140:龍脈の棟梁(シガミー)、遭難開始
「ココから向こうは、まだ大丈夫ですわぁ」
ソレが何かといえば、もちろん〝緑色の範囲〟――五百乃大角たちと通信ができる場所のことだ。
「コッチも同じだ。まるで減らなくなったぞ?」
ビードロに映しだされた、この辺の地図を見る。
基本的には――最初に錫杖を刺した『座標零地点』がいちばん濃い緑色で、はなれるほど色が薄くなっていく。
そして例外的に――橙色の『●』のまわりが、大きくまるく削られている。
〝大足〟が踏んだ場所は――地図の上の緑色が消されていくのだ。
「ひょっとしたら、あの足は――同じところしか歩いていないのではなくて?」
視線をせわしなく、さまよわせる姫さん。
地図と照らしあわせるための目印は、錫杖や机がつぶれた模様――その一点だけだ。
起伏もまるでないから、わかりづらいことこの上ない。
せめて、どうにか目印をつけようってんで――大足が踏んでいるときに、色が塗れる筆(隣町で装備を修理するときに、活躍したアレ)で〝縁取り〟をしている。
「ちょっとまって、いま〇書いてるから――――いそげぇーっ!」
目の前にそびえ立つ大足の動きは、ゆっくりだけど――金剛力でも急いでやらないと、一周回りきることが出来ない。
それくらい大きくて……よーくみると亀みたいな爪とか鱗が付いてた。
「ふぅー、できたっ♪ ……えーっとなんだっけ?」
「ですから、同じところしか歩いていない――ようですのよっ! ほらっ!」
指さした先。
いま○を書ききったばかりの筆書きの黒線が、よくみたら二重になってた。
線を引いてるときは、手元ばかり見てられないから――「気づかなかった」
巨大足長亀は、ほぼ同じところを何度も行ったり来たりしているらしい。
「あまりにも大きすぎて、小回りがきかないのかもしれない……ですわね」
「そりゃ、ありうるな……ほーんの少しズレてるし」
迅雷が居ない(返事ができない)いま、姫さんの考え方は頼りになった。
「するってぇとぉ、やっぱりあの大足は――〝通信〟ができる〝緑色の範囲〟……おれたちが五百乃大角たちと話した場所を――踏んで〝消して〟回ってる……つもりなんだろうなぁ」
「そう考えて良いと、思いますわ。そして、通信範囲を消そうとしている間は……同じ動きを続けるから――〝踏めない場所がある〟」
§
ありったけの机と椅子。
中には、かまどや厠や寝床もつくった。
「思いも掛けず立派な、シガミーハウスが建ちましたわねっ♪」
「物置小屋ってぇ、言いたいのか?」
そりゃ、お貴族さまからみたら、そーだろーけど。
「いいえ、とても感心していますのよ? 〝シガミー〟といい、〝カラテェーちゃん〟といい――ヒーノモトー国のお子様たちは本当に何でも、軽々とこなしてしまいますもの♪」
「ま、まぁねぇー。生まれ故郷じゃ、長屋っていう〝横〟に繋がった家をみんなで建てて、一緒に生活してたからなぁ。長くねぇ家なら、このとおり朝飯前だ……よぜわ」
おれ……ぼくと烏天狗が同じヤツだって知られると――相当ややこしいことになるから、ごまかしておく。
「なんだか、すっごく楽しそうですわね、シガミーの故郷わぁ♪」
「そうでもない。寝床も作ったし、コレで夜、冷えてきても大丈夫だろ?」
並んでふたつ作った寝床のひとつに、すぽんと潜りこむ姫さん。
「まだ、昼じゃねぇーか?」
横になって手招きされたから、距離を取っておく。
「ソレなのですけれど、あの〝足〟は、魔物にしろ何にしろ、生き物ではあるのでしょうから、夜のあいだは動きかたが変わるかも知れないと思わない? ふわぁーぁ♪」
ごろごろり――寝床をころがる伯爵令嬢。
こんなだらしない姿は、ニゲルには見せられない。
「夜は、不寝の番をするってのか?」
寝床に腰掛ける――〝絵で板〟で大まかに作った物を、収納魔法で組み上げただけだから、全然疲れてないけど――一休みだ。
「そういうことですぅ――――わぁっ! つかまえたっ!」
っちっ――つかまった!
