120:カブキ者(シガミー)、うわさをしたらやっぱり出た
「では、催し物の大枠が決まりましたが――食べ物ばかりですね」
黒い壁板に書かれた、白い文字――ギュィィン!
今日も眼鏡の調子は、良さそうだ。
『焼いた肉や魚』
『干した肉や貝』
『揚げ物各種』
『硬くて甘いお菓子』
たしかに、通りにならぶ店や猪蟹屋の、売り物ばかりが書かれてる。
「――ちょっと、お母さま! シガミーは私のですのよ?」
「えー、リカルルちゃんの物は、あたしの物でしょお?」
なんでかおれ……ぼくの両となりに陣取る、狐耳親子。
右に左に引っぱられるから、壁板の文字が読み辛い。
「――奥方さま、お嬢さまも――コホン♪」
そうだ、リオ。いってやってくれ。
背後に控えていたリオレイニアが、やっと口を開いてくれた。
引っ張られる手が、千切れそうだ。
「――シガミーはもう、ウチの子ですので、お諦めくださいませ」
ぎゅっと椅子ごと、抱きしめられた。
助け船ではなく――火に油だった。
ぴしり――――静まりかえる倉庫の一角。
地方政治やLVや冒険者ランク的に、〝濁流〟と化したその長机。
その中央――まるで踏まれたパンか、ひっくり返った鏡餅のようなフォルム。
「えぇっとねぇー、出し物ならぁねぇー……ぺちぃ……ゲーム大会なんてどーぉう?」
そんな小さな指じゃ、音なんか鳴らんだろう。
「かぁーっ! 出てきちまった――どっから湧いた?」
あたりを見回したら、階段の影にレイダの尻が……隠れてなかった。
おおかた、せがまれて連れてきたら――怪しげな術か言動で、逃げ出されたって所か。
「よいしょっと♪」
どこかから出した自分用のはしごを、ポキュポキュポキュムとよじ登る――美の女神にして『猪蟹屋』専属、飯の神。
「ちょっと、シガミー。聞こえてますよ? あたくしさまこそは――商売の……じゃなかった、美の女神でぇすぅよぉぅ?」
「これはこれは、御神体さま。ゲームというのは……?」
ギュギュギュギュギュィィィィィィン――――♪
壁板近くに居た、ギルド長が応対してくれている。
「ソッチはあとで、教えてあげるけど……レムゾーちゃんさぁー? この『フェスタ……かいさいちゅうの……バリアントたいさく……について』――っていうのは、なぁに?」
餅鏡(美の女神)が、壁板の文字を読みあげる。
「はい。今回はテェーング殿のご尽力により、ことなきを得ましたが、その発生原因はいまだ判明しておりません。ですので、その対策を講じなければ大規模な催し物を開催するわけには参りませんから――」
ギュギュィィィィン――――!
「えー、折角の〝ごはんフェス〟が無くなっては――一生の不覚! 迅雷――変異種出現の原因ってわかったぁ?」
ヴュ――チチッ♪
迅雷が震えて、小さな細腕が目尻まで伸びた。
目の端がチカチカ光ると――ビードロが目の前に現れる。
これはおれ……ぼくと迅雷にしか見えない――ぽこん♪
和菓子か梅干しみたいな小さいのが、ビードロの中に現れた。
あー、この目にはいる光を通した、ビードロ――透明な壁板を見られるヤツが、もう一人居た。
「――イオノふァラー。物理空間ストレージ・ファイリンぐシステムに、内部から侵入するのハお控えくダさい。事象ライブラリの保全ニ支障が出なイとも限りませンので――。」
視界の隅。
和菓子が『変異種』に関する図鑑を、引っかき回し――
視界の奥、長机の上では――
ギルド長と、身振りを交えた議論を始めた。
和菓子の体と、餅鏡の体。
両方をいっぺんに、操ってるのか。
ずいぶんと……器用なモンだね。
――イオノファラーの居る世界では、マルチタスク、マルチウィンドウが推奨されておりますので――。
うん、まるでわからん。
「リカルルちゃぁん――あれぇわぁなぁに?」
「あ、アレはその、なんと言いますか、ねぇレーニア――?」
「――は、はい、奥方さま。アチラはその、大変おかわいらしいですが……正真正銘、美の女神・イオノファラーさまの顕現なされたお姿にございます」
なんか、まわりで騒いでるけど――ソレどころじゃねぇな。
「(変異種がでたり、ゴーブリンの群れが大量発生した原因って、アレだろ?)」
「――はイ。龍脈まワりの仕組み――龍穴によるものと考えていマす――。」
「――ええっと、枝分かれした龍脈が、地上に飛びだしたのを、龍穴っていうのよねぇ?――」
和菓子が、真面目な顔で考えこんでる。
「――はイ。活力溜まり……俗に言う〝パワースポット〟とお考えください――。」
「(あー、魔物とか動物が寄ってきて、植物もよく生えるんだったか?)」
「――はイ、そうデす。どウやら、こノ町の人たチは、〝神力と変異種の関連性〟に、まダ気がついていないよウです――。」
「――ならいいわ。変異種に関して知ってる事や、対策があるならぜーんぶ、教えてあげてちょうだい♪――」
「(そうだな。また、あんなのが出たら、猪蟹屋を営んでる所じゃなくなりそうだぜ……だからね?)」
「――ところでさぁー――なぁーんで念話を使わないで、カナル型イヤホン越しに話してるの? つられて、あたくしさまも音声チャンネルに話してたけど――――(どぉーいうことかしらぁー?。)」
――――ィィィィィィィィン!
――――ィィィィィィィィン!
おれ……ぼくの両どなりの椅子が、もぬけの殻になった。
尻もちをついたレイダ・クエーサー(ギルド長)。
そのとなり。
ちいさな、お結びくらいの御神体。
その真横、首筋に添えられているのは――伯爵令嬢の豪奢な剣。
そして直上に重ねられる、〝巨大な魔法杖〟。
「(そうなるからだよ)」
視界の隅と奥で、五百乃大角が両手を挙げた。