171:龍脈の棟梁(シガミー)、シシガニャン立つ
「カカッ、久しいのう鬼の小娘よ」
話の邪魔をしてきた、〝火の玉とか岩とか吐く狼〟が――10匹くらい山積みになってる。
「ああ、久しぶりだな天狗殿――」
さっきも思ったけど、シガミーの話しかたを聞いて覚えたのか、「テェーング」呼びじゃなくなってる。
「――決闘してくれ!」
ガチャ――ドガチャリン♪
収納魔法具から取りだされ、狼山のそばに投げだされたのは、オルコトリアの革袋。
「子細わからんが、いいじゃろう。相手をしてやるわい……金は要らんがのう」
岩場に切りたつ崖。
ソコから生えた、ずいぶんと根性のある木の上。
真横に生えたのち、陽光を求め……上に曲がって伸びている。
木の上、それほど太くない枝の上に、天狗は胡座をかいて座った。
「ほ、本当かっ!? ……けど、この金には意味があるから、是非とも――もらっていただくっ!」
ガチャリッ――――まてまて、いきなり長剣を抜こうとするな。
しかも空いた手は腰に差した、青い小太刀(工房長から買ったヤツに、天狗が色を塗ってやった)に伸びている。
さっき……2時間前に見たときは、小太刀は持ってなかったし――えらく裾が短ぇ。
伯爵夫人とか、元の姿の五百乃大角がしてそうな格好だ。。
なんでまた、わざわざ着替えた?
あんなに足が出てちゃあ、岩場での戦いに不利だろうが。
「(おそらくは、背水の陣の一種かと)」
鬼娘は本気で、殺しに来てる。
距離にして、せいぜい15メートル。
その真剣な表情を、つぶさに観察できる。
おれのうしろ頭には迅雷が張りついてて、金剛力をいつでも使える状態だ。
光の速さの〝リカルルの剣〟よりは、確実におそい剣。
たとえ二刀流でも、喰らう道理は無い。
鬼娘の白い足に、青い血管が這いまわるのが見えた。
――――ごきりと、骨が鳴っ――――
「――あいや、またぁれぇぇぃいぃいぃいぃいぃぃぃぃっ――――!」
天狗のおれが本気で切ったら、いくら鬼の娘でも、まず、お陀仏だろう。
かといって、あの顔は手加減されたら、納得はしまい。
いまこそ前世でつちかった、説法を試みるときだ。
「話すことなどない……と言いたい所だが、あえて聞こう」
倍の太さだった両足と二の腕が、元にもどった。
ふう、ちゃんと話が通じるのはありがたい。
日の本の〝鬼〟どもは、聞いた話じゃ、一度、金剛力が入ったら最後。
碌に話が出来なかったらしいからな。
「わしもいまだ、修験の身じゃ……金を取って、刀を振るうのには抵抗が有るわーい!」
「ふぅん、一理なくもないが――ゴーブリン石を換金するのは、剣を金に換えることとは違うのか?」
ちっ、余計なことを覚えていやがるな。
コイツは鬼だが、力任せの阿呆じゃねぇ。
我を忘れるのは……頭の上から攻撃されそうなときくらいか。
なら……いまの位置取りはまずいな。
「よっこらぁせっと――――カカッ、カカカカッ!」
笑いながら、高下駄で絶壁を駆け降りる。
〝ひっつき虫〟……異様に滑ったり止まったりできる、〝木目〟みてぇなのが下駄の歯に塗ってある。
壁の上に立ち止まることすら、余裕だ。
正に天狗か狐狸妖怪だろ、おれ。
ふぉん♪
『ヒント>量子記述的な積層構造は、惑星地球にも惑星ヒースにも自然に発生しています』
わからん。
「(天狗も妖狐も、シガミーもルリーロも――土地の理において正当です)」
わからん?
「(神々の作りしカラダを持つ者が、前世で開花した術や技を〝具現化〟できるからといって、その全てが不誠実……イカサマでは無いと言うことです)」
ふぉん♪
『ヒント>思考が身体を繰り返し動かし、やがて思考を停止したとき、動く身体は技になる』
それは言葉の意味じゃなくて、考え方の案内だった。
それは、おれが修行でつちかった、いつもやってる〝体現〟だ。
「んぅ? つまり、名実ともに……〝妖怪じみてきてる〟って言いてぇたいのか?」
よせやい、伯爵夫人さまと一緒にすんな。あっちは、筋金入りの本物だ。
カッカッカガガガッ――ガガン――ビキバキ!
