115:伝説の職人(シガミー)、ただいま
ストタタタタタッタッ――――シャシャァァァァッ!
走る魔法杖。その背もたれをつかんで、引っぱってもらう。
ガムラン町がある〝平原と森と岩山の境目〟が、遠くにみえてきた。
あたりは、すっかり明るい。
「ギリギリ、間にあうんじゃなかった?」
「〝重く〟なったから、しかたないコォン!」
魔法杖の肘掛けを、ペチペチ叩いて発破をかける狐耳。
「――現在の平均速度は60㎞/h。当初の予定より約20㎞/hの速度低下が見られマす――」
ルコルを膝に乗せた、猫耳娘がチラリと振りかえる。
「――ニャミカは、デブじゃないミャ」
「けどさ、この間さ、体重計が壊れたって言いがかりつけてさ、蹴飛ばしてたコォン」
「乙女の秘密をばらすのは、この狐耳かニャ?」
ニャミカに耳を、引っ張られるルコル。
「――今回は不測の事態が立テ続ケに起きタため、仕方がアりません。甘んジて怒らレましょう。運が良けレば、住み込ミで監視されルまでの事にハ、ならないかもしれませンし――」
「(そうだね。いろいろ面白かったし、実入りも多かったから、行って良かったよ)」
城塞都市のギルドからは、かなりのクエスト達成報酬がでた。
ついでに呪いのアイテム扱いされた、『双王の鎖箱』もタダでもらっちゃったし――
「(――この〝すべる下駄〟も便利で、収穫のひとつだ)」
城塞都市からつづく渓谷や硬い岩場は、下駄の歯を〝横〟にしてすべることができた。
けど沼地のさきを椅子で進むのには、下駄の歯は向いてない。
木や石でできた街道を、壊してしまうわけにはいかないからだ。
そこで迅雷が下駄の歯に塗ったのが――〝ゲタスベール〟っていう〝色〟だか〝かたち〟だ。
真っ黒くしたり、鮮やかな色をつけられる、長手甲をかざすと塗れる〝色〟。
それと、光を通さない――迅雷式隠れ蓑の〝かたち〟。
「(理屈は、まだよくわからないけど――〝ゲタスベール〟は物を運んだりするのに、気軽につかえそうだ)」
「――はイ。量子記述的ニ再配置しタ、迅雷式隠レ蓑……を多重に塗布シ、積層構造化しタだけですので、SDKがナい今の状態でモ、際限なくつかえマす――」
「(こんなに、ツルツルしてたら、危なくて歩くこともできなさそうだけど――よっと!」
――――ズザザザザッ、ガガガガガッガガガガッツガリガリガリガリガリガイッリィィィィィィィッ!!!
氷の上をすべるように進んでいた、下駄の歯を立てる。
「わ、あぶないコォン!」
「コラ、カラテェ!? やめるニャン!」
ズザザザザッ――――シャシャァァァァッ!
「ごめん、ちょっと試してみたくなってさ!」
「――摩擦係数がゼロにナる……よく滑るノは、下駄ノ歯に対シて平行方向……同じ向キだけです。垂直方向……下駄の歯を立てレば、量子的スケールにおイて……栴檀草ノ実が〝ビッシリとくっ付ク〟とお考えくダさい――」
わからないけど、〝ひっつき虫〟が着物に付くと、〝なかなかとれない〟のはわかる。
走って止まれて、蹴っ飛ばせて――横向きには、よくすべる。
それがわかれば、つかえるし――何かの役に立ちそうだ。
「ソレ、窓のすべりをよくするのに、つかえそうコォン」
「きっと売り物になるミャ! ニャヒヒ」
「じゃあ、そのうち何か考えるよ」
「やくそくだコォン」
スッタカタッタッタタタタ――――城はないけど、城壁が見えてきた。
なつかしのガムラン町――マだ半日ぶりでス――そうだっけ?
