180:龍脈の棟梁(シガミー)、新シガミー邸
「じゃあ、お茶ぁ、ごちそうさま。おいしかったよ」
実際にリオが入れてくれた茶は、いつもどおりにおいしかったし。
「いいえ、お仕事ごくろうさまでした♪」
茶菓子(シガミーが央都で買ってきたヤツ)を、つつんで持たせてくれる。
「あと、家を壊しちまって悪かったね」
そして、クェーサー父娘に悪いことをしたと思っているのも、本当だ。
「こっちこそ、素敵なお部屋にしてくれてありがとう♪」
手を握られた。
そうなのだ。冒険者パーティー〝シガミー御一行様〟は、気の良い連中なのだ。
「じゃあ――」
ガシリ――――!
両手をギュッとつかまれた。
「「ちょっとまって!?」」
あれ?
どうしたの怖い顔して?
烏天狗のうしろにピッタリと付いてくる――シシガニャンも立ち止まった。
「「シガミーは置いてって!」――くださいませ!」
§
「(おい、どーすんだこれ?)」
「(大工作業の指示を出す際に、口頭によるプロンプト入力……最終確認をシガミー……烏天狗が必ず行っていたので、操作技師……飼い主として認識したようです)」
建てたばかりの、ギルド家屋。
レイダの部屋から降りること、七階。
図書館や倉庫が有る一画。その北東側の角。
「まいったな……」
ココは、新シガミー邸らしい。
旧物置小屋のあたりが、特に日当たりが悪くなるって言うんであてがわれた。
なんでも、燃えなくて壊れなくて魔法や呪いに、めっぽう強い材質で囲まれた、この階層。
その一画に、さらに強力な結界じみた場所を作ったらしい。
もっとも、その内情は、シガミーが寝ぼけたり、ふざけて柱を焼き切ったりしても、他に被害を出さないためだ。
なんせ作ったのはおれ。設計したのはシシガニャンだから、間違いない。
ドアを開ければ、二重の結界は解除されるから不便はない。
ないが――
烏天狗がドアを開けると、シシガニャンが立ちあがり、どこまでも追いかけてくるのだ。
「そもそも、シガミーはなんでこの中に入ってるの? ……すっごくすっごく、かわいいけど」
お互いの頬をさすり合う、子供と黄緑色。
「なんでも、シガミーやカラテェー君の故郷に伝わる……修行なのだそうですよ?」
カブキーフェスタの絵草紙が、紙一枚じゃなくて分厚い。
おい、この冊子、五百乃大角が町中に配りやがったけど、SPそうとう使
ったんじゃねーか?
「(いいえ、ギルト地下に烏天狗が設置した、自動工作機械……無人工房で作られたようで、材料も以前、森に大穴を空けたときの材木を――一割ほど使用したのみです」
収納魔法に詰め込んであった、材木をそれっぽちだけで?
「(はい。超女神像の考える機能を使えば、SDKや私ほどではありませんが、簡単な物を作れます)」
超女神像と金庫をつなぐ、配線の間。
三階分の高さに、五百乃大角が寄こした何かを、そのまま置いたのは覚えてるけど。
……迅雷の細腕みたいな物か?
「(はい、そう考えていただいて構いません。冊子や簡単な道具を、大量に作れます)」
まあ、そっちは大方、伯爵夫人となんか、こそこそやってた兼ね合いだろう。
ガムラン町みたいな辺境が、この世界の中心になりかわっていくのは、色々問題がありそうだけど――便利になるなら、いいことだし。
おれぁ、元坊主のいくさ人で、いまは子供だ。
そこまで、気にしてやることはねえ。
それこそ、そいつぁコントゥル家の仕事で、子供が関わるこっちゃねぇやな――
「(――けど、猫耳頭を着る修行てのは、聞いたこともねぇぞ? 部屋にこもるのは有ったが……)」
「(うそも方便です。町を発展させる目玉にしたいと、画策したのでしょう)」
ぱらら――――冊子をめくる。
なるほど。
人が集まりゃ、うまい飯を作る料理人もやってくる。
これは今日じゃなくて明日、うまい飯を食うための謀だ。
そういう、裏がよみとれた。
「ふぅ、シガミーは、これ以上強くなってどうするの?」
子供が、若草色にたずねるが、おれにもわからん。
強いて言うなら、〝五百乃大角の飽くなき食への探求〟に必要かもしれねぇってだけだ。
「にゃやぅー?」
首をかしげる魔物。
「ほんと、どうすんだ?」
部屋の隅。
美しい姿の置物に向かって、聞いてみる。
返事はない。
置物は元々ガムラン町ギルドにあった、普通の大きさの女神像だ。
土台になるSDKは、超女神像をつくるのに取りはずされ――
額の石すらも、五百乃大角像を作るのに取られたから――
龍脈にも金庫にもつながっていない。
つまり、まるで使い物にならない、まさに置物だ。
ぽこん♪
「(ふふん、この超女神像の型取りに使った女神像わぁ、ただ置いてあるだけじゃないんだもんねっ! こうして話せば――聞いてたらだけど、出てきてあげますよーぉ♪)」
出た。女神が。
ええと……この女神像には、ヤツの耳が付いてるってワケか。
「(そのようです)」
「(ふうー、おまえコレ……シシガニャンをどうにかしてくれ)」
こうひっ付かれてちゃ、おちおち飯もトイレも風呂もできねぇ。
「(ブブブーッ♪ ソっレっわぁー聞けなぁい相談よっねぇー。カブキーフェスタが終わるまで、このままでおねがいしゃぁーす♪)」
深々と頭をさげられても、その図体じゃ――五百乃大角の分け身が、パタリと前に倒れた。
「(やい、一週間も、このままって訳にはいかねぇだろうが?)」
おれは、いつまで烏天狗で居りゃいーんだ?
「(シガミーは〝お祭り《フェスタ》の賞品〟なんだから、今回は我慢してちょうだぁい♪)」
けど、ずっと、コイツらと居たら、おれ……ぼくが本当のシガミーだってバレるだろー!
烏天狗としても、自由がきかねぇのは困る。
そろそろ、ルコルたちの店に顔も出さなきゃならんし。
「(えーソレに付きましてわぁー、誠に遺憾ながらぁ――秘策がすでに、コチラの部屋に搬入されておりまぁーす♪)」
女神像の隣。不自然な壁の出っ張り。
不格好だが、全階層に通さなければならない配線上、どうしても出来てしまう。
「レディース、エン、ジェントルメン♪」
いきなり話しはじめた、女神像。
跳びあがり驚く、給仕服、子供、魔物!
ぷっしゅるるるっぅ♪
ひとりでに開く、部屋の不格好な出っ張り。
引き戸の中から、あらわれたのは――
「おい、いや……ねえ、コレって、どういうことだい?」
中に立っていたのは――薄桜色。
「なんだこの薄桜色の、シシガニャンわぁ!?」
迅雷の腕と同じような細腕に、支えられていたのは――シシガニャンだった。