179:龍脈の棟梁(シガミー)、シシガニャンまたがんばる
「(おい、本当にこのままニゲル語をしゃべってても、平気なんだな?)」
ここは深い山中でもなければ、町のお歴々が集う会議の場でもない。
烏天狗のぼくも、普通のニゲル語になる。
「(はい、少年のような声質に変換していますし、同郷育ちの同年代なら似通うことも有ります)」
「にゃゆー♪」
手を引かれるままに、ぽきゅぽきゅ♪
と付いてくるシガミーが面白いのか――
「この辺は……居住区のようですねぇ?」
大きな籠を手に、給仕服があとを付いてくる。
「え、そうなの!? 広くて大きくて窓までおっきいっ♪」
ひょろ長い木の枝を振り回す、D級冒険者ももれなく。
魔法杖、シシガニャンに当てるなよ。
やり返されるからな?
はしゃぐレイダ。
家を壊しちまった責任は、おおむねおれにある。
どうせなら、要望でも有るなら聞いてやるか。
「レイダちゃん、この階層は全部、キミん家になる予定だ」
シガミーが使えない現状では、天狗か烏天狗が張り切るしかない。
ソレでなくても烏天狗は当事者だから、どこかで汚名も返上させておきたかった。
「(日の本の建築技術を頼りにされたのは、渡りに船でしたね)」
もっとも、「大工仕事が得意だからぁー、面倒な所わぁー、ぜーんぶカラテェーかテェーングにぃーやらせてねぇー♪」なんていう、飯の神の鶴の一声で、丸投げされただけだけどな。
「ほんとうっ!? まえの家の何倍もの、広さだよ?」
「うん。ギルド長であるキミのお父さんが、いつでもガムラン町の東西南北を見わたせるようにっていうんでそうなったよ」
「けど広すぎて、掃除とか大変そう」
「それは、大丈夫。イオノハラさまが、迅雷と作った……なんだっけ?」
「(光触媒と電磁メタマテリアルを積層構造化した、機能性壁材と床材、――――、――――――、――――です)」
そう、ソレだ。
「――ひとりでに磨きあがる床壁天井で敷き詰めるから、外廊下の四隅の小窓を開けておくだけで綺麗になるよ」
「なにそれ!? リオレイニアさんの魔法みたい♪」
「そうですねぇ、その魔法について――――くわしくお聞かせ願えますか?」
ひゅぉぉぉぉぉぉぉっ――――。
なんか、寒くなってきたぞ?
§
「――――――――なるほど。陽光と同じ暖かな揺らぎと、とてもよく滑るだけの床ですか……ふぅん、なるほどなるほど?」
――――きゅきゅきゅっ♪
靴底をこすりつけるように、たたらを踏む給仕服。
裾がフワリと持ちあがり、すべらかな足が見える。
「しかも、ほどよいすべり止め――あとで、シガミーか迅雷を問い詰める必要がありますね――――クスクス?」
生活に関わる魔法に、興味がわくのはわかるけど。
そんな獲物を見るような表情をする必要は、ないよね?
それに、シガミーにわからんことを聞かれても、説明は出来ない。
「それで、要望は決まった? 今ならなんでも、承れるけど?」
机にかじり付く子供に、おうかがいを立てる。
「じゃあ、コレ!」
ぶわさっ――――むぐ!
顔に押しつけるな。見えないだろうが。
子供が必死に紙に書いた物は――つぶれた二重丸。
その外側に、大口を開けた魔物が……ひのふの、12人くらい、椅子に座ってる。
「――んーっと、わかった! 穴があいた菓子を喰う、魔物の……巣だね?」
「ちがいますよ、カラテェー君。これは――魔物に囲まれたときに有効な、爆発系魔法の使い方です」
え? そうなの?
