16:食いつめ幼女、アーティファクトは趣味でやるもの
「な、なんでわかった?」
「有史以来、あまたの神々がこの地を訪れているが、ひとつの時代に複数の神が顕現したことはない。これはこの世界の常識だ」
ギュギュギュイー!
冷静さはとりもどしたが、眼鏡の動きはとまらない。
「(どうするよ、こりゃ逃げた方がよかぁねえか?)」
独鈷杵はギルド長に捕まったままだが、体あたりでもすりゃ奪い返すくらい……。
「(おまちください、マスター。私はこの世界に住む人々の生活に興味があります。話のさきを聞いてみませんか?)」
「(神さんの式鬼神のおまえが知らねえことなんて、あんのかよ?)」
「(イオノファラーから情報を得ることはできますが、彼女が知らないことは知ることができません」
「(神さんが知らねえことなんてねえだろう?)」
「(天地の成りたちと理と大まかな歴史は設定……作りこみましたが、人々の作った組織や生活様式にはまるで理解が及んでいません。……興味がないと言った方がただしいですが)」
「(そうだな、ありゃあ、自分がめしを喰うことしか考えてなかったからな)」
「(上位権限により非公開です)」
どうも、女神に都合がわるいことは言えねえらしい。眷属も楽じゃねーな。
「そして眷属たる――知性を有するアーティファクトを従えられるのは、女神にえらばれた人間――シガミー君ただひとりだ!」
またすこし、熱が入ってきたな。
ギュギュギュギュギュイー!
ぎゅぎゅぎゅぎゅ、うるせえ。
「(私はイオノファラーの眷属ではありますが、彼女の式神ではありません。マスターの式神です)」
話をややこしくするな。
「(五百乃大角が総大将、おれが隊頭、おまえが兵卒ってことにかわりはねえだろ?)」
「(はい。その認識で問題ありませんが、あくまで私はマスター付きのインテリジェンス・タレットです。有事のさいには、命にかえてもマスターをおまもりします)」
うーん、一蓮托生ってことか。
しゃあねえ、話に付き合ってやるか。
「ききてえんだが、いまが五百乃大角の時代だってのは、どうしてわかったんだ?」
「それは、央都の大神体がイオノファラーの姿に換わったからだよ」
ギュ――眼鏡のうるせえのが止まった。
「そいつぁ、ひょっとして、すこし腹がでた若い女の姿か?」
「もう、何言ってるの!? 美の女神さまのオナカが出てるわけないでしょう!」
なんでい、そんなに目くじら立てなくたって良いじゃねーかよ!
「(おい、まる机の上の料理、全部たいらげたとき、たしかに腹が少し膨れてたぞ?)」
「(はい……いいえ。上位権限により非公開です)」
「とにかく、おれは〝めし処〟の客の少し腹がでた若い女に、〝ソイツ〟をもらっただけだぜ」
ヴヴヴヴルリッ♪
「うわわっ」
蜂っぽい震えるうごきにおどろいたのか、ギルド長が〝独鈷杵〟を手ばなした。
結局わかったことは、それほどなかった。
ひとつの時代には、ひとつの神しか顕現……悪為す? ……君臨することが出来ない。
そして、眷属の最新型が〝因照減簾〟。
それを使役できる人間は間違いなく、女神ゆかりの人物であることが、確定する。
「コイツといると、おれぁ女神の信仰に巻き込まれんのか? めんどうな事になったぞ?」
おれは戻ってきた短い棒を力一杯つかんでやった。
「安心してください。そういうことには、なりませんよ。私のようにアーティファクト研究が趣味でもなければ、興味を持つ人間はいないので」
「だソうです。よかったデすね、マスター」
ブゥゥゥンブヴヴヴ――――その蜂、やめろ。ざわざわするから、手を放しちまった。
「そのうごき――〝ルガ蜂〟がえがく軌道に酷似していますねっ!」
「ごはんにするよー。シガミーも今日は泊まっていって」
でてきた椀のなかには、大きめの結びがひとつ。
そいつに水をかけ、指先を鳴らす。
灯った火を、いそいで投げ入れフタをする。
――――ぼがぁん!
フタをとると、あたたかい粥のような飯ができあがっていた。
「兵糧丸か……おもしれえなそれ」
結び/おむすび、おにぎり。
兵糧丸/戦国時代の携行食。忍者も愛用。