132:龍脈の棟梁(シガミー)、シシガニャンVS姫さん
「わーっ、おれだ、おれっ! しがみーだぜっ!」
――――――――ィィィィィィィィィィィィンッ!
くそう、問答無用で切りつけんなっ!
あっぶっねっえぇっだろーぉぉぉぉー!
とたん♪
四つ足になって、ギリギリ避ける。
けど頭がでかいから、これより〝下〟を狙われたときは〝上〟に逃げるしかない。
――ィィィンッ――ィンッィンィィンッ――――――ィィィィィィィィィィィンッ!!!
ばっ、ばばばばっ、すととぉぉん――くるんっすたん!
うしろに横に、とんぼ返り。
大きく飛んで――受け身をとった。
崖からどんどん離れていくな。
足場が無けりゃ、いくら高く飛べても、限界がある。
うえに行けなきゃ、横に行くしかない。
姫さんのぶった切りは、目で見える範囲が最大距離。
今日は遠見の仮面なしだから、この大穴中を逃げなくて済むのは助かったけど。
「――シガみィ~――」
「この忙しいときに、なんだ?」
「――リカルルにハ、シガミーの声が届いていないようデす――」
――――ィィィィィィィンッ!
ぽっぎゅむん♪
片腕で地面を殴った反動で、〝両断の気配〟を難なく避ける。
位置取りさえ間違えなけりゃ、切られることはない。
「声が届いてねぇたぁ、どーいうこった――じゃねぇや……それは、どういうことだぁい?」
まさか中の声は、外に聞こえねえのか?
ふぉん♪
『>外部音声出力:正常に作動中』
「――その、とってつけたような〝ニゲル語〟やめない? すこしキモい……いいえ(キリ)、超キモいわねっ(キッパリ)!――」
おれとニゲルが、けなされてるのは、ちゃんとわかるぞ。
「いーから、どーにかしろよ!」
「――外部スピーカー出力がぁー、猫科共通語にー自動翻訳ーされてるからー、狐耳族のお姫さまにー言葉がつうじないのぉわぁ……自然の摂理(ドヤァァァッ!)?――」
「猫柿腰痛言語?」
ふぉん♪
『>猫頭たちのつかう、古代語――方言のような物とお考え下さい――』
「じゃ、それ元にもどせ! 立ち止まったら、切られちまう!」
「――もど……す? 外部音声は、その自動翻訳chしかないけど?――」
「んあ? どういうこった?」
「――外にシガミーの声ヲ伝えル術がありませン。ニャミカや猫頭青年がいレば、翻訳してもらえたかもしれませンが――」
「んだとぉー!? いったいなんだって、おれの声が外に届かないようにしやがったんだ!?」
「――えー、そんなの……し、しぃーらないよー? どろんっ♪――」
平たい梅干しさまの野郎が、平たい煙幕を放って、収納魔法からきえた。
「ちっ、にげやがった! あの惡神め! 迅雷どーにかしろ!」
「――強化服……シシガニャン全体をはずすコとは可能でスが、シガミーに金剛力ヲ装着するノに3秒必要になルので、リカルルの〝不可視の剣戟〟に捕まりマす――」
じゃ、一旦うんと遠くまで、退くか。
「――金剛力ヲ使用中でモ、頭部防具だケを、はずスことは可能ですガ――」
なら、いますぐやれっ!
ふぉふぉん♪
「――でハ、『>〝音声入力ハッチオープン〟と唱えてください』――」
「お、温泉入浴八町分!」
なんにも、はずれねぇぞ?
ふぉん♪
『>温泉入浴八町分を、頭部開放のショートカットとして登録しました』
「――もウ一度、おねがいシます――」
「温泉入浴八町分!」
ぷぴぽぽーん♪
『>〝頭部防具:シシガニャン・へっど〟を装備から外しました。
「ハッチ開放します、ハッチ開放します」
五百乃大角の声だ!
まだ居やがんのか、アイツァ?
ビードロの中を見わたしたけど、目につく所には居なかった。
ぶっつん――ビードロが消えて真っ暗になる。
「ぅおわ?」
と思ったら、ひゅぅぅぅぅっ!
そとの風が、顎のしたから入り込んできた。
ぷっしゅしゅしゅぅぅぅぅっ――――ごっぱぁ♪
おおきな頭防具が、もちあがる。
目のまえが開け、風音がきこえてき――
――――――――――――ィィィィィィィィィィィィィィィンッ!
