109:烏天狗(シガミー)、ゴーブリン石を売ろう2
がちゃり。
店の鍵を閉め、みんなで夜の町に出た。
「深夜におでかけニャ♪」
「ついてこなくても良いコン」
「そうだね。ゴーブリン石を売ってから、ぼくをガムラン町に送ってもらうだけだよ?」
「こっちコン」と先を行く、ルコルについていく。
「ガムラン町といえば、なんかおいしい物を、最近売りはじめたって噂ニャン?」
よこを歩く猫バンダナが、きいてきた。
「ソレ、我もきいたコン」
振りかえりうしろ向きにあるく、狐バンダナ。
転ぶよ?
「(最近ってことなら、猪蟹屋の商品で間違いないね)」
「――はイ。この町にマで、話がとどいているとなルと、今後も相当な売レ行きが見込まれマす――」
うれしいけど、人を増やしでもしないと、店が回らないかもしれない。
「ええと、〝兎肉の串揚げ〟と〝ポテトカツ〟だったかな」
「そう、たしかそんなヤツニャ。すごく、おいしそうニャ」
じゅるりと、よだれをぬぐう猫耳娘。
「話してたら、食べたくなったコォン。カラテェを送るついでに食べに行くコォン♪」
「ずるいニャ、私も行くミャ!」
ニャミカがガムラン町まで、ついてくると言いだした。
「たぶん、朝一番で行っても、お店は開いてないと思うけど――」
猪蟹屋の開店を待つと、コッチの茶店を開ける時間がまちがいなく遅れる。
「ここコン」
ルコルか指ししめしたのは、とても大きな建物。
衛兵がいないから、たぶん城ではない。
ギギィィィ。
ドアを開けて、どかどかと進んでいくルコルに、ついて行くぼくたち。
中は、大きさが三倍くらいあるけど、まちがいなくギルドの広間だった。
壁にはクエスト掲示板が張られていて、受付もズラリと並んでいた。
「これわぁ、とても立派だねー♪」
感心してると、いちばん近くの長机から――「こんばんわぁ」と声を掛けられた。
見れば、受付嬢は彼女ひとりだけだ。
奥に数人の職員はいるけど。
「ようこそ冒険者ギルドへ、かわいい冒険者さん♪」
眠そうな顔の受付嬢が、暇つぶしが来たぞみたいな顔をしてる。
「(かわいいって言われたぞ。ぼくのカワイイ顔が見えちゃってるんじゃ?)」
黒布を、手でさわって確認する。
「――覆面はきチんと巻かレています。小柄な体格と給仕服かラ幼い少女であルと推察しただけデす――」
「こんばんわ。ゴーブリン石を売りたいんだけど、買い取りの上限って有りますか?」
「ゴーブリン石ね。聞いてくるから、ちょっとまってね」
おくへ引っこむ眠そうな顔の、受付嬢。
ふりかえると『狐』と『猫』は、すこし離れた長椅子に並んですわってた。
「(なんだろうね、あのおとなしさは?)」
「――〝冒険者〟をオもな生業とハしていないようですので、わきまえテいるつモりなのでハと推察シます――」
おそろいのバンダナを頭に巻いた――獣人族の二人組。
微動だにしない、超おとなしい彼らは、なんだかとても――かわいらしく思えた。
§
「またせちゃってごめんね。今日は余裕があるから、何個でも大丈夫よ♪」
ドンと大きめの木箱が置かれた。
ゴーブリン石を入れるためのものだろうけど……これじゃせいぜい――300個入れバ良イ方でス――だよなぁ。
ヴッ――――ゴガシャッ!
「――こレで300個でス――」
木箱が、暗い石で一杯になった。
持ってきたのは、5307個だから――
「えっと、商が七で十を足して……あと17箱必要なのか――?」
「――はイ。その計算で有っていマす――」
「え、17箱?」
驚愕の受付嬢。
「はい。あと5000個あるから、ソレくらい欲しいです――」
17箱で合ってるよな?
