215:ギルド住まいの聖女(研修中)、うしみつどきの通路にて
「ふーんっ!」
ゴォッ――――!
すさまじい拳風。
「うっわっ――!?」
ドタリ――!
「みゃがっ――♪」
ぽきゅり――!
「ぷぅ――――うん、わたしは決して弱くない……とおもう」
なぎ倒された、ぼくたちを見おろす青鬼。
いつもの落ちついた、受付嬢の顔に戻ってる。
どかり!
通路に胡座をかいて座り込む受付嬢(鬼)。
「君ら、ちょっとソコに座ってくれる?」
いや、すでに尻もちついて座ってる――と言ったら殴られそうだな。
「にゃぎゃにゃー、みゃにゃにゃにゃ♪」
なんて言ってるかわからんが、どうせ減らず口だろ。
やめとけ。コッチまでとばっちりをくらいそうだ。
うるさい一号の口を、両手でふさぐ。
「クカカッ――誰かと思えば鬼の女子か。久しいな」
平静をよそおい、声を掛ける。
「あー、そのしゃべり方さ、普段してないでしょ。もう、ふつうでいーわよ」
ごとんと木箱を取りだし、そのうえに何やらならべだす受付鬼。
「あー、うん。じゃぁふつうにしゃべるよ」
こっちもあぐらをかいて、箱の前にすわる。
「にゃやご、みゃん♪」
おなじく一号も、横にすわった。
「正直、わたしは自分の強さに――胡座をかいていたんだとおもう」
なんかしゃべり始めたぞ。
そしてたしかに、通路の真ん中で胡座をかいてるな――と思ったけど、やっぱり言わないでおく。
「みゃんやぁにゃ、みゃにゃんみゃ♪」
一号の横腹をツネってやったけど、毛皮がよれただけで効果はなさそう。
しかも――痛っ――ツネり返された。
§
話を聞いてみたら、ここしばらく空いた時間のすべてを、魔物討伐に当てていたらしい。
「ギルド職員でも、通常の見回り中に遭遇した魔物を狩るのは、禁止されていないからな」
ゴッチャリッ♪
懐からでてきた、大きな革袋。
「さっき全部、換金してもらった。魔物はイイぞぉー、修行になるし金にもなる――ぎらりっ!」
鬼のするどい視線(効果音付き)が、黄緑色の強化服を射貫く。
本気の伯爵夫人を退けた一号を、本気で倒すつもりらしい。
「にゃやう?」
睨まれた魔物が、じっと見つめかえす。
やべぇ、コイツら少し面白い。
ポッポォー♪
ひのたまを入れておいた円筒から、湯気がでた。
どうやら、お茶が沸いたっぽい。
すぽんと革袋をしまい、茶器をみっつ用意する鬼娘。
まあ今夜の仕事は、運んできたガラクタ……アーティファクトを猪蟹屋二号店に置いてくるだけだから――お茶くらい付きあってやろう。
けど、通路の真ん中ってのも――
「すぐソコの、シガミーちゃんの家に間借りしてるから、そっちで――」
「んなっ、そ、それは――ひょっとして、て、天狗殿もご一緒か!?」
「いや、天狗さまは岩場の根城に住んでるよ」
「そ、そうか。厳しい生活も修行の一環ってことか。恐れ入るわぁ~♡」
おい、クネクネするな。お茶がこぼれるだろうが。
鬼は自分のギルドカードをチラリと見てから、「もう、こんな時間じゃん」と首を振った。
画面に表示されている現在時刻は、深夜二時過ぎ。
まさに丑三つ時であり家を訪問するには、たしかに気が引ける時間だ。
「警邏も五日目だけど、夜、通路をとおる人は、ひとりも居なかったから、邪魔にはならないよ」
じゃあ――ヴッ、ぱすぽすん。
「座布団どうぞ」
「あら、わるいわね」
「にゃみゃぁーご♪」
あっ、一号がすかさず座布団をとって、自分の尻に敷いた。
