158:龍脈の棟梁(シガミー)、ギ術開発部からのご提案
こんな大金は、あっても碌なことにはならねえ。
かといって捨てるのも、忍びない。
どうしたもんかな。
「猪蟹屋ヲ大きくすルための資金としてナら、いくラあっても困らないノでは?」
ずっとうしろ頭に張りついてた便利棒が、空中におどりでた。
切りはなされた細腕が、巻いた髪を留めてくれてるから、もう髪が散けることは無い。
迅雷から離れた細腕は、酢蛸……「――SDK……ソフトウェア開発キットです――」……がないから動かせないけど、簪にはなる。
「おや、君がウワサの迅雷さまにゃ?」
レイダの父上……ガムラン町のギルド長みたいに、宛鋳符悪党をまえにしたら、人が変わりかねない橙色連中。
ミャッドはそんな奴らの親玉だか、お目付役だ。
念のために、迅雷は大人しくさせておいたんだけど――
「――ひとり相手なら、どれほどのスキルや魔術やーティファクトを隠し持っていたとしても制圧可能です。収得したばかりの〝捕縛術〟も、有効であることが証明されましたし――」
かまわねぇけど、あんまり余計なことは言うなよ?
「――了解です、シガミー――」
「初めまシて、ミャニラスてッド・グリごリー。私はINTタレット、形式ナンバーINTTRTT01、迅雷でス。以後、オ見知りおキを」
「ミャッドで良いにゃ、よろしくにゃ♪」
また、眠るように笑う目、ほころぶ口元。
肉球の付いたフサフサの手が、ぺたり。
金貨がつまった大きな袋に、乗せられた。
「ひとつ提案が有るのにゃが、このお金をしまうのは、その話を聞いてからでも良いかにゃ?」
ギルド再建の仕事をまるまるすっぽかして来てるから、急いでガムラン町に戻りたいけど――
「姫さん……いや、リカルルさまはどうしたい? おれ……ぼくは、ギルドの工事をスグにでも始めたいんだけど」
「そうねぇー……ガムラン町に戻るのは大女神像で一瞬だから、少しくらい話を聞いてあげても良いんじゃなくて?」
基本的に、このお姫さまは、優しいし話が分かる。
切った張ったの戦闘狂が……出なければの話だけど。
§
つい立てや本棚をはさんだ反対側には、ひろい待合所みたいなのがあった。
背もたれまでフカフカの長椅子に、足や縁に彫刻が施された平机。
青々と茂る鉢植えに、外に向かって突きでた大きな窓。壁には美の女神の絵画まで掛けられていて――
「五百乃大角の絵はいらないけど、この過ごしやすさは、猪蟹屋づくりの参考になるな」
「はイ、シガミー。調度品だケでなく、建具のすべテに至るまでもが洗練されていマす」
「ほんとうに、さすがは央都ですわねぇー♪」
リカルルの家も、十分立派だったけどな。
「ニャフフフ、気に入ってもらえて何よりにゃ♪」
フサフサの手が、小さな鉢金を叩いた――チィーン♪
ギルドの受付にも、あった奴だ。
あれは猪蟹屋にも欲しいな、たいてい誰かがいるから、必要は無いけど。
さっきの女性が、布に包まれた物をおいて――ぱたん。
部屋から出て行った。
「まずは、コレを見てもらいたいにゃ」
コトリ。
包みから取りだされた物は――なんだろう?