かんがえ事をしてたら、勢いがあまった。
割れ、ゆれる地面。
ガキッ――ふたたび構える、鬼。
「この金をもらってやっても良いが、コイツが切れたらだ」
ヴッ――――ぎゅっぽぉぉん♪
面白い音。
取りだしたシシガニャンの、兜頭を開き――
下駄の先で、革袋を蹴り上げる。
ひとかかえ程度のチョットした大金は、強化服の中に落ち――
頭をバクンと閉めてやった。
「考えましたね、シガミー」
おうよ。こうしときゃ、たまってるギルド再建仕事のための時間が稼げるし、金が他の誰かに奪われる心配がねぇ。
直立不動の、猫耳頭の服をみるなり鬼娘が――ザギィィン!
あー、抜いちまった。
「ぎゃっ――ま、魔物っ!? ど、どこからあらわれたのよ!?」
やっぱり、シシガニャンは〝魔物〟に見えるらしいな。
「大丈夫じゃ。コイツは、わしが〝使役〟しとる」
面倒だから、口から出任せで、ごまかしとく。
「な、なんと、天狗殿には、〝魔物使い〟の才能までおありかっ……ぶつぶつ……ソレはますます――」
首をかしげながらも、ひとまず、剣を収める鬼。
「(おい、コイツ、動かせねぇーか?)」
〝魔物使い〟ってのは、よーするに〝猿回し〟とか〝鷹匠〟ってこったろ?
そう思われてるのに、〝何ひとつ動かせねぇ〟ってのは、あまりにも芸がなさ過ぎる。
「(無理です。SDKのない現状では、シガミーが〝着た場合〟しか動かせません)」
「(簡単に、出来そうだがなぁ。現にいま立ってるし)」
「(いいえ、これは内部の空気圧と大気圧が拮抗し、たまたま直立しているに過ぎません)」
ふぉん♪
『ヒント>空気圧および大気圧/息を吸うと体に取り込まれる物と、
>吹子や団扇により動かされる物のチカラ。
ヒント>未着用の〝極所作業用汎用強化服シシガニャン〟を支えているチカラのこと。
>空気と呼ばれる無色透明の気体。惑星上に沈殿した空気の持つ圧力。
ヒント>シシガニャンも人間も、内外の圧力により拮抗しているのは同じ』
あー、はいはい。神々のなんとかだな。
風(?)がこの話の本筋で、おれと猫耳頭が同じってのが――わからん。
わからん。
「(手に負えんから今はいいや……けど)」
指で突いただけで倒れそうな、猫耳頭をみる。
なんだか、見た目が弱すぎてぜんぜん強い服じゃなかった。
これじゃ、鬼娘の野郎が怒りだしそうな。
「(酢蛸がありゃ、もっとマシになるのか?)」
「(はい。神々の船のサブシステム、ジャイロマスターは〝アーティファクトおにぎり〟にインストール可能ですので、自力で起きあがる程度なら可能と思われます)」
「(よしよし。なら、五百乃大角が解いたおにぎりの鍵を、〝空気〟っていう何もない所に〝触れさせなければ〟使えるんだよな?)」
見た目に反して強い服なら、〝鍵を掛けちまう何か〟も防げるんじゃ?
「(ですが、最低でもシガミーの生体反応……心臓の鼓動と、私のパワーアシストを遠隔操作……操る必要があり、堂々巡りに――)」
「(いや、だからな? おれもオマエも猫耳頭……シシガニャンを操らなくて良いんじゃねぇのかって言ってんだよ)」
そんなに、難しい話じゃねーと思うんだが。
「(その話、くわしく?)」
神々の知恵を操る、アーティファクトさまが食いついた。
§
「(だから、動かすのは〝おにぎり任せ〟で蓋をしちまえば、止まらずに動くんじゃねぇのかっていってんだよ?)」
おい、いそげ。そろそろオルコトリアが、焦れてきたぞ?
内緒話中は、おれたち以外が遅くなるって言っても、限界はある。
「(なるほど、無線接続をカットし、有線接続を単方向化し、行動処理は〝おにぎり〟に構築したAIでスタンドアローン化すると…………理論的には可能になりますが――)」
まだなんか、あんのか?
「(テスト――試行に10分ほどの時間がかかります)」
よし、やってみろ。
「鬼の娘よ。悪いが、ちと場所をかえさせてもらうぞい」
AI/人工知能。どれだけ大規模であっても、試行数を担保にする。
スタンドアローン/独立したシステム。ネット接続なしで作動すること。