110:伝説の職人(シガミー)、包囲される
「では、まことに申し訳ございませんが、何箱用意できるか、いまいちどギルド長に確認してきますので――」
「――あ、じゃ、その間に、女神像へ参拝したいんだけど」
「はい。ではコチラにどうぞ」
ぱたん――長机の一部を押しあげ広間に出てきた受付嬢が、ほそい路地へ案内してくれた。
「ではコチラに、なりますぅ」
下っ腹が出ていない、女神像の前まで来た。
「スキルの収得もしたいので、すこし時間がかかっても良いですか?」
「えっ、あんなにレアスキルだらけなのに、まだスキルを取るポイントがおありなのですか!?」
「いえまあ、はい」
コレは嘘ではないのだから、仕方がない。
「で、でででで、っでででは、わたぁしわ、ギルド長へ確認したい事がございますのででで、ごゆっくりどうぞ」
〝で〟が多いな。
顔を引きつらせた受付嬢が、ほそい廊下をもどっていった。
§
「迅雷クン」
「――なンですか、シガみー――」
「いろいろ――やらかした気がしない?」
「――はイ。でスが、はじメて訪れル町ですシ、仕方がありませン。次回に活かしまシょう――」
「だよね。よーし、じゃあ迅雷は女神像でやらなきゃいけない事をヤッてくれ」
うしろ髪に刺さってた棒が、しゅるるるるっと髪をほどいてフワリと出てきた。
女神像の背中の箱を開け、なかにとびこむ迅雷。
ふぉん♪
『女神像端末#3312
城塞都市オルァグラム内エリア統括データベース、
ならびにライブラリ更新を開始します。
更新終了まで 00:05:00』
「終わるまで、5分もかかるのか」
チチチィーッ、カリカリカリッ――――ビュパァン♪
返事はなく、箱の中から前にも聞いた騒音が聞こえてきた。
「(やっぱりソレうるさくない? 受付嬢が居ないから良かったけどさ)」
ふぉんふぉふぉん、シシシシッ。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉっふぉ――――ビードロになんかの羅列が――はやくて読めない。
「ふう、(今夜はもう疲れたよ。いますぐ帰りたい)」
迅雷の相づちがないと、超暇だな……外も見えないし。
この通路には、窓のたぐいは一切無かった。
ギルドの建物が、ガムラン町の倍はある広さなので、似た構造をしていても、通路の向こうは外ではなく別の部屋があるんだろな。
「まあいいや。おとなしく、めだたないようにして、売れるだけでいいからゴーブリン石を売ろう。そしてすぐ帰ろう」
「――そうでスね。イオノファラーの食費を稼がなイといけませんからね――」
迅雷がしゃべったと思ったら――――五百乃大角のことをすっかり忘れてた!
「――なニか、重要事項でスかシガミみー?――」
ある意味――重要だ。
コレを忘れて五百乃大角にへそを曲げられたら、また女将のさじ食堂をまるごとぜんぶ食い潰さないとは言い切れない。
「(名物だ。屋台がやってるから、なんでも良いから、みつくろって買っていかないとな)」
「――そうデした。味も吟味しないといけませンね――」
「(いーや。この際、味は二の次だ。むしろまずいほど助かる)」
「――それデはイオノふァラーの機嫌を損ねるのデは?――」
「(いや、考えてもみろ。万が一うまいモンを買っていったらどーなる?)」
「――確実に……〝おかワり〟を要求されマすね。。それほどオいしくなくて、かツ怒らせない程度のギリギリのサじ加減……納得しまシた――」
『更新終了まで 00:02:32』
あと半分。
「けっこう、かかるんだね?」
「――女神像のシスてムOSが二世代前の物なノで、そノ対応に時間が取られていマす――」
ふぉふぉん♪
『動体検出 武器反応あり』
んぁ!? なんかくるぞ?
