137:龍脈の棟梁(シガミー)、ふかい霧と長い箱
「な、ソレさぁ。どことなく迅雷っぽいだろー?」
聞こえてなくても、思ったことを話しとく。
黙ってると、静けさに飲みこまれそうになるし。
身振り手振りでなんとか……ならないか。
「にゃみゃー?」
頭のでかい猫耳族が、長い箱の柄(手で持つ所)を持って考えこんでる。
その様は、すこし面白くて、つい吹きだしそうになった。
こういうときは迅雷と念話でもして、気をまぎらわせたいけど――いま迅雷、ウンともスンとも言わないからな。
「あれ、なんかおかしいぞ?」
強い服の作り物の毛皮が、姫さんの絢爛豪華なカラダを、キッチリと包みこんでいる。
頑丈な毛皮は相当、硬いはずで。
けど、そのわりには胸元や尻まわりが、大きく膨らんでる。
身長に合わせて伸び縮みするんだから、そういうもんか?
迅雷が居りゃ、聞けるんだが。
いや、居るけど――返事が、返ってこない。
「(おーい、迅雷クーン?)」
やっぱり、返事はない。
仕方ないから、懐に入れておいた耳栓を、とりあえず片側だけつける。
ふぉん♪
目尻のあたりが赤くひかって、ビードロ(小)がでた。
方角や時間や温度くらいしか、映しだされないけど――なにも出ないより良い。
「にゃががにゃ!」
猫耳頭が、なんか言った。
長い箱をじっと見つめ――たくさん付いてる摘み……牡丹のひとつを――
横に付いてる〝赤いの〟を――ぽきゅりと押した。
その動きには迷いがなくて、使い方を知ってるみたいに見えた。
拾った〝何か〟の、〝上級鑑定結果〟を兎に角、見てもらいたかった、だけだったんだけど。
「それがなんだか、わかるの?」
聞いてみる。聞こえてないだろうけど。
「みゃみゃみゃにゃみゃ、にゃーみゃにゃみゃー♪」
コッチを向いて、何か返事をした。
もちろん、さっぱりわからん。
けど最後の方はひょっとしたら――〝朝飯前ですわぁ♪〟じゃないかな?
「ぴぴっぽぱっぽぺ、ぽっぺっぺぴっ♪」
長い箱の正面。
ならんだ牡丹を指先の出ない手で、器用に押していく。
「ぷるるりゅるるれれ――♪」
長い箱から音が出た。
女神像に迅雷が、なんかしたときに聞いた音に、似てる気がする。
壊れてたし、鑑定結果にも書かれてないから、〝宛鋳符悪党〟ではない。
「ぷるるりゅるるれれ――ぷるるりゅるるれれ――♪」
音はいつまでも、鳴りつづく。
「えっと……このまま待ってれば、良いのかな?」
突き刺さったままの錫杖。
そのスグ横に置いた机。
椅子に座る、ぼくたち。
コトリ。
机の上に立てて置かれる、長い箱。
見つめ合うふたり。
「ぷるるりゅるるれれ――ぷるるりゅるるれれ――♪」
音はいつまでも、鳴り響き――箱に付いた光る石がチカチカと、点いたり消えたりを繰り返す。
濃い霧の中。
「ぷるるりゅるるれれ――ぷるるりゅるるれれ――♪」
白い虚空に吸い込まれる――音と光。
微動だにしない猫耳頭。
見つめ合うふたり。
やべぇ、また面白くなってきた――――迅雷、なんかしてるなら、ソレを切り上げてさっさとかえってこい。
いや、猫耳頭の首のうしろに居るけどさ――なんか言え。
「みゃぁーー♪」
と肩をすくめた猫耳頭が、もう一回、〝赤い牡丹〟を押そうとしたとき――――ヴュザザザザッというザラザラした風音が聞こえてきた。
「――――ぉしぃもしぃー? ――ぁーれぇー?」
風音に混じって、さらに聞こえてきたのは――――若い女の声!
「おいっ、なんか言ってるぞ!?」
ぼくには使い方どころか、コレがなんなのかさえわからない。
机によじ登り、長い箱をつかんで――猫耳頭に突き出した。
――ぼこんぼこん――ぼここぉん!
長い箱を受けとった姫さんが、箱を自分のでかい頭に何度もぶつけだした。
ぶっぐふひひっ♪
なにやってんだぁ!?
だめだ、笑っちまった!
ここに、レイダが居なくて良かった。
姫さんの、こんな面白い姿をアイツが見たら――笑い死に、しかねない。
「ふみゃぁごぉぉぉ――!!」
声を荒げた姫さんが――赤くない牡丹を何回か押したら――――
「――――ヴュザザッビュゥゥー――――ぁれぇもぉー、いらっしゃらないのぉー?」
さっきの若い女の声だ。
この箱は、どこかの誰かと、話が出来るらしい。
猫耳頭が箱を持ったまま、横に飛びでた大きな牡丹を押しこんだ――――ザヴュザザザッ♪
「にゃにゃにゃみゃっ、みゃみゃにゃ、にゃぁぁん?」
――――カチャリ!
牡丹を放して、机に立てる。
「――――ザザヴユッワワッ――――あら、ネコチャンだ? かわいい! ネコチャァーン♪」
また向こうの声が聞こえてきた。
けど今度の声はどこか、ふざけた口調で――
なんか、この声…………聞きおぼえが、ものすごく有るんだが。
「やいおまえ、五百乃大角だな! おれだ、おれ! いきなり霧の中に閉じ込――――」
箱に話しかけるおれの頭を、ソッとつかむ猫耳頭。
もう一度、横に飛び出た大きな牡丹を押しこんで――――ザヴュザザザッ♪
ザラザラした音を出す箱を、こっちに向け――――こくり。
「もう一回、話せば良いんだな? おい、ソコに居るのか、五百乃大角!? おれ……じゃなかった、ぼくだよ。シガミーだぁよぉーぅ?」
「――――ザザヴユッワワッ――――ぎゃははははっ、居た居た、本当に居た! ところでさー、シガミー。アンタまだそのニゲル語しゃべってんのぉー?」
やい、飯の神。
その物言いは、おれとニゲルに失礼だろうが。
ニゲルのヤツは、ああ見えて中々大した、男なんだぞ。
ひとまず、この世界の神さんと話ができるなら――助かったのかもしれない。