207:神域探訪、乳牛とニゲルの災難
「じゃあ、いま集めた分で、それなりの鍋になるんだな?」
「はい、強化服一号を発見次第、イオノファラー像まで戻りましょう」
ふぉん♪
『▼――ピピピッ♪』
なんかきたぞ!?
「一号でス」
茂みの向こうを見る。
なんかすごい土煙が。
あの勢いは、まずい。
「タター、つかまれ。ココに居るとあぶない」
貸していた錫杖を格納して――すぽん♪
しがみつく華奢な体……身長的に尻のあたりをガシリとつかんだ。
「にゃひゃぁぁぁっ――シシガミーちゃん、ちょっと待っ――――!?」
トトトォォォッォン――――!
大木の天辺へ、降り立った。
ジタバタするタターに「足場がないから暴れると落ちるよ」とささやく。
スゴイ顔で睨まれたけど、一号のようすを確認しないと――下を見た。
ブゥウモンォォォッォヲ――――♪
どかどか、ぱかぱか、ぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅ――――むん♪
暴れ牛に乗ってご登場の、おにぎり一号さん。
かなりでかい角の片方が、ポッキリと折れている。
「大方、出会いがシらに頭突きでモ喰らっテ、ヤり返したとおもわれマす」
ヴヴッヴッ――――ルガ蜂のうごき。
目の前にジンライ鋼製の格子があらわれ――――ひゅぅーーーーーんと落ちていく。
どずごーん!
モォォォォォォォォォォ――!
「よくやった、また食材が増えた!」
牛……タターよりも背のたかい、大きな牛を捕まえた。
ガッシャァァァァァァンッ!
閉じこめられた牛が、檻に激突する。
ぽきゅむん♪
ガチャガチャガチャ!
一緒に捕まった一号が、鉄の棒をつかんでガタガタ揺らしてる。
「にゃぁみゃぁーごぉぉう?」
オマエは檻の隙間から、余裕で抜けだせるだろうが。
トォン――
「きゃぁぁぁっ――!?」
――すたり。
タターを降ろし、檻に近寄る。
「ンモーゥ♪」
すぐに脱出をあきらめ、大人しくなる牛。
「こうしてみると、なんか愛嬌があるなー」
ヴ――じゃりぃん♪
錫杖を出して、かるく傾けて足で踏む。
棒一本でも、十数年修行を積めば、足場に出来る。
檻の外から、牛の頭を撫でてやる。
しきりに服の又のあたりを直してたタターも、ソッと手をのばす。
「かわいい……♡」
牛の目はとても綺麗だった。
おれ……ボク……あたし?
――やタターの姿が、ちゃんと映りこんでいる。
ガムラン周辺の変梃なつくりの動物や魔物達とはちがって、見ているだけでも心が洗われるようだ。
なんせ、よーく見ると、波打つ黒目(色は濃い赤)に渦まく白目(色は濃い青)みたいなのばかりだからな。
「じゃあ、無事合流したし、戻るか」
おれは小太刀を取りだした。
「ちょっとまって、シガミーちゃん! 何を……するの?」
袖を発止とつかまれた。
「なにって、絞めるんだよ。そうしなきゃ収納魔法に入らねぇし――」
涙目になったタターが、檻を背にして立ちふさがる。
おれたちの真似をしてるのか、一号が牛の頭を撫でる。
一号、お前……足伸ばしたり出来るんだな。
まあ、金剛力も普段から使えてたか。
さて――ちらり。少女と目が合う。
「だって、この子は魔物と全然ちがうでしょぉー!?」
ふつうの牛(大きさは倍だけど)を見たのは、初めてか。
「んーっと、姫さんトコで侍女をしてりゃ、毎日のように獲物くらい運びこまれてるだろう?」
「にゃみゃにゃにゃごー♪」
タターの隣に立つ一号。
足は長いままで、コッチを見下ろしてくる。
「ああモー、モー一匹増えやがった」
