112:伝説の職人(シガミー)、A級ランクになろう
「ただ、ひとつだけ問題がある! フムンッ」
ピクリッ――胸板の筋肉が……しつこい。
どかり――――受付嬢ルィノよりも格上らしい別の受付嬢が、お尻でギルド長を押しのけた。
「ギルド長、甲冑を脱いだらギルド制服着用厳守ねがいます。服務規程違反をつづけるなら、受付係長の名において減俸にしますので」
「うむ、わかった。じゃあ、あとを頼むよ――――おまえらも全員ちゃんと、制服を着るように!」
押しのけられたギルド長が、すごすごと更衣室に向かう。
そして、ギルド長に捨て台詞を吐かれた冒険者たち(薄着)も、ゾロゾロとあとを追う。
大きな作戦部屋には、受付嬢ふたりと、ぼくだけが取りのこされた。
「私はウェレと申します。うちのギルド長が大変あつくるしい所をお見せして、ごめんなさいね――ぶるん♪」
姫さんとはまた違った感じで、品があるというか――とにかく乳が制服からはみ出るほど、大きかった。
「んーん、面白かったよ。そんな事よりコレ、急がないといけないよね。すぐ始めようよ?」
山のように積みあがる、装備を指さす。
よくわからないけど、ぼくだって金剛力という装備をなくしている身だ。
気もちはわかるし、まに合うならば手助けくらいしてあげても良い。
「少々お待ちください。カラテェさまは――」
「ただのカラテェに、〝サマ〟はいらないよ」
「ではカラテェちゃん。あなたは当ギルドでの、クエスト実績がないので、冒険者ランクはF級です」
「(ぼくはE級で、リオが一緒に居なくてもD級まで受けられるんじゃなかったっけ?)」
「――このギルドでハF級クエストの、ひトつすら完遂していナいので、F級かラのスタートになるよウです。ソレでなクてもカラテェの冒険者カードに、実績記録はありマせん――」
「F級だと、なにか困るの? 装備を直すだけなら、クエストを受けなくてもできるよね?」
「できるけど、それだとギルドの金庫から報酬を支払えません」
「報酬? べつにいいよ、そんなの無くてもさ」
「ふぅー。破壊される危険の高いレア装備は、ここにあるだけじゃないし、それらすべての修繕報酬となると、とても見過ごせる金額ではないわよ」
がたん――胸元から取りだされた、横長の箱。
それに付いた出っ張りを、ポコポコポコンと押していく、案内係長。
「(あれは、算木の〝宛鋳符悪党〟かな?」
「――そのよウです。アーティふァクトのオブじェクト#ヲ記録しタので、あトで詳細を確認でキます――」
「(うん。興味はあるけど、ぼくには迅雷が居るから必要な――)」
ぽこん♪
横長の箱から飛びだした板に書かれた数字。
――一、十、百、千、万――!?
「じゅ、10万パケタ!?」
そりゃたしかに、見過ごせない。
「――ソレだけアれば、イオノファラーの食費に怯えなくてすミます――」
そうだった。もともと食費を調達するために、この町に来たのだ。
ゴーブリン石は全部売っても、530パケタだ。
この際、朝までにガムラン町にもどれるなら、クエストの方がいい。
「必要な冒険者ランクは、どれくらいですか?」
「A級がないと、クエスト受注できないわね」
「あと2時間もないのに、どうやったって無理だ」
――はイ、不可能でス。残念でスが――。
「実はですね、ここだけの話なんですけど――特例で冒険者ランクを、Aに引きあげる裏技がありまぁす♪」
ずっと黙ってた、ルィノがしゃべり出した。
「それは、どんな裏技――?」
たずねるぼくに、咳払いをする――受付係長。
「――当ギルドの職員として雇われて頂けるのでしたらば、職域限定ではありますがA級ランク相当としてみなし、報酬をお支払いする事が可能になります――多少、基本業務との重複による減額が生じますが……ぼそり」
「えーっと? 職員になると、ぼくは自由に住む場所を決められなくなったりは――?」
「します……ね?」
目をそらす、受付係長。
あ、オルコトリアが〝自由にクエストを受けられなくなる〟って言ってた気がする。
「自由にクエストを受けられなくなったりは――?」
「します……よ?」
目をそらす、受付嬢。
「(なしだな。そこまでして、ぼくが引き受けてやる義理は無い)」
「――そうデすね。受けルにしても無償で修繕しタ方がマシでス――」
「わかったよ。報酬の10万パケタは惜しいけど……タダなら引き受けても――――」
「ちょっと、待つコォォン!」
「待つニャァァッ!」
ばぁぁぁん!
両開きの扉を、蹴破るように跳びこんできたのは――黒いバンダナの二人組。
さっきアレだけ助けを呼んだときには、姿を見せなかったのに!
「〝みなしA級ランク〟の方法は、他にもあるコォォン!」
「――どうぞニャ♪」
駆けよる猫耳娘が猫耳をピクピクさせながら――一枚の紙を長机に置いた。
『喫茶店〝ノーナノルン〟臨時雇用契約書
使用者:ルコラコル・ラ・コントゥル
労働者:
契約期間:労働者が恣意的に設定。
就業場所:喫茶店〝ノーナノルン〟敷地内。
就業条件:三食昼寝付き。
喫茶店〝ノーナノルン〟敷地内で発生した労働報酬において、
喫茶店〝ノーナノルン〟土地建物権利所有者に0・01%の地代を徴収。
特記事項:雇用契約が締結している限りにおいて、
装備系鍛冶職における冒険者ランクをA級であるとみなします。
労働者の不利益になる事が生じた場合、
使用者は名誉を賭けてそれを補填します。』
「どうコン? 仕事だから、これ以上の譲歩はできないコン。けど一緒にお仕事したら、きっと楽しいコォン♪」
「――この契約ダと一方的に、すべテの権利をシガミーが決めラれます。一点だケ気になるノは、喫茶店『ノーナノるン』で仕事をシた場合ノ場所代の、支払期日の記載が無いことくらいでシょうか――」
「ちょっと拝見しても?」
受付係長が横から、首を伸ばす。
「どうぞニャ」
ざっと、契約内容に目を通した受付係長が、ぼくの顔を見て――
「これは言うなれば〝ギルドからの報酬を受け取れるようにするためだけの契約〟です。逆に言えば、ルコラコル氏やカフェ〝ノーナノルン〟が得をする事はほぼありません」
――黒バンダナの、ふたりを見た。
「カラテェは大鷲にさらわれそうになった我を、助けてくれた恩人コン。助けるのは当然コン」
その割には、さっき助けを呼んだときに、来てくれなかったけど。
「――ひょっとしたラ、この契約書ヲ書いていたのかもしれマせん――」
「私が言うのもなんですけれど、彼等の申し出に裏はないようですよ」
そういって、受付嬢に目配せする受付係長。
「どうぞ、コチラをお使いください」
目配せされた受付嬢が、字が書ける鉄筆を持ってきてくれた。
「ルコル、えっと、この場所代はいつまでに払えば良いの?」
「それは、死ぬまでで良いコン?」「たぶんそうニャ?」
小首をかしげる、黒バンダナ×2。
「――それでしタら、何も問題ありマせん――」
『労働者:カラテェ』
ぼくは名前を書いて、ルコルの喫茶店の臨時鍛冶職人になった。
算木/奈良時代頃からある、枡目上に配置して四則演算を行う小さな棒。