――はイ、17箱でせんぶ収まります――
「ごめんねー、ちょっと冒険者カードを見せてもらっても、いいかな?」
眠そうな目を、必死にキリリと見開く受付嬢。
オルコトリアが持ちこんだのが100個くらいだったから、ソレとくらべると多かったかもしれない。
上級鑑定がつかえるルコルに見せても問題なかったし、見せても良いよね。
「――はイ。スキル隠蔽なラびに、LV&人名詐称スキルは正常に機能しテいます。問題はナいかと――」
給仕服の襟からゴソゴソと、冒険者カードを取りだす。
姫さんからもらった紐は、ずっと黒いままにしておいて良かった。
もとの朱い色だったら、コントゥル家の家宝だって一目でバレてたかも。
なんせ、レイダですら知ってたくらいだから、この辺じゃ有名なはずだ……名前なんだっけ?
「――〝追憶の結び紐〟でス――」
そうそれ。ただの〝紐〟を鑑定するひとが居なかったから、助かってるけど――
「――ガムラン町にモどったら、なニか対策ヲ考えましょウ――」
長机によじ登り、木板(偽装中)を受付嬢に見せる。
「あら、いま椅子を――」
「――なれてるから平気だよ。カラテェです。ただのカラテェです」
「じゃあ、みせてもら―――え゛っ!?」
すごい力で、引っぱられた。
ぐぬぬ。
「―――うっわ、上級修復に上級解体! わわわっ、伝説の職人まで!? あっ、なるほど道理で、持ち込んだゴーブリン石の数がすごいことに――――!!!」
ぐいぐいぐい――――ぐぬぬぬ!
「あの、くるしい、放してぇ――ぐぬぬぬぬぅ」
とてもくるしい。
「――シガみー、持っテきた〝神力棒〟ヲ解放すれバ、一個師団を壊滅……無力化するこトが可能でスが、いかがなサれま――」
くるしいけど、しないでよ。
ただ、こんなことで〝死なない紐〟を使っちまったら、姫さんに申し訳が立たねぇ――――ぐぬぬぬぬぬ。
「あららっ――ご、ごめんなさい!」
ぱっ――――すぽんっ!
我にかえった受付嬢が、やっと放してくれた。
スタァン――――床に飛びおりる。
「も、もも、もももも、申し訳ありません!」
〝も〟が多いよ。
大丈夫ですかと、出てこようとするから「へいきへいき。ぼくはとても頑丈な子供だからね」と言ってやった。
「あの、ああのあの、コレでお気を悪くなさらずに――是非今後とも、当『城塞都市オルァグラム冒険者ギルド』とのお取引を、よろしくお願いいたしますぅ!」
どうしたんだ、長机に突っぷしたりして?
「(どういうことだろ、子供あいてに、急に畏まっちゃったけど?)」
「――シガみーは子供でスが、すゴく腕ノ立つ子供――上客と思われたようデす――」
「へい――(じゃねぇや)、はい。この町は面白そうなんで、こちらこそ――エヘヘ?」
ひとまず、愛想良くわらっておく。
「わたぁしわ、ルィノと申します! もし、ご気分を害されましたらば、別の者と変わりますので――――」
立ちあがり、手の甲を額につける受付嬢。
「――軍隊式の挨拶のよウです――」
別の人に来られると、また最初から冒険者カードをみせたりしないといけなそうだ。
こんな覆面子供の相手を、ちゃんとしてくれる彼女は貴重かもしれないしな。
「ううん、ルィノでいーよ♪」
にこやかに、笑っておく。
「――シガみー。顔は見えないノで、愛想わらイは必要ありませン――」
「カラテェさま、ありがとうございます!」
数人いた冒険者たちが、こっちを見ている気がする。
あまり目だつのは困る。
「サマなんていらないよ。エヘヘ、これからよろしくねルィノさん♪」
愛想を振りまけるだけ、振りまく。大人の漢にはそういうときもある。
「――シがミーは生物学的に、成人ではありマせん――」
うるさいよ。
「――シガみーは生物学的に、男性でもありませン――」
だから、うるさいよ。