やべっ、〝ななめ〟が来た。
業を煮やした姫さんが、自分の腰をひん曲げて放つ――曲芸……奥の手だ。
切っ先が目に見えるわけじゃねーけど、このなんとなくを無視すると、ほんとうに切られる。
カチャ――すぽん♪
一秒もかからずに、迅雷の機械腕がどこかから伸びてきて、耳栓をはめてくれた。
チカッ――目尻が光って普通の、いつもの大きさのビードロが、目のまえを覆う。
『▼』――――ぴ――ぴ――ぴぃ――――♪
いちおう〝動く物を見える化する〟でも、捉えられてはいるけど、大まかにしかわからないし――なにより遅くて使えない。
右手と左足。
いま地に着いてるのは、それしかなくて――
ぬぅおっりゃぁぁっ――――――――ぽきゅぽきゅむっ!
地面を必死に叩きつけ、〝両断される気配〟を飛び越えた!
斜めのぶん、高く逃げないといけなくて――
しかも空中では、姿勢を変えられない。
無防備になった――猫耳族のカワイイ魔物。
姫さんが見逃すはずは――ねぇ。
ヴッ――――じゃりぃぃん♪
錫杖(もう直刀は仕込まれていない、ただの鉄の棒)を――
――――ひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅっん!
チカラのかぎりに振りまわしたら。
おれ、ぼくの長い金色の髪が視界を覆った。
風に巻きこまれた髪で、まるで見えねえ!
「降参だ、姫さん! おれだ!」
風にあおられた髪が、こんどは後ろにまわる。
上下逆さまの天と地。
コッチを見上げ、いままさに必殺の〝聖剣切り〟を放とうとしている伯爵ご令嬢と目があった。
「えっ!? 魔物じゃない? シガミーなのっ!?」
剣を引く、伯爵令嬢。
「そーだっ、おれだ、おれっ! シガミーだぜっ……じゃなかった、シガミーだよぜっ!」
ひゅるるる――ごずん!
錫杖を地に突き刺し、着地する。
「っぎゃっ――食べられてる!?」
いますぐぅーたすけぇだぁしぃーまぁすぅーわぁぁぁぁっ!
ふたたび剣をかまえる、ご令嬢――
「あー、食われてない食われてない。こりゃ作りモンだぜ……じゃなくって、作り物
なんだよぜー。あぶなくなぁいよぜー」
ジリジリと近寄る。
そして、おれの顔を、よーくみせてやった。
「ほんとーに、シガミーですわね。もーおどかさないで、いただけませんこと? 危うく切ってしまう所でしたわ」
そーだな、姫さんに首を狙われるのも、二回目だ。次は無しにしてくれ。
やれやれと、姫さんが岩にこしかけた。
おれは、もう一度、姫さんの前に片膝をつく。
何はさておき、まずは謝らねぇと。
「どうしましたの、シガミー?」
「さっきは、手違いで地面を揺らしちまって、本当にすまなかった!」
「あら、そんなことを気にするなんて、変ですわよ。魔物上等のガムラン町で、〝危険を非難する〟人間なんてひとりもいませんわ」
「けど、さっき白目むいてたじゃねーか」
「ソレは、今すぐお忘れになってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、いいわね?」
目が笑ってない。
こくり、とうなづいておく。
「よろしい。それに助けてくれたのも、シガミーでしょう? 故意に、計画的に、卑怯な手をつかって人命を狙ったなら、糾弾されてしかるべきですけれど」
「もちろん、わざとじゃねーけど――」
「なら、このお話はおしまいですわ、いいわね?」
そうだ、この領主の娘は、横柄な所はあるけど――筋が通ってて話がわかるヤツだった。
「わかったぜ」
ぽきゅ♪
立ち上がると、面白い音が鳴った。
「それで、その毛皮のような装備は、いったいなんですの?」
「これはなー、五百乃大角とつくった〝強い服〟だ」
お、うしろ頭を手でさわったら、兜頭が引っかかってる。
「つよい……服?」
「はイ、正式名称ハ〝極所作業用汎用強化服〟でス。防具一式とシての名称ハ〝シシガニャン〟になりマす」
「シシガニャン……猪蟹屋みたいね」
やっぱり、言われた。べつに良いけど。
「けど、よくみると、なんだか――かわいらしいですわぁー。うふふ」
毛皮みたいな布越しに、腹を執拗になでられた。
§
「コレは、工事の予定には無かった、断裂ですわね?」
姫さんには、腹を割って話そう。
おっかねぇ所は有る。確かにあるが、話せばわかるヤツなのだ。
「じつわなぁ、この〝猪蟹屋ん〟を着たら……なんて言うか……おもしろい技みたいなもんを思いついちまって――つい心のおもむくまま放ったら、こんなんなっちまった――すまねぇな」
「え? 今、なんていったのかしらぁぁぁぁぁ――お、お、おおおお、おもしぃろぉいぃわぁざぁでぇすってぇぇぇっ――はぁはぁ、何ソレどんな技、おいしいの!?」
うすぐらい崖ぎわ。月影を強くしていくリカルルの双眸。
剣に手を掛けて、ジリジリよってくるのは、やめよ?
うっかりしてた。こいつは話はわかるが、戦闘狂だった。