129:龍脈の棟梁(シガミー)、ギルド支部(予定地)へダイブ
「じゃぁ、いってくるよ」
ぼくは、迅雷を両手でしっかりとつかんだ。
ヴォヴォォォン――――浮かぶ迅雷。
風に吹かれるように、ふわふわと巨大な穴に侵入する。
「本当に大丈夫なんでぇすのぉー?」
そう言われると、足下の穴が地獄の入り口にも思えてくる。
自分でとびこむなら――といってもモチロン金剛力だのみだけど――崖さえあるなら、どれだけの高さがあろうと怖くない。
迅雷にぶら下がって降りるのは、いざって時に自分で対処出来ないから、すこし怖い。
面倒だし窮屈だし、かなり時間もかかりそうだし。
金剛力を使わないのは、まるで同じ体捌きを間近で見続けられると――烏天狗とシガミーが同一人物だとバレてしまいそうだからだ。
「だいじょうぶだよーぉ!」
身を乗りだす伯爵令嬢にして、現場監督……もとい棟梁。
アレさ、姫さん、落ちたりしないよね?
膝まである革靴の足下には、すぐ崖が切り立ってる。
「――崖ノ縁に張っタ荒縄ハ、支柱ヲ地中マで埋めてアります――」
なら平気だな。
あたりに人の気配は無い。
危ないから、土木作業員と現場監督以外は全員、近寄らないようにと、リカルル棟梁からお達しが出ている。
これで子供でも居た日には、危なくないように見張りをつけなくちゃいけないところだ。
子供は、言うことを聞かないからな。
けど幸いなことに、ガムラン町には、子供が居ない。
魔物が氾濫したときに避難して、そのままなのだ。
「まだ、かかるな。もっとはやく落ちれないのか?」
「――以前にもお話ししたと思いますが、急な減速や加速は神力を多く消費します――」
「金剛力とおなじかー。じゃぁ、しかたないね」
ゆっくりと落ちていく、土木作業員一式。
上下左右を見やる。いまちょうど、崖の高さの半分くらい。
「もうすこし、しっかりした厚手の服を着てきた方が良かったかな?」
そんなのは持ってないけどコレから取りかかる土木作業には、さっき見た姫さんの膝まであるようなしっかりした革長靴のほうがふさわしいと思ったのだ。
「――リカルルの幼少時代の、お下がり。いま着ている〝上下が繋がった――ツナギという服〟は土木作業をするにあたり、とても理にかなっていますが?――」
忍び装束に似てる。悪くはない。
「そーなんだけど、大岩でも落ちてきたら危ないしさー」
「――では、隠れ蓑を纏いますか?――」
ジンライ式隠れ蓑は、暗闇で光をひとつも返さない。
闇に紛れるのにうってつけだし、実は迅雷の細腕でかなり頑丈にできる。
「それなんだけどさー、天狗と烏天狗が真っ黒いのをきてるだろ?」
「――はイ、そうでスね……同一視……シガミーダとバレる危険が増すト言うことでしょウか?――」
「そういうこと、なにかうまい方法はないかな?」
「――イオノふァラーが着たトきは、真っ白の白天狗仕様でシたが――」
ぽこん♪
「――呼んだぁ?――」
ウワサをすると出てくる頻度が、やたらと増している。
魔物と戦ってたり、店の客の相手をしてるんでもなければ、かまわないけど――すこしイラッとする。
「ふぅ、どーしたの? いまは、女神像のなんだかをやってるハズじゃなかったの?」
「――なんだかじゃなくって――CPUがわりの〝マナ宝石〟の換装だもんねーだっ!――」
言ってることは相変わらず、わからない。
けど、それはいつものことなので、あとで迅雷に聞けば良い。
「――――そこんとこ、間違ぁえなぁいぃでぇーくぅるぇりゅぅ~?――」
まさか、こいつ酔っ払ってんじゃないだろな?
呂律が回ってない気もしなくもない。
けど最初から、こんなだったような気もする。
「ソレで何か用なの? コッチはもうずぐ建設予定地の底に着くから、仕事にかかるところなんだけど?」
「――いま天狗とか裏天狗とかの、服の話してたでしょ?――」
あ、素面にもどった?
ふぉふぉん♪
『>はイ。シガミーの戦闘時における強化服デザインについて、考察中です。』
わからん。〝強い〟服……ってのはわかる。
「――強化服っていうと、戦闘服とか作業用パワードスーツのことぉー?――」
「羽粟弩筒? まるでわからん」
神々の言葉は、皆目わからん。
「えーっとね。パワーアシスト……金剛力が出せる服のことよ!」
わかった。
「それは便利だね。迅雷がいなくても金剛力が使えるってことだろ?」
マジで便利じゃんか。
「――あー、ソレむりなんだよねぇー。演算単位が必要だっかるぁ、迅雷かSDKのどっちかが必要よぉぉぉぉぉぉぉん♪――」
なんだ、やっぱりダメじゃんか。
あとまた、酔っぱらいやがっ……酔っぱらい始めたね。
五百乃大角と話してると、どうも地の爺が出てきちまいやが……出てきちゃうんだよなぁ。
「――あー、でも――ぺらぺらり――――」
また虎の巻を、めくってるな。
作業に必要なスキルを教えてもらいたいけど、催促される飯が豪勢になるからなあ。
悩みどころだ。
「――ひょっとしたらなんだけど、〝マナ宝石〟に換装したガムラン町の女神像が再稼働すれば、〝演算単位〟が使えるかもしれなくて、そうしたら強化服だけで、金剛力が使えるかもしれないわぁーねぇー、やったねっ♪――」
なげぇ、あとわからん。
宴餐太印って、なんだっけ?
「――演算単位でス。一言デ言うなラ、神々ノ使う頓知でス――」
うん? わかった……かもしれない。
「とにかく、使えるようになるならありがたいけど、その大変な仕事中に五百乃大角は、コッチに遊びに来てて平気なの?」
平たい梅干し……カーソルとかいう〝分け身の御神体が和菓子みたいに小さくなった〟――ややこしい状態の美の女神にたずねる。
「――いまねー、昔ひろったCPUの汎用ファームウェアアップデーターから、強・制・的・に〝マナ宝石〟に、命令セットを書き込んでるから――すっごく、お暇なのよぉねぇぇへぇぇぇんっ♪――」
あー、わからん。いろんな意味で、五百乃大角がわからん。
「――地表まデ2分でス――」
まだ、かかるなあ。中に入ると結構でかいぞ、この穴。
なにもない切り立つ崖と、真っ平らな地面がどこまでも続いている。
「――つきましては、シガミーさぁぁぁぁん?――」
「な、なんだい?」
「――いまから言うスキル全部、取ってぇー。いくよぉー? 〝基礎工学〟、〝基礎光学〟、〝金属加工〟、〝合金錬成〟、〝天衣無縫〟、〝初級位相幾何学〟、〝女神像機能解放〟、〝女神像機能呼出〟――」
まてまて、なんだって――――!?
§
▼――ピピピッ♪
地面が近づいたから、危険を知らせてくる。
この新しいビードロ(大)は今までのやつより、とても広くて、まるで巨大な風鈴の中から外をみてるみたいで――――
――――ぽきゅり♪
地の底に降り立ったとき、ぼくは――獅子神楽を着込んでいた。
これが――〝強い服〟?
獅子神楽/御神体の獅子頭を使って舞う神楽の一種。ししまい。