オマエは石床に座っても、尻が痛くならないだろ。
ぽすん……仕方ないから座布団を、もう一枚出した。
「あとこれ。今日、レイダちゃんたちから沢山もらったんだ。良かったら食べてくれ」
お茶請けには、ガムラン名物温泉饅頭をだす。
紙箱をあけると中には、一号と二号の猫の顔。
「あら、かわいい♪」
「にゃみゃーご♪」
どこからかだした皿を、突きだすおにぎり。
おまえは食べても、どうせ収納魔法箱に仕舞うだけだろうが。
ふぅ……仕方ないから、同じ色のをひとつ取り分けてやる。
箱には二本の〝小さい二股の箸〟が入ってるから、それも一本そえてやる。
「ずずずずずぅー、こりゃいけるわよ♪」
「ずずずずずぅー、みゃやにゃ、みゃやーにゃ♪」
うん。できたてもうまいけど、冷えたのも甘かったり(桃色)、しょっぱかったり(草色)して、普通にうまい。
「それで、話ってのはなんだ?」
一息ついたから、切りだした。
「もぐもぐもぐ……ずずずずぅー。ふはぁ、別に無いけど?」
「ないのか!? てっきり、まえのケンカの恨み言でも聞かされるのかと思ったよ」
「えー、ないない。君らを探してたのはさー――」
――ごきり!
ふたたび膨れ上がる腕。
「これを見てもらいたかったのよ」
腕の筋肉をか?
そんなものを見せて、どうしようって言うんだ?
さっぱりわからんぞ?
「――どうかな? この腕で全力を込めたら、天狗殿に勝てるかしら?」
ぼくを探してたっていうのは、それが聞きたかったからか。
「……どうだろう。修験の技は、手足の力とは別だからなー」
天狗のことだから、真面目にかんがえてやる。
「みゃにゃぅーにゃ♪」
腕を組み、感慨にふけるシシガニャン一号。
「生まれて二週間のオマエに、何がわかるって言うんだ――ぽこん!」
あ、ついイラッとして手が出ちまった!
「にゃんやぁー、みゃがにゃ!」
ぶぉん――――ごごずずむん!
飛んできた丸い拳。
手甲を十字にして、かろうじて受けきった。
「わるかった、降参降参――」
両手を上げてみせる。
「にゃみゃぁー♪」
両手を上げかえす、おにぎり。
「それ、わたしもやってみていいかなっ?」
ごきごきり、ぼきぼきりっ――♪
鳴る骨、腕脚に流れ込む――鬼の血。
「わー、まってまって! こんなとこで始められたら、建てなおしたばかりのギルド会館が、また壊れちゃうだろ!」
いままさに黄緑色に振りおろされようとしていた、手刀がピタリと止まった。
「そ、そうだな。今度やったら、さすがにガムラン追放だ」
肩を落とし茶をすすり出す、鬼娘。
「(なぁ、おい)」
「(なんでしょう、シガミー)」
「(オルコトリアみたいなのにこそ、自律型強化服が必要じゃね?)」
「(……それは一理ありますね。最大の脅威だった魔王という生命体が死滅した世の中では――――)」
ゴロンゴロロロゴロンゴロロロッ――
何の音だ?
うす暗い通路の向こうから、何かが転がるような音が近づいてくる。
鬼の手が、立てかけてあった剣に伸び――
ヴォヴォヴォッ!
不気味な音の正体は、ニゲル専用恋愛相談所に居た〝丸い玉〟だった。
どっから湧きやがった!
「そのアイデアいっただきぃー! オルコトリアちゃん、この子の正体わねぇー、じつわぁ契約精霊をつかったぁ、ゴォーレムゥなぁのでぇしたぁー♪」
丸い玉が颯爽とあらわれ――――『(>_<)』
シシガニャン一号の頭に、ぶち当たった。




