139:龍脈の棟梁(シガミー)、大足とビードロと通信機
「ふみゃぁごぉぉォぉっ♪」
猫耳頭が――走りだした!
「姫さんも、つかまれっ!」
チカラ強い走りを見せる、誰も着てないタダの強い服に――
がしりと、しがみ付いた。
――おれは腰のあたりに。
――姫さんは肩のあたりに。
「ど、どど、どうなっているんでぇすぅのぉー!?」
「た、たぶん迅雷が、調子悪いなりに頑張ってくれてる……んだと思う」
ぼふどすぼふどす――おれが着てたときの軽快な走りには、ほど遠いけど。
コレは助かった。
巨大な……たぶん、〝足〟の下を抜ける。
振りかえると、机や錫杖が踏み潰されていた。
「アレ――な、なんだ、と思う!?」
「わ、わかりませぇ、んわぁー! か、形だけなら亀の魔物、に似ているか、もしれませんがぁー!」
「ふにゃぁぁごぉぉ――――ぅ?」
おれたちを引きずったまま走り続けていた猫耳頭が、ゆっくりと止まって首をかしげた。
「わ、止まっちまった!?」
「けど、窮地は脱しましたわ♪」
ちがいない。
いま見えている〝足〟は、いま降りてきたヤツと最初に見つけたヤツの、二本だけだ。
「よし、この亀だかなんだかが――来ない所に逃げるぞ」
「では、足を持ってくださいな、シガミー」
やっぱり、持ってくのかこの猫耳頭。
迅雷だけ引っこ抜いて持って行けば、良いんだけど――
姫さんに着せておけば盾になるし、おれが着れば〝境地〟が使えるからなあ。
「なら、やっぱりおれが着る」
服の背中を開いて、入りこむ。
ピッ――ジジジッツジジィィィィィィィ♪
金具が勝手に持ちあがる。
猫耳頭の〝カラダ〟を着るだけなら、一人で出来るっぽくて便利だった。
頭は開いたままで、つけなくてもいいな――話が出来ないと困るし。
ヴ――ぎゅっ!
自分で取りだした耳栓を、片側だけつける。
チカッ――目尻が光って普通の、いつもの大きさのビードロが、目のまえを覆った。
これでも――ふぉん♪
〝動く物を見える化する〟を映しだせるから……な!?
『▼』――ぴぴぴぃ♪
『▼』――ぴぴぴぃ♪
近くのと、遠くののふたつが、隅の小さい地図にあらわれた。
「この、でけぇ……大きな足から、できるだけ離――――」
ふぉ♪
『▼』――ぴ♪
「あれ、もう一本あるぞ?」
そっちの方向を見たけど、うっすらした霧が続いているだけで、足も体も何も見えない。
ふぉふぉ♪
『▼』『▼』――ぴぴ♪
ふぉふぉふぉ♪
『▼』『▼』『▼』――ぴぴぴっ♪
ふぉふぉふぉっふぉぉぉぉん♪
『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』『▼』――――――「やべぇっ、この〝足〟、あたり一面にいやがるっ!」
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ、ぴぴぴっ――――――――鳴りやまない音。
すっかり、あたりを囲まれてる!
うるせえ。超うるせえ。
けどビードロが使えないと『▼』が見られないから、耳栓を外すわけにもいかない。
「えっ、じゃ、じゃあ、ドコに逃げても一緒ってこと!?」
むぎゅり――姫さんが、抱きついてきた。
猪蟹屋んの足の長さは、ひとりでに前に着たときとおなじになったから、このまま抱えて走れるけど――
オロオロする、姫さんはめずらしいな。
ニゲルにもいつか見せてやりたい。
「ええっと試しに、適当な方向に――――ずぅぅぅぅーーーーーーーーっと、走って行ってみるか?」
「けど、その通信機がつかえる場所って、ガムラン町でも決まっていましたわっ!」
むぎゅり――ニゲルなら嬉しいこの状況も、命あっての物種だ。
そもそも、あんまり嬉しくもねぇしな。
月影を湛えたギラギラした両目は、まだ怖ぇ。
「あんまり離れるわけには、いかねぇってことか――迅雷、あの錫杖があったあたりをいつでもわかるようにしてくれ!」
ふぉん♪
『▼――――リカルル・リ・コントゥル』
ビードロ隅の、地図の中。
姫さんが居る場所の近く。
ぼこぉん♪
『<●>――――推定通信可能領域/座標零地点』
いつもと違う音と色。
「この●《まるいの》が、錫杖があったあたりか――姫さん、コレを耳に押しこんでみてくれ」
ヴ――耳栓の片方を、手わたす。
「耳栓ですの――こんな危険な場所で、片側とはいえ耳を塞ぐのは……」
ぐい――押しつける。
しぶしぶ受けとり、耳につけた姫さん。
その大きく見開かれた瞳。
その表面に、光の筋があらわれた。
一瞬焦ったが――〝聖剣切り〟とは違う……はず。
「な、何でぇすか、コレ!? さっきこの子――シシガニャンを着たときに見えた光が、また目のまえに現れましたわぁ――――!?」
うるせえ。けど上出来だ。
二人がおなじ物を見ているのが、確認できた。
「(コレで、いちいち説明しなくて済む)――姫さん、この橙色の●がさっきおれたちが居た、テーブルがあったあたりってのはわかるか?」
姫さんの顔のまえ、隅のあたりを指さした。
ドコまでも真っ平らで、起伏がまったく無いから、地図には見えないかもしれないけど――
「わかりぃーますぅわぁー。ひょっとして、その周りの<線で囲まれた>緑色の範囲わぁ、〝通信〟ができた場所を示しているのかもぉ――――」
その場で、クルクルと回る。
つられておれも、やってみた。
「あー、なるほどぉーなぁー。方角が変わると、地図もちゃんと回ってたんだなあぁー」
おれよか姫さんの方が、迅雷や五百乃大角がつかう神々の言葉や物のかんがえ方に、慣れ親しんでる気がする。
いろいろ手の内を知られちまうことにはなったけど、ビードロを見せて良かった。
「ぅぎゃっ!?」
なんか見つけたらしい。
「どうした?」
錫杖があったあたりを指さしている。
上を見て、用心しつつ近づいた。
〝大足〟は居なくなってて、白い地面にはなんかの模様がうかんでいる。
「錫杖とか机が、ぺしゃんこになってやがる!」
あんなでかいのに踏んづけられたら、たしかにこうなるだろうけど――模様にされたらたまらない。
通信機がもし模様にされてたら、伝説の職人スキルでも、直せたかどうか怪しいぞ。
「驚いたのは、ソコじゃ有りませんわ! 問題なのは、さっき通信出来た場所が、〝緑色〟から外れたことですぅわぁ――――!?」
地図をみる。
範囲……緑色――通信機で話せる場所が、まあるい〝大足〟の形にくりぬかれていた。
「じゃあ、あの大足に地面を全部踏まれたら、五百乃大角たちと話が出来なくなっちまうってことかっ!?」
そりゃぁ、たしかに一大事だ!