198:龍脈の棟梁(シガミー)、またニゲルがあらわれた
「さて、もう一品いくか」
特に大きなムシュル貝。
釣り穴からじゃ通らないくらいの丸々太ったやつが――全部で11匹。
味噌汁の器には入らないから、別に分けておいたのだ。
「シガ……じゃなかった、カラテェーくぅーん♪ コレ! このお味噌汁でも良いんじゃなぁいのほぉーん?」
何がだろう?
全部で4つも大鍋を仕込んだのに――ひとつ丸ごと、ひとりで飲み干しやがって。
「――おソらく、猪蟹屋ノ新メニューのこトかと――」
「(まったく、二号がシガミーだってバレたら、大変だろうが)」
もともと、そこまで隠しだてすることも無かったんだが、今さら言いだすのもはばかられる。
「――ごめん、ごっめぇーん。マルチカーソルの操作をしてると、どっちがどっちかわけわかんなくなるときが、たまにあるのよねぇん――」
ソレはそうだろう。
見てるコッチまで、ややこしくなるからな、その御神体の分け身姿は。
「(味噌汁は、献立には出来ないよ)」
「――なんでなんで、どぅしてぇどぅしてぇ!?――」
こぉんなにぃおいしぃーのぉにぃー?
「(やかましい。味噌がもう無い)」
それに、当初の予定は甘いお菓子って話だったんじゃなかったか?
ぎらん――オルコトリアが便利に使ってたのと、同じ包丁――ぎらりん♪
貝の身を突き刺し、殻をまわして引っ張りだす――ぐりぐりぐりりゅん♪
白い身から生えた尻尾みたいな形が、ちょっと面白い。
すとん――スッスッスス――ッ!
腸を取って、薄く短冊切りにして――たら一号が寄ってきた。
「みゃにゃ、ににゃみみゃ、にゃゅーにゃ、にゃごー♪」
なんだって?
「――おテつだい、スグ終わル、問題解決、褒めラれる、うレしい――♪……デす――」
じゃ、頼むか。さすがにコレ全部切り分けてたら、夕方になっちまう。
「はい――♪」
包丁を渡してやると――
ぐりぐりり――スッストンッススッ――ぽきゅん!
貝を引っこ抜くとこまでは上手に出来たけど、ぶつ切りにしちまったな。
力が入りすぎだよ。
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
お、今度はうまくいってる。
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
ぐりぐりり――ストトトトトントトンッ――ぽきゅん!
「すげぇ! 一瞬で出来ちまった!」
大皿五枚に薄切りの貝が、山盛りになった。
「――まダ、全てノ行動ヲ自発的にハ行えないノで、最初に手本ヲ見せなければなりませンが、それでモかなり使えますネ――」
「あら見事な、お手前ですわね、シガミー♪」
姫さんが、一号の頭を撫で――
「(やべぇ、そりゃ、危ねぇ!)」
一号はいま、刃物を持ってる。
スッ――鋭利な切っ先が、姫さんの頭でなく――テーブル横の包丁入れに、差し込まれた。
教えたわけじゃないのに、五百乃大角専用の調理机(大)を、もう使いこなしてる。
手を洗い、キレイに拭いてから――「にゃぁご♪」
一号は姫さんの頭を、撫で返した。
かちゃかちゃかちゃ、ことことことん。
無料の味噌汁は、まだまだある。
その横に小皿と、三つ叉の一本箸が並べられていく。
何人分もの食卓の準備と料理の配膳は、一号だけじゃなく姫さんと侍女さんたちも手伝ってくれた。
ごどん♪
収納魔法の〝とっておきフォルダ〟から、黒い水が入った瓶をとりだした。
小皿に次々と、ソレを垂らしていく。
「さぁ、食べてみてよ♪」
折角だから、ここに居合わせた人垣相手に、商売をする。
「――シガミー、これって――」
「(ああ、醤油だ)」
「――うきゃっふぉぉーぅ、おっ刺身ぃ~!?――」
軽く茹であがった貝。
寿司につかった川魚と一緒で、そのままの形で食べる習慣がないんだろう。
手をだしたのは一人、いや……御神体が一個だけだ。
「いただきまぁーす♪」
ちなみに五百乃大角は、この一本箸を器用に使う。
そして、何でもガツガツと凄い勢いで平らげる。
ひょいぱく、もぐもぎゅ――ごくん♪
んふふぅー♪
うまいうまいと、パクパク食べ続ける五百乃大角。
つづいて、小皿を手にしたのは――
「シガミーこれは、お刺身なのかい?」
なんとニゲルだった。
ここに居るってことは、「参った」まわりの手続きが滞りなく済んだってことかな。
さっき別れてから、20分くらい過ぎたし。
「(おい、五百乃大角さま?)」
「――なぁにょお――ぅ《・》――」
もっぎゅもっぎゅもっぎゅ――♪
満面の笑顔――は良いけど、大皿ぜんぶは食うなよ?
「(アレ――なんだったか。えっと……姫さんとの一日何たら券てのは、ちゃんとニゲルに渡したのか?)」
「――なんで、ニゲル君に渡すのさ?――」
「(そりゃ、おれ……いやボクが、ついさっきニゲル相手にやりあって――手も足も出なかったからだよ)」
参った証拠がわりに、ひたいに判を押しておいた。
「はっぁぁぁぁーーーー!?」
「はっぁぁぁぁーーーー!?」
テーブルの上で刺身を食べつづけていた御神体と、分け身が同時に叫ぶ。
うるせえ。迅雷、二号の右手を切った所を画面に出せるか?
ふぉん♪
『>約45分前の映像です』
ヴュザザッ――――ザラつく小窓が、また開かれた。
「「にゃ、にゃぁ」じゃ、困る! 「参った」と言ってもらおうか?」
腕をスパリと切られたのを見て、五百乃大角の箸が止まる。
「ボクのぉ――よこしまなぁ――下心のぉ――礎にぃ――なぁれぇぇぇぇっ――――!!!」
改めてみせられると、〝刀〟の扱いがココの冒険者たちとは、まるで違っていた。
「死――ぃねぇ――ぇぇぇぇ――ぇぇぇぇ――ぇぇぇぇ――――――――――――――――!!!」
「――滅せよ!」
小窓がソコで閉じた。
「ど、どうやら今すぐ話をしておかないと、いけないみたいね……もぐもぐもぐもぐ、もうひとつおかわり♪」
……じゃあ、それで最後だぞ。
「相談したいのは、正にそのことだよ♪」
「(あっ、そーだった! ニゲルが日本人って話わぁ、この世界を統べる女神としてもぉー同じ日本人としてもぉー、見過ごすわけにわぁぁいかないんだったっけねぇー)」
おいこら。いまのさっきで、わすれてんなよ。
女神に続いて、食堂の若いのが食べ始めた料理に興味が湧いたのか――
「カラテェー、それ、私たちもいただきますわぁ――じゅるり♪」
姫さんが人数分の料金を、文字板のまえに置いた木箱にいれる。
侍女達は七人くらい居て、一見するとリオレイニアが一杯居るみたいで……すこし近寄りがたい。
「リッリカルルさまっ――――っけっほけほけほ!?」
醤油がのどに入ったのか、ニゲルがむせた。
あーもー、耳まで真っ赤にしちゃってまぁ。
「(見てられないわね……もぐもぐもぐもぐ――いいわ、あたくしさまが一肌脱いであげようじゃないのよさっ♪」