気持ちはわかる。あの澄んだ瞳を見てると、心が洗われる気がする。
「わかったよ。どうせ今日は肉鍋じゃねぇしな。迅雷、逃がしてやれ」
§
「ふぅん、それでぇーそのゴーレム子ちゃんがぁ――昼夜問わずぅ、熱烈なアタックおー……物理的に仕掛けてーきたと?」
「アタックなんて生やさしいもんじゃないんだよ――――借りてた宿屋の離れに、森の木の洞。逃げこんだ廃屋に地下ダンジョンにまで追いかけてきて、全部壊していくんだっ!」
「それじゃぁ、ゆっくりごはんも食べられないわね――キリッ」
真剣な顔つき。
「しまいには神聖な祭壇でも有るはずの、〝召喚の塔〟を倒壊させても――一切のおとがめなしでさ!」
青年にしてはめずらしく、大声を張りあげている。
「けどそれは魔王を倒すための、訓練だったんでしょ?」
「たしかに命まで取ろうとはしてこなかったけど、毎日毎日いろんな姿の人型ロボットみたいなのに追いかけられて――いつだかは屋台で食べてたら、大通りを歩く人が全員ゴーレムに変えられてたしさっ!」
涙目の青年。
「……それで西計君わぁ、どぉーしたのぉー?」
「ぐすっ、仕方ないから全部斬ったよ。そうすると翌日には、その攻撃を避けるように、改良されたのがくるんだよ!? ――まったく忌々しい!」
「ドルイドである王女さまの作りだしたゴーレムに……連日追われつづけたと――――んー、それたぶんだけどぉ、君を当て馬にした〝兵器開発プロジェクト〟よねぇ?」
「兵器開発プロジェクト? 言われてみればそういうことか。やっぱり、なんかおかしいと思ったんだよ。持ってた魔導書の表紙に、ドクロマークとか書いてあったしさっ!」
「そもそも、君がこの世界に来た時点で、とっくに魔王は斬られちゃってるわよね?」
「つ、通信機みたいな物があって、最前線の状況を王女が知ってたってことは、ガムラン町に来て知ったよ――」
「つまり、〝騙されていた〟と――」
タブレットPCに何かを書きこんでいく、イオノファラー所長。
「うあぁぁぁ――思い出すと腹がたつ! に、逃げてきて本当に良かった!」
「央都NGの件は、よぉーっくわかったけど……君の身体能力が、〝シガミー越え〟らしいっていうのは本当? 一体どんなスキルぉー、隠し持ってるのかしらぁねぇー?」
核心に迫るイオノファラー。
「隠すもなにもギルドカードを見れば、書いてあるけど?」
革製ベストのポケットから取りだした、銀色のカード。
ソレをぽすっと、テーブルに置くニゲル。
イオノファラー(映像)の目が、見開かれる!
ニゲルの神速は敏捷性系のブーストや、コントゥル家御用達の先制攻撃とは一線を画していた。
§
「おーい、もどった……もどりましたでござりますわ♪」
窓の外に、牛の手綱をひく少女があらわれた。
「戻りましたわ――さんはい♪」
牛にまたがる給仕服。
「みゃやうー♪」
ゴロゴロと喉を鳴らす強化服。
同じく牛にまたがり、タターが落ちないようにうしろから抱きついている。
目を細め抱えた給仕服に額をこすりつける様は――
「戻りましたでごぜぇますわ……なんだか、随分と懐いたもんだなー」
キィィ――あけられる出窓。
顔を出したのは、どこかお疲れ気味の美の女神。
「おかえり~……なぁにそれ牛? モー、どこで見つけてきたのよ。あっ、牛スキもいいわねぇぇ――じゅるり♡」
よだれを垂らす女神からの、熱い視線に怯える牛。
すとんと地面に降り、間に立ちふさがる侍女、一号、空飛ぶ棒。
「オ待ちくだサい、イオノファラー。コの乳牛かラは牛乳が取レ、様々ナ食品に加工出来まス」




