169:龍脈の棟梁(シガミー)、オルコトリア(かわいい)があらわれた
「おうおう、戸が壊れちまうじゃねーか……おはよう?」
壊されるまえに、あわてて扉をあけた。
「はい、おはよう。悪いね朝っぱらから」
いつもの綺麗な顔。背の高い一本角の鬼がいた。
力強さに対したら、体の線はソコまで太くない。
生まれついての金剛力は発露せずとも、たえず屈強な体を支えている。
「おはよぉう、鬼っ娘ちゃぁーん♪」
とてちてちて。
小さな足を必死にうごかし、テーブル端まで駆けていく御神体。
「イオノファラーさまも、おはようございます」
かるく頭を下げると、〝背負った剣〟が、ガチャリと音を立てた。
「それで、用は何だ?」
鬼娘は町中でも、出歩くときは長剣を背負ってることが多い。
それは、主にもめ事……特に某伯爵ご令嬢を諫めるため、使われている。
「それなんだけどさー。本日はイオノファラーさまに、お願いがございまして――」
むぎゅ――組んだ手を、自分の鼻に押し当てる、この五百乃大角信仰だけは、いまだに慣れない。気を抜くと……笑っちまう。
「え、なぁに? めずらしいじゃないのよさぁ♪」
一本角をみあげる、逆さ鏡餅。
「はい。今、よろしいでしょうか?」
シガミー邸の中を見わたし、ほかに誰も居ないことを確認する――名物受付嬢の、理性がある方。
もっとも、頭の上を飛ぶモノに対して執拗に攻撃する……鬼族の性質のせいか、近頃は傍若無人なご令嬢よりも手に負えない時があるけど。
厳つい冒険者相手じゃ、こんくれぇじゃねぇとやってけないから、適材適所ではあるし。
「どーぞ♪ 座って座って、いま、お茶おー入れるからぁ――迅雷♪」
ヴゥゥゥゥーン♪
迅雷が、テーブルの上に茶の用意を始めたら――御神体の腹が「ぐきゅるるぅぅぅぅぅ」と鳴った。
「――っていうかさっ、朝ごはん食べてきなさいよ。食べながら話を聞かせてちょうだい!」
オルコトリアの近くの椅子を引いてやっていた、おれを見あげる五百乃大角。
基本的に飯の用意は、おれがしてる。
「そうだな、肉と魚どっちが食べたい? よけりゃ、寿司もできるぞ?」
「いやその、私は――くぅ♪」
小さな腹の虫。
「じゃあ、まってろ。寿司なら酢に漬けといた川魚があるから、羽根芋を蒸かしゃあ、スグできる――五百乃大角もソレでいいか?」
リオ仕込みの生活魔法を駆使すれば、ものの一分で出来上がる。
〝皿に盛りつけて出す〟手間で寿司は食える。
「オッケーです! むしろ、オッケーです! じゃあ、食後のお茶菓子わぁ、例の央都土産をぉぉ、だぁしぃてぇねぇぇんっ♪」
すぽん♪
片側だけ耳栓……ヘッドセットというのを耳に差しこむ。
コレを付けてれば、迅雷の収納魔法にもつながる〝画面〟が使える。
チカチカと目尻が赤く光り――
ふぉん♪
『名店〝ロットリンテ-ル〟詰めあわせ
>朱い箱×8
>白い箱×12
>鳥の絵が描いてある箱×7
>黒い箱×3』
昨日、〝冬将軍〟と化したリオレイニアをなだめるのに、土産の半分を渡しちまったけど、それでもまだ売るほど残ってる。
「おかまいなく――くぅ♪」
にへへと、腹を押さえる一本角の麗人。
「(シガミー、本日のオルコトリアは……)」
「(……わかってる)」
「(――ねぇ、ちょっと! 今日の鬼っ娘ちゃんさぁー、なんか……かわいくなぁいー?)」
ソレくらいは、おれにもわかるよぜ。
普段オルコトリアは休みだろうが、受付嬢かギルド職員のどっちかの制服を着てることが多い。
魔物討伐の時ですら、鎧の下は制服を着てたくらいだ。
それが、今日はどうしたのか。
ヒラヒラした裾。刺繍がついた襟元。
頭の角には真っ赤な紐と、花のかたちの飾りまであしらわれている。
「(ぜんっぜん似合ってねぇけど……面だけは良いから、華やぐ感じがしねぇでもねぇなー)」
しゃらあしゃらした薄桃色の、ひとそろえ。
むさ苦しい物置小屋に、花が咲いたようだ。
「(いえ、私が言っているのは、服装ではありません)」
「じゃぁ、お言葉に甘えようかしらね――よいしょっと――――ガチャリ、ゴトリッ、ガチャガチャガチャガチャッ、ゴドドン!」
机のよこ。部屋の隅。
立てかけられていく、背負っていた剣……の数々。
「(投げナイフや暗器を除き、8振りの刀剣を確認)」
いつもの長剣以外は、長さがないから目だたなかったけど……そんなに背負ってたのか。
「(えらいたくさん持ってきたな――)」
「――はいよ、お待ち!」
大皿に山積みにした、拳程度の大きさの〝羽根芋寿司〟。
「じゃあ、ひとまず。いっただぁきぃまぁーっす♪」
小皿に取りわけてやると、途端に御神体が寿司にかじりついた。
……どっちが寿司だかわからねぇ。
冬将軍/冬のこと。極寒の厳しさを擬人化したもの。