185:龍脈の棟梁(シガミー)、めんどうな痛み
冊子や根付や、夜眼が利く眼鏡。
コレだけでも、ガムラン町を運営できるくらいの大きな商売になる。
けど、御貴族さまばかりを相手には――絶対しないよな、あのコントゥル家の方々は。
「(――はイ。先ヲ見据えていかナいと。気づいたラ我々、猪蟹屋だケが取り残さレる事態に、陥らなイとは言い切れませン――」
なー、ビックリだぜ。この町の連中の頑張りには。
まえにレイダが持ってきた通路向こうの〝硬くて甘い菓子〟を売ってた店は、明日から〝揚げた柔らかい菓子〟を売るそうだ。
そう、冊子に書いてあった。
いま、ウチの串揚げ屋は、繁盛してるけど。
来年どうなっているかなんて、まるで見当も付かねぇ。
世のため人のため、何よりこの世界存続のため。
おれたちは飯の神に、うまいものを腹一杯食わせてやりてぇ。
「(猪蟹屋もあたらしい献立を、考えないとなー)」
どうしたって、食費が要るのだ。
そして、カブキーフェスタは〝売り出す〟絶好の機会だ。
「んーぅ?」
ふと上を見る。壁だ。
天井は普通の壁で、一カ所だけビードロ越しに空がのぞけるようにしてある。
アレはもちろん、神域惑星を見るためだろうな。
ルコルたちは、まだあの窓に気づいていない。
町に来たときに浮かぶ岩を見て、さぞかし驚いただろうから――真下から見たくらいじゃ、驚きはしないかもだけど。
きゅふぉん♪
『>ここから上が、
見えるよ?』
§
「(おい、これもギルド長に言っといてくれ)」
ギルドを再建したら、屋舎探訪は、してみるもんだな。
長椅子にうなだれる狐と猫。
首を押さえ、床を見つめるその顔が、苦痛にゆがんでいる。
「い、痛いミャッ!」
「あんまり不思議だから、小一時間も見続けたコォォン!」
次から次へと、やらかしてくれるもんだな。
「――頸椎圧迫にヨる症状ノ緩和にハ、炭酸水素塩泉……俗に言ウ〝美肌の湯〟への入浴ト飲泉が効果的でス――」
「(入浴? 湯治か。蘇生薬でも飲みゃぁ一発で、治るだろう?)」
「――骨折なドの外科的外傷ヤ、根治可能な内臓疾患なドの回復の際、生ジる体調不調に関しテは効果が発現しマせん――」
体調不良――筋肉痛みたいな、面倒なやつか?
「――はイ。筋肉痛ニは卵酒。頸椎圧迫にヨる症状ノ緩和にハ、温泉が最適かト――」
それがなけりゃ、金剛力も使イ放題なのに。
「――そレと当然なガら、慢性的ナ体質などニは、蘇生薬や回復薬ノ効果は発現しマせん――」
ソレはわかる。一切皆苦、涅槃寂静。
人生はままならず、悟るほうが早ぇ。
じゃあ、五百乃大角の生身の体の、下っ腹が出てたのにも納得するってもんだ。
ありゃあ、食べ過ぎであって――怪我や病気じゃねぇからな。
「――上位権限にヨり非公開でス――」
きゅふぉん♪
『>だいじょうぶ?
医務室に行けば、
気休めの薬くらい
出してもらえるけど』
「気休めなら、い、いらないニャア!」
長椅子に倒れる、猫耳娘。
「ひょっとして、我たち……呪われたコォォン!?」
おなじく長椅子に(以下略)。
きゅふぉん♪
『>じゃあ、お祭りの期間中、
間借りすることになってる、
お家に寄らせてもらうかい?』
いまみんな、出払ってるだろ。
「――ハい。新居室内ニ動体反応ありマせん――」
よし決まりだ。
§
例の紙ぺらが、『テナント募集中』の方を上にして、テーブルに置かれている。
「たのしかったから、余計にこの建物で仲介所をやりたかったコォン~」
「ここなら、あのうまい串揚げも毎日買いに行けるから、立地条件はバッチリミャ、口惜しいニャ~ン」
二人はテーブルに突っ伏したまま――延々と愚痴っている。
それはつまり、転送陣の行き先の話で。
耳が痛くなってくるから――猫耳頭の耳をペタリと閉じた。
女神像の転移網を利用して商売をするつもりだったから、いずれ女神像行脚はするつもりだった。
「(けどなぁー、いますぐって訳には、いかないだろ? シシガニャン一号と、オルコトリアの勝負だって、これからだし――)」
なにより、猪蟹屋のお祭り用の新しい献立。
今日中に考えれば良いやと、呑気にかまえてたけど――
考えなきゃいけないことが、一気に増えた。
ぼくまで、大きな頭をテーブルに突っ伏……せないから、そのままアゴを乗せた、
居間でだらける、喫茶店組。
こんな所をリオレイニアに見られよう物なら――生活魔法が炸裂してしまう。
気力を振りしぼり、文字板をトンと立てた。
きゅふぉん♪
『>すぐには無理でも、そのうち
超女神像の行き先も増えるだろうし、
それから、お店を始めれば
良いんじゃない?』
「(どっちにしろ普通の女神像からは、どこにも飛べないから……ふつうは商売にするのは無理だろ?)」
まず、城塞都市から超女神像まで、飛んでくる方法がないしなぁ、ふわぁぁー♪
窓からさしこむ暖かな日差しが、眠気を誘う。
ぱたり――板がたおれた。
「――ソチラに関してテは、どうしようもアりませんが――ガムラン町を拠点にすルという条件つきデなら――ルコラコルの構想ヲ実現可能デす――」
そうなのぉーう、ふわぁ?
「――はイ。〝転送料金が一定額ニ収まルことを利用して、シガミーに各地ノ女神像へアクセスしてもラい――」
「あ、わかった。超女神像から大女神像に飛んで、大女神像から各地の女神像に飛べば――」
金剛力だのみでカッ飛ばないなら、卵酒を飲みまくる必要もない。
ぽこふぉん♪
『イオノ>ソレってさ、チートじゃね?」
でた。
「(御前さまは、結婚式の真っ最中じゃねぇーのか?)」
それに〝ちぃと〟じゃないよね。全国各地の女神像の数は相当ある。
ふぉふぉん♪
『イオノ>もー、とっくに終わりましたー♪
>はー、つかれましたよ。
>つきましては、本日のオヤツは、
>甘くてかわいくて、栄養の有る物を
>ご所望いたしますわ♪』
「(まあ、お疲れさん……っていっても御前さまのお式じゃねーけどなー)」
まず……もらい手が無ぇと思う。
「(ちょっと、聞こえたわよ!)」
あ、念話を使うなっ――ルコルが一緒だ!
「コォォンッ――――!?」
ほらみろ、飛びおきちまったじゃねーか!