160:龍脈の棟梁(シガミー)、神域の謎とオカワリ
「やい、飯の神……ひそひそ……目のまえに出された食いもんにだけ、手をつけろよ?」
目のまえのフカフカな座布団に、うやうやしく鎮座ましましておられる奴に――釘を刺しておく。
「美の女神に対して、ご無礼が過ぎませんこと、シガミィ? けど許してあげます。なぜなるぁー、今のあたくしさまわぁー、超ご機嫌だっかっらっでーす♪」
この〝逆さ鏡餅〟がイオノファラーの〝現し身〟であることは、おれのウワサといっしょに広まってたらしくて――
「こちらオカワリになります。イオノファラーさまに、シガミーさま♡」
御神体を、大事に扱ってくれている。
「ありがとう。遠慮わぁいらないわょぉう――じゃんじゃん持ってきてぇー♪」
央都のしゃらあしゃら具合はとんでもなくて、調度品は立派だし――
給仕の一人一人が、リオレイニア並みに研ぎ澄まされていた。
「こちら水晶桃の、パイ生地包みです」
コトリ。
「コチラの食器、お下げしますね」
カチャッ。
無くなるそばから、即座に配膳される――大皿小皿。
たおやかな一挙手一投足に、目を奪われた。
「ありがとうごぜえます……だよわぜ」
こちとら田舎武将の宴にすら呼ばれたことのねえ、筋金入りの田舎者だ。
どうしたって、気後れすらぁ。
「おい、姫さんさまよぅ」
隣にいる伯爵令嬢に、聞かずには居られなかった。
「どうしたの、シガミー?」
葡萄酒らしき物を、細ヒゲの男給仕から注いでもらってる。
「おれぁ、この手の席にゃぁ似合わねぇーだろぉう?」
頭を動かすと、両こめかみで結ばれた髪がゆれる。
「……こくこくん、ぷはぁ♪ なに言ってるの? いまのシガミーは、どこに出しても恥ずかしくない、小さなレディーよ♪」
しかもとんでもなく、しゃらあしゃらした服に着替えさせられたから――超落ちつかねぇ。
「ゲラゲラプゲラッ――――もぐぎゅもぐっ、ほんへもはく、ははひーわよぉう、もぐもぐ、パクパク、むしゃり♪」
行儀が悪すぎんだろ。
「いーから、食って……食べてから、しゃべろうなー」
おれは、近くにあった紙で、御神体の口元を拭いてやった。
ふぉん♪
『イオノ>本当にかわいくて、お人形さんみたいよ
>そのカラダは、アタシが作ってあげたんだから、
>大切にしなさいね』
よし、来たな。
視界の隅に、文字があらわれた。
「まずは、ごはんを頂いてから。話はそれから」の一点張りで仕方ねぇから、宴会を受けたのだ。やっと話が聞ける。
食ってるときは、食うことに集中したいのか、耳栓越しの声じゃなくて――ビードロ経由の内緒話になった――
イオノってのはイオノファラーの略で、そのうしろに話の内容が文字になってあらわれる。
「(へいへい、ソイツに関しちゃマジで感謝してる。出来たら男にして欲しかったが――ってそんなことはどうでも良い――さっきまで、どこ行ってやがった?)」
ふぉん♪
『イオノ>そんなの、ガムラン町の女神像のリニューアルに決まってるでしょ?」
乳有る? ――ねえだろうが。御神体のカラダのどこが、盛り上がってるんだ?
『>大々的な改築のことです』
こっちの名無しの文字が、迅雷の声だ。
聞きたいことは、みっつ。
いま聞いておかねぇと、また絶対別のもめ事が起きて、また訳わからなくなっちまうからな。
まずは、ひとつめ。
魚の切り身に薬味をのせた料理を、囓りながら聞く。
「(ルリーロの杖がオマエの兄神さまのつくった、輪或弩と繋がってたのはなぜだ?)」
神域と妖狐のつながりが、かなり気になる。
ふぉん♪
『イオノ>それわね、ルリーロちゃんがシガミーと同じ所から来たからよ』
同じ所……やっぱり日の本から来たので、間違いないらしい。
ふぉん♪
『>更新されたライブラリーによれば、正確には日の本の常世の国です』
それは……おれがココに居るのも死んだからだしな
妖狐もたぶん……江戸がどうとか言ってたから、江戸で退治でもされたんだろう。
「(けど、それがどうして輪或弩に繋がる? 死んだら、この世界……あたらしい現世に呼ばれるんだろう?)」
ふぉん♪
『イオノ>それ少しややこしいんだけど――まずシガミーのカラダは、あたくしさまが作ったでしょ?』
「(それはわかる。御神体を作った〝絵で板〟で、御前さまがこしらえたんだろう?)」
ふぉん♪
『イオノ>そー。けど、ルリーロちゃんわぁ、あたくしさまが作ったんじゃないのよねぇ』
じゃあ、誰が?
ふぉん♪
『>〝オノハラレン〟、〝イオノファラー〟の兄のようです』
ふぉん♪
『イオノ>こら迅雷。上位権限を越えた類推は、今後禁止します』
ふぉん♪
『>了解しました』
「(おまえらだけで納得してんな。兄神さまが作ったルリーロの体が、どうして御前さまの現世に居るんだ?)」
ふぉん♪
『イオノ>それは、あたくしさまが、〝オノハラレン〟のアカウントを貰ったからです』
〝阿か呍と〟?
ふぉん♪
『>忌み名や戒名などの、実名とお考え下さい』
ふぉん♪
『イオノ>そーね。ソレがないと、アンタたちみたいな死んだ魂をFATSに取り込めないしねぇー』
死んだ魂を取り込むだとっ……やっぱり五百乃大角、惡神なんじゃ?
ふぉん♪
『>量子的な連続性を維持しつつ、意識をデジタイズする事に、生者も死者も関係ありません』
さっぱりわからん。
ふぉん♪
『イオノ>さっぱりわからん』
オマエはわかってないと、ダメだろうが。
「では、そろそろご登壇していただきましょう♪ 魔剣イヤーイの使い手にして、イオノファラーさまに選ばれし聖女さまっ!」
「――ほら、呼ばれてるわよ、シガミー?」
へっ、はっ?
ほんのり赤い顔をしたリカルルが、貸してあげましょぉかぁー?
なんて言って、豪奢な剣を抜こうとしてる。
いけねっ、文字を使った内緒話は、〝速い〟けど、周りが〝遅く〟はならねぇんだな。
ふぉん♪
『>耳栓を使った場合と、ほぼ同じです』
こうなると、狐耳族とか貴族さまのまえでも、迅雷や五百乃大角が念話を使えるようにしときてぇな。
いざって時に、こうして困る。
宴会場に作られた、大きな壇。
「――――カカンッ!」
やい迅雷。なんで拍子木なんて打ってんだ?
ふぉん♪
『イオノ>いーじゃないの。わたくしさまも見たい♪』
もぐもぐもぐもぐ、がつがつがつがつ、むしゃむしゃむしゃむしゃ、ごくごく――ぷっはぁーっ!
「ねぇコレぇ、おかわりちょうだぁーい?」
すかさず、空の皿と山盛りの皿が、入れ替えられた。
給仕のそつがなく連携された動きとか、御神体さまの胃袋の方がよっぽど――〝芸〟だと思うんだが。
壇上には、横にわたした角材。
並べられたのは、鋳鍋や酒瓶。
奥には、一番堅いらしい盾まで置かれてた。
常世の国/神々が棲まう永遠に続く世界。桃源郷や死後の世界も内包される。
デジタイズ/数値化や電子化を行い、デジタルデータ化すること。