小さめの〝△〟みたいな形。
「こりゃ、なんだろ?」
隣にすわる、高貴な戦闘狂を見る。
肩をすくめる戦闘狂。
こじゃれた置物……では無いらしい。
「迅雷はわかるか?」
「アる種のアーティファクトであルことは、間違いありませンが……経年劣化がみらレます。神代ヨり発掘さレた遺物、まサにオーパーツと呼ぶべキ物でス」
ブブブブ、ヴヴヴヴヴッ――やめろ、そのルガ蜂のうごき。
ギルド長の眼鏡が、脳裏にちらつくから。
「迅雷クン。キミは本当に、女神さまの眷属なんだにゃあ♪」
半開きの目が、迅雷のするどい動きをみつめ――
「ふぎゃぅるるぅ~~♪」
両手でつかみかかる、ミャッド開発部顧問。
あー! 囓られてる、囓られてる。
迅雷はどれだけ切りつけても、削れないから平気だけど――一瞬あせった。
「カジカジカジ――ゴロゴロ♪」
喉が鳴ってる……血か。
猫耳族の血が、濃いのかもしれない。
「ミャッド、失礼しました」
止まる迅雷。
「(だいじょうぶか?)」
「――問題ありませんが、はじめて目にした、特殊な遺物に心を奪われ――物理コンピューティングを試みてしまいました――」
わからんが、無事ならいいや。
「にゃ、にゃふっ!? こ、こちらこそ眷属さまに大変にゃ無礼を――」
「気にしなくて良いよ。普段から、物干しとか棍棒がわりに使ってるから」
「そ、それは気にした方が……いい気もするけど、話をすすめるにゃん♪」
フサフサの手が、小さな鉢金をまた――チィーン♪
きゅらきゅらきゅら♪
三度やってきた女性。
押してきた台には、山積みの箱。
「あらそれっ!?」
立ち上がる高貴な。
「はい。名店〝ロットリンテール〟の各種詰めあわせを、ご用意させていただきました」
かるく首を垂れる、女性。
「お時間を取らせてしまった、せめてものお礼ですにゃ♪」
女性から手渡された、一枚の紙。
それを、そのまま机に置いて――つつつと、コッチへ差しだす猫の手。
「なんだろ?」
「なにかしら?」
ぺらり。
『品代として――1,500パケタ』
「はぁー!? お金取るのかよっ!」
「あらすごい? 大金ですこと」
ぼくたちの、ジットリとした視線にひるむ開発局顧問
「ち、ちがうにゃっ、内訳をよく見るにゃっ!」
『廃棄された古代の女神像から回収した謎の遺物』
って書いてある。
姫さんは、「興味ありませんわ」ていう顔。
「シガみー、コレ買ってくだサい!」
迅雷がまた震えだした。
どーした?
ふぉん♪
『>AOSの反応はありませんが、クリーンインストールすれば再利用できると思われます』
再利用……またあとで使えるって――何にだ?
「――SDK無き今、最優先で必要なのは、それに変わる物です――」
酢蛸!? これがありゃ裏天狗を、また使えるようになるってのか!
「よし、買った!」
その声を聞くなり、女性が長机から、金貨の袋を持ってきた。
100ペケタを一瞬で数える木箱を使って、キッチリ15回分。
アレも便利だな。寸法とか、こっそり計っとけ。了解です。
ごがちゃり♪
革袋の中身が半分になった。
けど酢蛸の手がかりにしちゃ、安いもんだ。
ぺらり――あれ? 受けとった紙がもう一枚重なってた。
『品代として――1,500パケタ徴収しました。
<内訳>廃棄された古代の女神像から回収した謎の遺物』
まるっきり同じだ。
コトリ。
女性が置いたのは、小さめの〝△〟みたいな形。
「シガミー、コレも買ってください!」
迅雷がまた震えだした。
やめろ震えるな、また囓られるぞ。
言われなくても、買ってやるから――
「お買い上げありがとうにゃっ♪」
きゅらきゅらと音を立てて去っていく、台車と女性。
「ぜんぶ無くなってしまいましたわよ? 本当によろしいんですの?」
「かまわね……ないよ。みんなへの土産は、もらった山のような菓子を分けりゃ十分だし」
「にゃっふふふふっ♪」
眠るように笑う目、ほころぶ口元。
いろいろ見透かされてる気もする。
けど迅雷が大喜びしてるし、まあ良いだろ。