213:ギルド住まいの聖女(研修中)、リカルルに狐火(小)
「バックヤードの点検おわったけど、煤ひとつ付いてないよー」
板場を見に行った店主が、もどってきた。
燃えひろがったと言っても、〝狐火〟と〝狐火みたいなもの〟だ。
店先にも変わりはない。
「コォン♪」
ぼぉぅわっ!
灯りの魔法とも、火炎魔法ともちがう――青白い炎。
ぼわーっ、ぼわわぁー!
消えそうになりながらも、左右に大きく揺れる狐火。
俗に言う、人魂とか鬼火とか言われてるのと、同じ物だ。
レイダやルコル、その他、全員がカウンター席に座りこんでいる。
おー、ぱちぱちぱち♪
「うにゅにゅにゅにゅー、にゅにゅにゅにゅぅうぅうぅー!?」
カウンターの中には、必死な顔で尻を振るリカルル。
生えたばかりの、ほっそりとした小さな尻尾で、仄暗くなった怪しい炎を操っている。
ぼぉぉわ――ぼわわわぁ。カウンター上を静かに漂う――いのちの灯火。
甘い炭酸温泉水を器に注ぎ、トン、トン、トン、トン、トンと並べていく、リオレイニア。
「まさか、こんなことになるとは――」
なんと姫さんが、狐火(小)を使えるようになった。
「――夢にモ思いませんでしタね――」
コトン――おれの前にリオが置いたのは……御神体だ。
大方ウロチョロしてて、邪魔だったんだろう。
「おれも、いや、わたしも〝甘いお水〟欲しいなぁ――しゃらぁ」
ギロリッ――!
仮面越しで見えないんだけど――スゴイ目で睨まれた気がする。
けど、睨まれても困る。
ニゲルが差し出した、『一日デート券』を受けとったのは〝姫さん本人〟であって、おれではない。
そもそもニゲルの一世一代の勇気を、反故にする権利なんて誰にもない。
「(しっかし、一体全体どういう理屈で、姫さんまで狐火を使えるようになったんだろーなー?」
ふぉん♪
『>狐火の概念がない、この来世で使えるのは、
不思議と言わざるを得ません』
ふぉん♪
『イオノ>それは、簡単な話じゃん』
「(どんな話じゃん?)」
狐火の専門家で有る奥方さまに問いただしたい所だが、シシガニャン怖さで雲隠れしちまったからなー。
ふぉん♪
『イオノ>お姫ちゃんは、ルリーロちゃんの血おー、とても色濃く継いだってことよぅわっちゃちゃちゃちゃっ――熱っ!?』
――――ボッワァン!
ビードロの器――グラスを交互に避けていた狐火(小)が、五百乃大角にぶち当たって消えた!
狐火が熱い?
カウンターの狐火から、熱は感じなかった。
五百乃大角の中のやましい心が、浄化されて熱く感じたんじゃなかろうか。
「ああ、消えちゃった!」
ごくごく、もぐもぐ、あまい、おいしい♪
「おしかったコォン♪」
ぱくぱくぱく、もぎゅもぎゅ、ごくごくん――ぷはぁ♪
「もうちょっとで一周できたニャ」
コッチの、もぐもぐもぐ、しょっぱいのは、ごくごくん――大人の味ニャ♪
饅頭と甘い水の取り合わせは、甘すぎるんじゃないかと思ったけど、好評だった。
「はい、お腹壊さないでね。あさってはオルコトリアとの試合もあるんだろう?」
ごとん――そういって店主が出したのは。
大皿に盛られた――饅頭をつくる工程で出た端っぱ。
その山積みの生地や餡にならない品質の煮豆。
それらを小さなスプーンで、一口ずつ口にしまい込む一号。
「こら、山分けだからね」と、たかる御神体。
「血筋なぁ……戦闘狂の性格は、たしかに母娘そっくりだ」
「なにかおっしゃいまして、シガミーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん?」
目が笑ってない。
「な、なんでもないでごぜぇますわぜ? ――しゃらぁ」
日の本生まれの自覚……その有る無しで狐火が出る。
不思議ではあるけど、そういうことか。
真言の土台は、前世の理だ。
「でも、そうなると私にも、ニゲルやシガミーとおなじヒ-ノモトー国の血が流れているということに、なるわけですのよねぇー?」
何かを、かんがえこむ伯爵令嬢。
「滅せよっ? ――なんちゃって♪」
一瞬、呼吸が止まった。
「お、おどかさないでくれ……わよ、ふぅーっ」
日の本の血筋が半分でも有るってことは――
真言も使えるってことだ。
けど実際に使うとなれば――
最低でも、十年からの修行が必要になる。