油断してたぜ!
「やめろっ――猪蟹屋んを頭まで着りゃ、大足が落ちてきでもスグわかるから――寝てる間に踏まれることはねぇーよっ!」
猪蟹屋ん(兜頭外し)のカラダを、金剛力でねじった!
ぎゅるるぅん――――するぅん。
音もなく、寝床からころがり出た。
「っちっ――逃げられましたわっ!」
なんだその、悪代官みたいな顔わぁ――やはり、ニゲルは立派なヤツだ。
おれに姫さんは、とても手に負えねぇ。
身の安全を図らねぇと――やべぇ。
「――この中も危険だな。ならいっそのこと、あの大足……切りつけて見るかぁ?」
ヴッ――取りだした小太刀に、手をかける。
「まって、ちょっとまってぇ! 切りつけられた、あの大きな生き物が倒れてきたら終わりでぇすわぁー――それと、本気で怯えるのはやめてちょうだい。傷つくから」
ぎゅるるん――――すたん!
おれと同じ動きで、反対側に飛び起きる悪代官。
「そんなのは、こう――ひょひょいっと避けりゃ――」
さっき、丸足ひとつ一周するのに、そこそこ手間取った。
足の先にあるだろう巨体を、想像する。
猪蟹屋んで逃げられないほど、おおきな体が落ちてきたら――ぺしゃんこだ。
「けど逆に――倒れてきたのさえ避けられれば、体を攻撃して仕留められるぞ? ――あと、まだ本気ではない」
「なんだか物騒だけど……万が一、イオノファラーさまたちと、いつまでも連絡が取れない場合は――考慮しましょう……あれ、食べられるかしら?」
「仕留めたヤツを、仕舞うことなら出来るけど……」
大足を……食うのか?
「一体どうやってですの? 迅雷の収納魔法はソコまで大きな物を、入れられるんですの!?」
あれ? 変なとこに食いついたな。
「ギルド再建のために作った、〝収納魔法具箱〟があるからな」
背中に出っぱった、箱の形を見せてやる。
猫耳頭の毛皮に覆われているけど、ちゃんと凄い量の物の出し入れができる……はず。
「ソレは良いことを聞きましたわ。私たちが潰されるまえに、収納魔法でしまってしまえるのでしょう?」
「ちゃんと息の根を、止められたらの話だけどな――」
生きてる奴は、入れられねぇ。
生きたまま入れるのは、五百乃大角だけだ。
「――けどさ、大足どもらを食うくらいなら――姫さんかついで、あの長ぇ足をずーっと上まで、駆け登る方がマシかも。上に行きゃ、鳥の一匹くれぇいるかもしれねえし」
「駆け登る? 垂直の断崖絶壁を……登れるんですの?」
「できるぞ」
「どこまで?」
「それはやってみねぇと、わからねぇけど……」
「それでしたら――高いところから落ちても、平気な魔法具かスキルが必要ですわねー」
腕を組み考えこむ、姫さん。
「それもたぶん、問題ねぇぞ。迅雷が言うには、この服なら〝ガムラン町の幅の長さ〟までなら、飛びおりても平気らしいからな」
「お、恐ろしい性能ですわね。コレだからヒーノモトー生まれには、あきれますわぁ……ぶつぶつ」
「そんなこと言ったら、リカルルの伯爵夫人だって、日の本生まれだぞ?」
しかも五穀豊穣の神の眷属だから――正直、相当強ぇはず。実際、強かったしな。
「ああソレ、すっかり忘れてましたわ! その、お話くわしく、お聞きしたいので――――ぽんぽん♪」
獲物を見る目で、寝床を叩くな。
あと、舌なめずりをするな。