「ちっがぁぁうでぇしょぉーーーーーーーー! これは、アタシ!」
指さしたのは、一匹目の魔物。
「「は?」」
リオレイニアさんと、声が重なった。
「じゃぁ、コチラは?」
たおやかな指先が示したのは、二匹目の魔物。
「それは、シガミーに決まってるでしょ!」
いや、決まってない。
シガミーに、そんな角とか牙とか生えてないだろうが。
残りの魔物は、レイダ父、リオレイニア、リカルル、食堂の女将、ネコアタマ青年、ニゲル青年、工房長、リカルルの護衛と、まだ見ぬお嫁さん。そして猪蟹屋を臨時で手伝ってくれてるヤツ、一人目と二人目らしい。
「じゃあ、この真ん中に有る、穴が空いた食べ物は――なんなんだい?」
「バカなの? カラテェー君はバカなの? コレはテーブルにしか見えないでしょぉーーーー!?」
なんだとーって思ったけど、おれ、いやぼくは大人だからな。
よくよく聞いてみると、丸いのは食卓だった。
「普段は父親と二人掛けで――」
「――最大で12人まですわれる、テーブルですか?」
「だって、こぉんなに広いリビングなんだものっ! みんなが来たときに、おもてなししたい!」
「(やべぇ、むずしい注文が来ちまった!)」
「(そうですね。収納魔法具を連結させれば、可変サイズ対応は可能ですが、構造的に強度不足――――)」
「にゃっ――――?」
レイダが書き散らかした紙束。
それを食い入るように見つめていた、猫耳頭が鳴いた。
「どうしたオマエ……シガミーちゃん? なにか良い考えでもあるのか?」
「そうよ、シガミーならいつもみたいに、すっごいアイデアを思いついてくれるわっ!」
いやぁ、褒めても何にもでねぇし、いまシガミー《おれ》の中身は酢蛸だ。
「はい、紙とペン♪」
猫耳頭が猫共通語しか話せないのは、みんなが知る所だ。
ひらめいた何かを、紙に書かせようというのだろう。
「にゃゆ?」
ペンを持ち、椅子に腰掛けたシシガニャンがレイダを見つめる。
やべぇ、すこし面白れぇんでやんの。
「えっとね。いつもはお父さんと二人分で良いんだけど、みんなが集まったときには広く使える、作り付けのテーブルが欲しいんだけど――?」
改めて聞かされると、地味に難題じゃねぇーか。
「にゃにゅゆぅー?」
ほらみろ、猫耳頭おにぎりが、小刻みに頭を振りはじめちまった――――!?
ぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅぽっきゅんきゅん♪
ぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅぽっきゅんきゅきゅん♪
「「「ブッフハハッ!?」」」
な、なんでいあの動きは!?
あんな面白いもんを見たら、笑い上戸のレイダが死んじまう。
ぽきゅぽきゅさささっ、ぽきゅぽきゅすさささっ、ぽっきゅんきゅん♪
余計な手振りが加わった。
ぽきゅ「にゃが」さささっ、ぽきゅぽきゅ「みゃみゃぁーご」すささささっ、ぽきゅぽっきゅん「にゃみゃぁーご」きゅきゅぽきゅん♪
さらに、合いの手みたいな鳴き声まで。
「「「ぷぐっひ、ぶふーっ♪」」」
笑い上戸だけじゃなく、給仕服さんと烏天狗まで、つられて地に突っぷしたころ。
チィーン♪
上級鑑定した時みたいな、鐘の音色。
ふわさり。
息が出来ず苦しむレイダに、そっと乗せられる紙。
それを、息を吹きかえしたリオレイニアさんが拾いあげた。
「あら、これはとても見事な!? ――さすがシガミー!」
横からのぞき込んだら、それは。
おそらくは、テーブルの図面だった。
§
「やばい、すっごく素敵! ありがとうシガミー♪」
黄緑色に、抱きつくレイダ。
抱きつかれたシガミーが、子供に抱きつき返している。
「(いや、瓢箪から駒がでましたね。思わぬ形で、強化学習が進んでいたようです)」
あー、今日はずっと黄緑色を、大工仕事に引っぱり回したからなぁ。
がちゃん――――ごとん。
がちゃがちゃん――――――――――――――――ごどとん。
ここはリビング。
やたらと長さのあるテーブルが――壁から生えていた。
シシガニャンが引いた、図面通りに作ったソレは――
使う分だけ、引き出せる長机だった。
いらない分の天板は、隣の倉庫にでも使えそうな、窓がない部屋に押し込む形。
「いやぁ、さすがはシガミーです。これはシガミー邸のお台所にも、応用出来そうですね――くすくす♪」
給仕服になでられ、なで返す強化服。
「おぉーい、カラテェー! ココの階段なんだがぁー?」
天井に空いた穴から、呼びつけられた。
上の階は、実はコントゥル家の天守閣になる予定だ。
よし、使えるものなら、どんどんつかうか。
「にゃやゆ――?」
口元に手を当て、小首をかしげるシシガニャンを見てると、たしかに頭とか腹とか撫でたくなってくるな。
姫さんの気持ちも、わからなくもない。
作業中の大工や冒険者やギルド職員の話を聞き、シシガニャンが図面を引く。
そして烏天狗が、シシガニャンの収納魔法箱に手を当てる。
ソレだけで階段や部屋が、一瞬で組み上がっていく。
しかも、ぼくの知らない細かな物の形や配置は、リオレイニアさんがその場で正してくれた。
長大な変異種の角。
避雷針代わりのソレを加工し、設置した。
地下からずっと繋いできた階層配線に、ソレを繋ぐ。
ガッチャリッ――――プピピピーッ、チキッ♪
「コレで全部おわったのか?」
オヤツ前にギルド建物の、全仕事が終わった。