205:神域探訪、ニゲル事変
「ふぅん、それじゃぁ通学路を歩いてたらぁ、倒れてきた何かの下敷きになっちゃったのぉ?」
ここから先の話はフェスタが終わって、いろんな仕事が全部一段落した頃に聞かされた。
まあ、知ろうが知らなかろうが、ニゲルはニゲルでおれはおれだ。
それほど大した話ではないしな――
「そうなんだよ。なんでも遺跡獣がとつぜん生えてきてさ、近くの高層ビルを壊したらしいんだよね」
「ふぅん……ちょっとまって。なぁにイセキジュウって?」
「遺跡獣は遺跡獣だよ。地球上どこからでも生えてきて、大昔は屋根鯨なんて言われてたアレだよ」
「ほらこれ」と、画面が割れたスマホを見せる青年。
のぞき込むイオノファラー。
ソコに映し出されているのは、崩れ落ちる高層ビル群と――巨大な蟹のハサミが生えた巨大な目。
目を見ひらく、美の女神所長。
「へぇ~へ~んだ、し、知ってるもんね! あたくしさまは、なんせ美の女神ですからーっ!」
そう言って体をひねり、ソファーの背もたれに突っぷすイオノファラー所長。
「(ちょっと、迅雷くぅーん。たぁすぅーけぇてぇー!)」
カシャ――『(>_<)』
イオノファラー所長(映像)が体を大きく動かしたため、ソファーの向こうが透けて見えた。
球形のプロジェクションBOTがむき出しになり、再びジワジワと所長の映像を色濃くしていく。
「(イオノファラー。私にまで、その口調を使う必要はありません)」
「(あら、そ。つれないわね。それで、空間異常検疫に異常は!?)」
「(ありません。論理封鎖態勢に関する情報は開示されていませんので、類推による校閲取りが出来ませんが……ニゲル青年の生命反応に異常は見られません)」
「(すくなくとも……アタシが知ってる日本じゃないわね。それなのにニゲル君は、嘘をついてはいないと……ふーん、なるほど――わからん)」
「それで、イオノファラー所長……本当のところ、どうでしょうかね?」
「ん、なにがぁ~、うふふふふふうっ?」
つたう冷や汗を頬に当てた手で隠す、イオノファラー所長。
「なにって、脈ですよ脈――キリッ」
ヒジをヒザに乗せ前かがみ。
組んだ手にあごを乗せた青年の顔が、引きしまる。
「(迅雷っ! モニターしてるのが、バレてるんだけど!?)」
「(落ちついてください。彼が言っているのは、バイタルデータのことではなく、恋愛対象との恋の成就確立のことと思われ)」
「あー、そっちね。こほん! 聞きたい? ほんっとぉーに、ききたぁいー?」
「はい、最初はふざけてるのかと思ったけど、なんか真面目に相談にのってくれてるみたいだし。この際、本気で――取りに行こうかと!」
「良い心がけだわ――ふふふ♪」
ちょっと、取りに行くって何をよ!?
類推になりますが、リカルルの♡ではないかと。
「じゃぁ、正直に言うけど――今のままじゃ、脈はないわね――キリッ」
真剣さのアピールなのか前屈み、組んだ両手にあごを乗せる映像。
その顔が、引きしまる。
「そ、そうか。ガムランに来てから、一年ちょっと……ひょっとしたらそうなんじゃないかなって思ってはいたんだよね。そもそも、身分がちがうし……ぶつぶつ」
手を股の間に下ろし、うなだれる青年。
「くすくす、話は最後まで聞いてちょぉうだぁい? あきらめるのわぁ、全っ然、早いわぁよぉー――お姫ちゃんはさ、なにをモットーにして生きていると思う?」
「モットー? ガムランの……ひいては人類の平和?」
「そうね、けどそれは目的でしょぉ?」
「?」
首を傾げる青年。
「彼女のモットーわぁー、平和のぉ手段で有る――魔物を斬ること自体なのよっ!」
「斬ること自体!? ――そういや、聖剣が抜けなかった腹いせに、何本もの宝剣をダメにしてまで〝斬った〟って聞いたなぁ――てれてれ♪」
なぜそこで、頬を染める?
意外と、この二人は、お似合いかもしれません。
「ソレを踏まえた上で、この話になるんだけどさぁー、ニゲル君わぁさぁー、結構、剣を使えるってほんとぉぅー?」
「剣? コレのこと?」
ガチャリッ。
「うん、まあソレもぉー確認しておきたいことのぉ、ひとぉつよ」
「この剣は工房長が、いろいろ試しに打った奴の中の一本でさぁ。持ちあげるのにコツが居るんだよね~♪」
ふぉふぉん♪
『聖剣ヴォルト【打ち直し】
攻撃力34。魔王を討伐できる唯一無二の聖剣。
>正式な手順で抜剣されなかったため、
追加効果や称号は付与されない。
装備条件/異世界より来訪した勇者』
「その剣だけどさぁ、鑑定してもらったことわぁ?」
「えぇーっ!? そんなのするわけないじゃん。買った値段より高く付いちゃうし」
うなだれる所長イオノファラー。
「じゃあ、ココへはどうやって来たの? 死んだあとの記憶わぁ有る?」
「……………………声が聞こえたんだよ……くそっ……ぶつぶつ」
テーブルを見つめ、忌々しそうな口調。
「なんて?」
「「あぽーん、しんでしまうとななにごとだ!」って怒られたよ」
イオノファラー(映像)を見つめ、忌々しそうな口調。
「なんか、古の某コンシューマーゲームみたいね。それで……?」
「「生きかえりますか?」って聞かれたから、ひとまず死んでなくなるくらいならって……」
青年の顔が苦渋に満ちていく。
「誰に聞かれたの? あたくしさまも、ウチの兄……縁者である前任の神もあなたを呼んだ覚えはないのだけど――」
「だれって、もちろん央都の王様だよ。召喚魔術を使ったのは…………王族の姫さまだけど」
「姫さま? まだ会ったことないけど……リカルルちゃんみたいなぁ?」
シャギィィィィィ――ン!
鳴る金属音。
映像の眼球に写りこむ室内。
その中に青年の姿はなかった。
ソファーに座る映像の、背後。
ニゲル青年の、錆びかけた剣が首筋(映像)に当てられている。
「いくら、イオノファラー様でも、それもう一回言ったら――本当に斬るからね?」
何この迫力!
「わかった! わかりましたぁー、二度と言わなぁいぃぃぃぃぃ!」
背後からの刺客に、手を上げ降参する非戦闘神。
ふぉん♪
『>シガミー、ニゲルが強いって本当なのっ!?』
「(ああん? 言っただろ、二号の手足をスパスパ切りやがったって。ありゃあ、普通じゃねぇから……まぁ、怒らすなよ?)」
ふぉん♪
『>そ、そうする! あたくし、気をつける!』
「そうしろ。こっちは、コレから野菜の群れを追い立てるからいそがしい、じゃあな!」




