161:龍脈の棟梁(シガミー)、阿鼻叫喚ふたたび
「さぁて、おたちあい。とりだしましたる、この魔剣。ひとたび抜きゃあ電光石火の一刀両断――――」
日の本で酒代を稼ぐのに、街道にある茶店や、めし処の客あいてに披露してきたのは、つまるところ大道芸だったわけで。
ガムラン町の道ばたで、厳つい冒険者たち相手ならいざ知らず、こんなしゃらあしゃらした煌びやかな場で、お貴族さまも大勢居やがるときた。
「(どう思う迅雷。加減しねぇと宴会場がふっとぶけど、場を白けさせるわけにもいくまい?)」
そもそも、あの場に伯爵さんは居なかったろ?
スグあとに、リカルルの家で会ったけど。
「――はイ。でスが、伯爵ニ先行シてガムラン町へ来てイた縁の者ガ、なんラかのメディアへ保存……絵巻物のようなスキルを使っテ、シガミーの大道芸ヲいつでも見られルようにしたと推測さレます――」
例によってサッパリだけど、そりゃすごそうだ。
神官どもがアレ歌ってたってことは――ソイツは〝音〟も〝声〟も聞こえるんだろ?
「――ハい。同様のスキルノの収得ヲ試みマすか?――」
いろいろ使えそうだが、あとで良い。
いまは目のまえの鋳鍋とか酒瓶を、煌びやかにぶった切らねえといけねぇからな。
そういやアレは、五百乃大角の歌声を真似して、即興で作ったんだよな?
「――はイ、そウです――」
じゃあ、いっそのこと……別のあたらしい歌を作れねぇか?
「――前回ト同じ派生条件でシたら、可能でス――」
同じじゃぁ、意味ねぇだろー?
「――曲調や長サや、歌い手ノ変更ハ可能ですガ――」
それは同じじゃねぇ、まるで別モンじゃねぇーか!
「よし、景気が良いとこ、ひとつ……いや、すこし、しゃらあしゃらした歌をたのむ」
それと「爪研ぎ、ぅにゃにゃん――っ切りさけぇー♪」みたいな、体が動いちまいそうな、詩は避けてくれ。
「――了解しまシた――」
歌声を響かせるためか、迅雷が高く登っていく。
§
「〽満っ員電車に乗っかって 君とっ見た星のような 電ッ光板を見っつめっているゥ――♪」
ヴォヴォンゥォー、ズダダダダッダダッダンッ♪
この声――――ひょっとして!?
「――はい。リオレイニアの音声から再モデリングした、彼女の歌声です――」
ああ、型の最中に話しかけんな――!?
しかし、リオの歌声だぁ!?
何でもありだな!
シュッカァァァンッ――鋳/鍋。
シュカンッ――酒/瓶。
シュカァァン――なんか/高そうな/壺。
ちゃんと切れてる――くるるっ。
意味のない一回転で、客のようすを見る。
少し湧いてるけど、こんな意味のわからん詩じゃ――
せめて、立ち回りだけでも――派手な方が良いか?
「〽どーこから来ーたのかァ 何があっるーのかァ 知らない町のォ出ぇ来ィー事ォー 君にも届いてっるのかなっァアァ――♪」
ヴォウンドウンォ♪ ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォッヴォウンドウンォ――――!!!」
衛兵たちが、かるく身構える気配。
やっぱりその、魔物の咆哮がする御囃子……琵琶か?
それ、やめとけ。
「シガミィーッ!」
歌の切れ目に、姫さんの、よく通る声。
振りむけば、三枚の大皿が宙を舞っていた。
五百乃大角が平らげた大皿を、姫さんが投げやがったな。
しかも、よりによって綺麗な模様が描いてある、高そうな奴ばかり。
チッ――居合いじゃ間にあわねぇ間隔で、落ちてくるし。
いやまて、切るんじゃなくて受け止めろってのか?
失敗しても、あとで弁償しろとか言うなよなっ!
「一の型、二段突きっ!」
最初の大皿を、鞘に収めたままの小太刀で突いた。
くるくるくるくるるっ――回転する大皿。
二枚目も突いた――くるるくるるるるっ。
「来い迅雷!」
うかんでいた棒が、落ちてくる。
足を突きだし――最後の一枚を、そっと払うように蹴った。
横に控えていたやつに、受け取らせ――小太刀を壇上に立てる。
棒をつかみ――ヴッ♪
最大の長さまで伸ばした。
ぱしりっ――一枚目を手に取り――二枚目を棒で拾いあげる。
くるくるくるくるりっ――――何のことはねぇ、ただの皿回しだ。
この自在にうごくシガミーのカラダなら、造作もねぇ。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――聖女さまぁぁぁ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
お、盛りあがったな。やべぇ型も真言も、つかわずに済みそうだ。
棒を放り投げ、落ちてきた皿を、こんどは反対側に控えていた奴に、軽くなげた。
「〽見っつめてェー 見つめてェーェエェー いつまァでもぉ 私の胸の奥に響いてっるゥーからァーァアァッ♪」
よし、最後に奥の、堅ぇ盾を切ったら仕舞いだ。
倒れてきた小太刀を、つま先でひょいと蹴りあげた。
ひゅひゅんっ、ぱしっ♪
息を、三回吸う。
「七天抜刀根術、零の太刀――」
たんたんたぁんたたん!
腰をひねり、から足を踏む。
――――ぎりりりっ……。
ちいせえ形でも、足と腰と腹と肩と腕と両目と頭と手首と刀。
その全部をずらしゃあ――短い壇上でも踏みこむ距離がかせげる。
鍛冶工房の軒先で披露したのとは、逆のずらし方。
威力は変わらず約三倍……だと思う。
流派によっちゃ秘伝中の秘伝にして奥義。
チィン♪
おれは、刀を抜――――――――
「〽傾いてっ傾いてェー傾いてェ傾いてェー 君と見た月のような――――」
ザギィィィィィィィィ――――――――
あーあああっ、「傾いて」なんて言うから、斜めに切り上げちまったじゃねぇーかよっ!
堅い盾を切った斬撃が、どこまで伸びるか見当が付かなかったから――
壇上奥の右手側は、空けてもらっておいたのにっ!
壁/窓、その向こうに生えて/た木。
いろんなものが、野菜のように両/断され、崩れ/落ち/る。
宴会場は一時、阿鼻叫喚の騒ぎになった。
さいわい、宴の席の方に被害は無く――
「へっぇーっ、やるもんねぇ~♪ さすがわぁ、あたくしさまが見込んだだけのことわぁ有るわぁねぇ~……もぐもぐもぐ、ごくん! あ、ソコのお姉さぁーん、これオカワリー。大至急ねぇーん♪」
なんて、まるで〝胃〟に返さない、五百乃大角の言葉もあって、宴会は無事つづけられた。