦はそこで終わる。
強化服は中身のSDKを風にさらすと、〝ふりだし〟に戻ってしまうのだ。
下手したら戦えるのは、先着一名になりかねないわけで。
こうして、自信のほどをうかがってる――んだけど。
「はぁぁぁぁっ――――物心ついてからコッチ、ずぅぅぅぅぅぅぅっと溜めつづけてきたMPが……ぶつぶつ……」
控え室の隅に倒れ込んだ赤い――青いローブの女性が、地獄の底から轟くような声で、ブツブツ言っている。




