173:龍脈の棟梁(シガミー)、ルリーロ(妖怪狐)があらわれた
おれは、いまLV100だし。
おまけに、天狗装束を着込んでる。
地面に埋もれたくらいで、死にはしない。
しないが、金剛力をつかうには、手足をうごかす隙間が要る。
ここまで完全に、亀裂にはまった状態から抜けだすのは――骨が折れる。
「おぉーい、小娘やぁーぃ。いーきーとーるーかぁー?」
返事はなく、かわりに――――
「ぅお゛ぉぉぉ――!」
勇ましいというか、猛々しいというか。
おおよそ女性が発したとは思えない――うなり声。
どっごおぉぉぉん!!!
痛ぇ痛ぇ痛ぇ――!
石、岩、土塊が、顔にぶち当たった。
土壁を粉砕し、あらわれたのは――
「天狗殿! いま助け――――」
伸ばされた手が、ピタリと止まった。
「スマヌな――どうしたのじゃ?」
なぜ止まる?
「しめしめ、うごけない天狗殿に切りつければ、否応なく剣を交えられるぜぇ――ヘッヘッヘっへっ、ウケケケケッ♪」
鬼の娘は良くも悪くも、武人だ。
うごけない獲物を相手に、魔物みたいな笑い声をあげたりしない。
「やめんかぁ! 美の女神よ、戯れが過ぎるわぃっ!」
怒鳴りつけてやったら――「あれ? 何でバレたのさっ?」
オルコトリアの頭の上に、逆さ鏡餅が姿をあらわした。
ぽこん♪
「(てへへ、失敗失敗ぃ)」
迅雷の収納魔法の中を、目のまえに映しだす透明な画面。
画面は、周囲の様子も同時に見せてくれる。
どういう仕掛けかわからんけど、天狗の顔にまかれた布ごしでも外が見えるのは、変な感じだ。
〝立ち並ぶ収納魔法の引き出し〟の中にあらわれた――梅干し大の逆さ鏡餅が、舌を出す。
「(五百乃大角は、オルコトリアの髪に隠れてたのか?)」
いつからだ?
「(ついさっきからよん♪ ルリーロちゃんに連れてきてもらったのぉさ、ウケケケケッ♪)」
その笑いやめろ、魔物め。
「(伯爵夫人さままで、来てんのか)」
ならおまえ等、念話は無しだ。
コントゥル家ゆかりの御貴族さまは、念話をつかうと過剰に身構えるからな。
理由はアーティファクトの迅雷や、アーティファクトもどきの御神体が、暗殺のためのアーティファクトと誤解されるためだ。
「よいしょぉ♪」
鬼娘の肩に降りた五百乃大角が、器用に真上へ手を振った。
よくその図体で、ひっくり返らねぇな。
ヴォォォン――――♪
迅雷が浮かぶときの音がした。
見れば、ルリーロの魔法杖が降りてくる。
「頭の上からぁ、失礼いたぁしまぁすぅーわぁー♪」
娘と同年代の鬼娘より、若い風貌。
外見は、狐耳族の若作り。
中身は正真正銘、日の本に居た妖怪狐だ。
仄暗く、命を喰らう――狐火を使うし、
なにより、稲荷の字が名に入ってる。
「――俗に言ウ、ミドルネームでスね――」
「(霊門寧無ぅ?)」
ふぉん♪
『ヒント>ミドルネーム/姓と名の間につく名前』
「――用法とシては仮名ニ近いデすが、太郎二郎左衛門ノように延々ト続いたりはしないでス――」
猪蟹と同じく日の本から、この来世に輪廻転生した人間……人じゃねぇけど。
五穀豊穣の神の眷属だから、悪ぃ物ではねえと……思いたい。
「あーなーたぁーがぁー、天狗ぅー? ひっさしぃーぶりねっえぇー?」
ひさしぶり?
「お初に御目に掛かるが、どちらさまかのう?」
ひょっとして、黒づくめの似た格好だから――烏天狗と間違えてるのか?
伯爵夫人とは、ギルド倒壊のときに顔を合わせている。
「(お忘れですのぉ? 江戸の北、連なる山の二番目。山中の五重の塔で、何度かお会いした筈でぇすぅがぁー?)」
「(ね、念話じゃと!? 使えるのかっ!?)」
「(はぁい♪ わたくしもぉ、仮にも眷属を名乗っておりましたゆえ――くすくすくす、ここぉぉん♪)」
よくわからんが、やべぇ――オマエ等は、念話を使うな。
どこまで聞かれるか、わからん。
「(それでぇ? あなぁたわぁ、天狗なのでしょぉ? 転生してもぉー、ご自分が何者かをお忘れになることわぁ、無いはずですがぁ?)」
何の話をしてる?
目のまえの鬼娘に、この会話は聞かれてない。
ふぉん♪
『イオノ>ルリーロちゃんからは、何も聞いてないわよう?』
画面の文字は、ルリーロに見えてない。
「(初めてお会いするわい、奥方殿。天狗と言っても、色々居るじゃろうて。御前さまが会うたのは、別の天狗なのじゃろうて――)」
実際に会ったのは、数えるくらいだが――〝天狗〟の種類は多岐にわたり、同じ姿をしたヤツが、二人と居ねえのは確かだ。
「(それわぁ、あり得ませんわぁ。だって、天狗と呼ばれる生き物を名乗るのでしたら、あなたさまは――――猿田彦命さんにぃー、相違ないはずでぇすぅものぉぉ?」
くるりと杖にぶら下がり、手を放す。
杖に絡まる足。伸びたからだが、息が掛かるほど近くまで降りてきた。
ギィン――――昼日中に見えたらおかしい、月の光。
双眸に注ぎ込まれていく、静かな活力。
「くすくすくすくす、ケッタケェタケェタケタッ!!!」
その笑い、止めろ。止めてください。
今にも、斬りかかってきそうだ。
「ル、ルリーロさま――――!?」
威圧されたオルコトリアが、背中の剣に手を掛ける。
「(申咫孫さんてのは、だれだ!? 迅雷、何かわからねぇーか!?)」
ふぉん♪
『イオノ>ちょっと待って、その名前、どっかで見た~」
ぱらら、ぺらぺらり。
また、虎の巻をめくってやがる。
ふぉふぉぉん♪
『イオノ>有名なNPCとかのゲームの話じゃなくて、
>現実の世界で見た気がするのよね。なんだったかしらー?』
そんな悠長なこと、言ってんな!
コッチは動けねぇし、ギッラギラした〝ルリーロ〟の目がやべぇ!
「――類推検索ニ、該当がありマしタ――」
なんかあったっぽいな。
「(誰なんでぇいっ!)」
ふぉん♪
『イオノ>誰なのさ?』
「――イオノふァラーの個人ライブラリに、〝猿田彦命〟ニ関すル記述は一件デす。閲覧中の攻略本、最終頁ヲご覧くだサい――」