「どうするコォン? 中まで入って良いコン?」
「うん、大丈夫だよ。このまままっすぐ、すすんでよ」
シガミーを最初に町へ入れてくれた衛兵がこっちを見てる。
「――おはぁよぉうぅ! おやソレ、歩く椅子かい? 便利そうだねー?」
ずっと夜番をしてたのに、元気だな。
「おはようコン! 我の魔法杖に目を付けるとは、なかなか目が高いコォン!」
「なんだ、魔法杖かー。じゃあ、おじさんには使えないなぁー」
体の大きな衛兵が、肩を落とした。
ガムラン町は、門を通るのに、必要なことは何もない。
「おはよぉうニャ!」
「ざぁいまーす……」
ぼくも、小声で挨拶した。
スタタタタタッタタスッタタタタ――
さて、大通りのど真ん中。
もう人が増えてくる頃で、魔法杖で進むのは危ない。
キュキキィッ――――ズザザッ、ガリガリリィッ!
結局、現在時刻は10時34分。
この正確な〝迅雷の時間〟ほどじゃなくても、冒険者カードの紋章が書いてある側の、太陽の形の位置で、みんなが時間を知ることができる。
猪蟹屋の開店は、9時から10時のあいだごろ。
もう、30分以上過ぎてる。
ぼくは肩を落として、途方に暮れた。
「怒られる? 一緒に怒られてあげるコン?」
「そうニャ。カラテェには、城塞都市のみんなが世話になったニャ。怒られるくらい、お安いご用ニャ」
「気もちは嬉しいけど――(とにかく、この場を離れて、どうするか考えないとな)――大丈夫だよ。家はコッチだから、ぼくはココで。送ってくれてありがとう」
いまぼくは天狗の姿でもないし、シガミーの姿でもない。
シガミー邸とは、反対の方向を指さした。
「じゃあまた。ウチの店で待ってるコォン」
「うん。何日かしたら、また夜に遊びに行くからね」
ふわぁん――♪
かぜに流れてきた香ばしい、においに誘われる黒バンダナ×2。
「串揚げ屋はこの先の噴水を右にいった所にあるよ。ほら行列できてる」
「いそいで並ぶニャ!」
「まって、まってコォン」
ルコルが魔法杖を、カバンにしまい込む。
ちゃんと、頭からしまえてる。
ぼくは、もう一度、手を振ってから、その場を離れた。
§
さあ、どうする。
いまごろ、もぬけの殻のシガミー邸では、リオレイニアとレイダが、ぼくの行方を捜して大騒ぎになってるだろう。
こんな時の迅雷だ。なんか考えてよ。
「――いっそノこと、隣町で修繕クエストをこなしていタと、正直に話してミては――」
「却下だ却下。できるわけないだろう。ひとまず、一時間でも良いから寝たい……」
すたすたた――人の居ない裏路地をすすむ。
「どうだ、迅雷?」
空飛ぶ棒が、ヴォヴォーンと戻ってくる。
「誰モ居まセん」
もうルコルが、そばに居ないから、内緒話しても良いんだけど。
外した耳栓を、迅雷に向かって放り投げる――すぽん。
窓から中をのぞき込む。
シガミー邸に人は居なかった。
猪蟹屋が開いてるんだから、そりゃココに居るはずがなかった。
大遅刻して、かえって良かったのかもしれない。
元から物置小屋に付いてた、針金みたいな簡単な鍵。
かちゃり――ぎぃぃぃぃ――ぱたん。
「ただいまー。やっと……帰ってこれた」
もー、とにかく眠いよ。
「んーっと、一時間だけ寝かせてくれ――むにゃり♪」
寝床に倒れ込むのと――同時。
「おっはぁよっぉうごぉっざぁぃいぃまっぁぁぁぁっすぅぅぅ――――♪」
いま、寝たばっかりなのに――やめろ。
うしろ頭に迅雷が張りついてないから、梅干しの姿は見えてないけど――でた。
五百乃大角は猪蟹屋に、連れてってもらってなかったらしい。
レイダめ、どでかい忘れ物をしてくれたなー。
けど対処法は、ちゃんとある。
「たのむよ、一時間で良いから寝かせてよ。お土産なら、ちゃんとあるから――」
コトリ――木箱の上に置かれる、お菓子の袋。
「どウぞ、イオノふァラー。隣町でおいシいと評判の、オ菓子だそうでス」
猫耳娘が見つくろって買っておいてくれた、夜店のお菓子。
たぶん、しゃらあしゃらした感じで甘いヤツだと思――――むりゃりぃ。
きぃ――きょろきょろ。
物置小屋にも、こしらえた祠。
その扉を開けて、小さな神様が出てくる気配――とたたたたっ♪
やっと眠れ――――――――すやぁ、すぴぃ~♪