ほそい通路になだれ込む、大勢の人影。
壁を通してみえる、その縁取りが近づいてくる。
どかどかどかっ――――曲がり角の向こうから大勢が詰めかける音。
「(なんだろ、ゴーブリン石を売るときの作法に、ひどい手ちがいでも有ったかな)」
「――エリあ統括デーたベースの更新ヲ中断しまス――」
あ、女神像に悪さしてるのがバレたんじゃ――
『更新終了まで 00:01:04
>更新作業ーーーー中断しました』
減っていた数字が止まって消えた。
女神像の背中。
箱の中から迅雷が飛びだし――
ヴォウォォーゥン、くるくるくるくるん、ザッシュ!
――うしろ頭にもどった。
「――いいエ、すべテのデーたベースの更新は、〝女神の食事を妨げナい〟ことにもつナがる不文律でス……アクセス作業ヲ直に発見されなケれば察知さレる事はアりません――」
「――ギルド長、相手は子供です!」
受付嬢の声が聞こえる。
「そんな事を、言っている場合ではない!」
どかどかどかっ!
通路の向こうから現れたのは、筋骨隆々の甲冑姿。
夜襲も掛けられる、鈍い焼き色の甲冑。
「(あの黒い鎧の人が、ここのギルド長みたいだ)」
「貴殿が、伝説の職人スキル所持者というのは、本当かっ!?」
「――金剛力がつかえナいのが致命的でス。〝神力棒〟ヲ解放すレば、一個師団を無力化すルことが可能でスが、この距離ダとギルドの設備でアる女神像ヲ壊すこトになります――」
背後は女神像。目の前には冒険者たちと、その長。
窓もなく、狭い通路に逃げ場はない。
「(お手あげか!?)」
耳栓ごしに迅雷に、話しかけるのが精一杯。
「――現状ヲ打開すル試案……ありマせん――」
なにもできない。
「はーい! 不肖、カラテェー。逃げも隠れもしませーん!」
ぼくは観念して、両手を高く上げた。
ごねてシガミーとして連れもどされるよりは、カラテェーとして不手際を謝罪した方が被害がすくないと、思ったからだ。
スラァァァリ――――ジャキィィィンッ――――ガチャガチャガチャッ――――ブゥォォォォォン、ゴドガッシャン!
抜き放たれる、長剣・大剣・槍・戦斧!
「――シガみー、私をつかいマすか!?――」
うしろあたまが震える。
破壊される事のないアーティファクトである迅雷が、自分を使うかと聞いてきた。
〝七天抜刀根術〟で戦えって言ってるんだろうが――
「――だめだ。根術が〝突き〟を放てば、鎧を簡単に通しちまう」
「(この場は、ルコルに間に入ってもらうしかない)ルコルー、たすけてー!」
必至に渾身の大声を出した。
鈴の音のような声しか出ないが、なんとか広間までは届いたはず。
領主の名を出してもらえば、ひどい事にもなるまい。
§
追いつめた覆面幼女の絹を裂くような――「ルコルー、たすけてー!」。
おどろいたギルド長(抜刀済)ならびに冒険者一同(抜刀済)が、背後を振り返った。
背後に何もないのを確認したギルド長&冒険者一同&受付嬢が、再び覆面幼女の方を向いた。
「(こ、こりゃぁ、どういうこったぁ!? もう神頼みくれぇしか、手が残ってねぇ!)」
「――シガみー、イま神の名を出しテは事態が、より複雑化すル恐れがアり、たいへン危険でス――」
「(よ、ようやく迅雷クンにも、五百乃大角の危険性が、わ、わかってきたようだね?)」
「――じョ、上位権限にヨり、ヒ、非公開でス――」
§
そのころ、ひとっこひとり居なくなった、詰め所広間。
「クカァー、いまなんか聞こえた気がするニャ――むニャむニャ」
「スピィー、むにゃ? なにも聞こえなかったコン。暇すぎて眠いコン――これじゃ深夜の昼寝コン――むにゃ」
獣人族の二人組は長椅子に座ったまま、ねごとを言っていた。