212:ギルド住まいの聖女(研修中)、天火と狐火
ぼごぉぉぉぉぉぉわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!
膨れあがる炎が、店裏の饅頭工房に流れこむ。
ごぉわごぉぅわぁ、ぱちぱちぱち――――燃えひろがる音が聞こえてくる。
開いた扉の向こうに、積み重なっていく饅頭の紙箱。
奥に人は居ない。饅頭をつくるために、超女神像が無人工房をうごかしてるのだ。
「「「「「っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――――――――――!?」」」」」
とつぜんの大火に、あわてる全員。
ヴォォン――『<MAGIC・SHIELD>』。
リオレイニアが――さっき使ったお盆を、また出した。
ヴァチヴァチヴァチヴァチィ――――――――ッ!
炎を防いだリオレイニアが――首をかしげた。
「この炎……熱くありませんわ」
「ま――さかっ、お母さまの〝つめたい炎の高等魔――術〟!?」
リカルルの見る先々が、つぎつぎと燃えていく。
どうやら狐火らしいんだが、ソレにしちゃ――
色が仄暗くねぇし、空中にとどまらずに――ぼごぅぼごごぅわわぁぁっ!
姫さんの見た先へ、まっすぐ飛んでいく。
「あ――あぁぁぁ――ぁ……あ――ぁぁあぁぁああ――ぁ!?」
ぼっごおごぉわっ――――とうとう目から直に、飛びだす炎!
「リカルルッ――!」
「お嬢さまっ――!」
叫ぶニゲルとリオ。
燃えひろがる炎から、みんなを守っているから、リオレイニアは動けない。
この狐火は熱くはないが、見た目は燃えさかる炎にしか見えない。
背後には子供も居る。盾をおろすのには勇気が要る。
幾重もの炎につつまれた姫さんが、ひざをついた。
「――――っ!」
果敢にも、狐火に駆けよる勇者ニゲル!
コッチはあまりの見た目に、呆然として出おくれた。
抱えられたリカルルの狐耳が、大きく動く。
ニゲルが杯の温泉水を布に含ませ――姫さんの目に当てる。
燃える火を消そうと、思ったのだろう。
が、飛びだす炎は――濡らした布だけでなく、青年の手まで通りぬけてしまう。
「――ルリーロの発する狐火と同じ粒子ですが、長波長のため通常の炎との区別が付きマせん――」
「(熱くねぇ炎……ありゃぁ〝天火〟かもしれねぇ)」
ふぉん♪
『イオノ>なによ、テンカって?』
ふぉん♪
『>該当は一件。古来より日本で観測された怪奇現象です。
ヒント>天火/災いを呼ぶ燃えない炎』
「お嬢さま――――――――!!!」
リオの悲痛な叫び。
やべえ、大事になっちまった。
ふぉん♪
『イオノ>引き金になったのは間違いなく、
シガミーの一言よね』
「(面目ねぇ、奥方様は妖狐だし、狐火の事なんかは姫さんも知ってたからつい――)」
炎につつまれる饅頭製造販売所。
ゥ゛ォゥ゛ゥ゛ォゥ゛ォッゥ゛ォォォォォォォォォン――――♪
んぁ!? なんだっ!? 背後からせまる――うなるような音。
いや、聞きおぼえがある。
こいつは魔法杖の、大きなうなりだ。
振り向けば、案の定――居た。
山菜を三本束ねたような形の、巨大な魔法杖。
浮いたソレが――一瞬で目の前に止まった!
「はぁぁーい、よ・ん・だぁ?」
噂をすれば何とやら。
呼んではないけど――この状況では……渡りに船だ。
「(わるい、奥方様が日の本うまれだってのを言っちまったら、姫さんが――――!)」
「(あー、だいじょうぶ、だいじょぉぶーよ♪)」
奥方様は、こう見えて前世じゃ稲荷の五穀豊穣の神の眷属だった。
だからこうして、五百乃大角の眷属でもないのに、おれたちの念話に割り込んだりもできる。まえにも一回やられた。
ヴォヴォヴォォォォンッ――――くるりん♪
回転する魔法杖。
奥方様の背中がみえた。
フサフサの尻尾が揺らめき――
「コォON!」
ぎちり――――――――シュッボゥ!
やい、真言をとなえてどーする!
ごぉぉぉぉぉぉぉっぉぉわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――!!!
爆発する炎!
リカルルとニゲルが、仄暗い狐火につつまれた!
あたり一面が、青白く塗りつぶされる。
それでも陽光のような炎は、脈動をつよくしていく。
ふわっさぁぁ――――伯爵夫人が尻尾を、大きく振ると――火炎も狐火も一カ所に集まった。
「くすくす、クツクツクツッ――とっても綺麗な色ぉ♪ よしよし素敵に育ってくれたみたいで、母わぁうーれーしーいーわぁ♪」
ふっしゅるるるるりゅっ――――すべての炎がかき消え……たかわりに、すさまじく強い光点がのこった。
ギラァァン――――!
「「「「「まぶしっ!」」」」――はっくちゅ♪」
誰か、くしゃみしてる。
「ひとまずコレぇー、リカルルちゃぁんに渡し――――」
親指で弾かれた、ちいさな――指輪?
朱色地に金色の、縁取りと文様。
それを――つかんだのは。
「――ぱしっ!」
勇者ニゲルだった。
一瞬で5シガミーほどの間合いを詰めた彼が、ふたたび一瞬でリカルルの元にもどる。
普段はまったく使わない、神速のアレだ。
ふぉん♪
『>〝勇者の歩み〟スキルです』
あー、そんな名前だった。
「リカルル――!」
手にした指輪を、リカルルの指にはめる。
すると――――ぼわぁん♪
爆発するふたり。
白煙が晴れると――ぴょこん!
姫さんに、ちいさな尻尾が生えた。
ギラギラギ――ラァ――――ヴォォォオォォォォォォッ!
ギラついていた光が、月の光に変わり――さらに青くなっていく。
やがてそれは、小さな狐火になり――
「にゃぁぁん♪」
「にゃにゃぁーん♪」
光にまぎれていた一号と、リカルルたちを助けるつもりだったのか、二号が並んで立っていた。
「ぎゃっ、護り鬼!? しかも二匹も出たぁ――――――――!!!」
ヴォヴォヴォヴォォォォォンッ――――♪
一瞬で階段口から上へ、逃げていったルリーロ。
よっぽと、シシガニャンが恐ろしいとみえる。
完膚無きまでにコテンパンに、のされてたから無理もないけど――
残されたのは、手を握りあう若者達とおれたち。
「――こほん!」
リオレイニアが咳払いをするまで、勇者と姫さんは見つめ合ってた。




