105:烏天狗(シガミー)、ニャミカがあらわれた
「な、なんでもないよ。そーいえばさ、〝真っ黒〟じゃない今の格好だとぼくは、なんて呼ばれるんだい?」
てきとうな話をして、ごまかす。
「うぅぅぅぅんとねぇー……〝食材のルガ蜂を狩りに森に来た、ウェイトレスさん〟コォン?」
「(ウェイトレスっていうのは、女給さんのことだよね)」
「――はイ、シガみー――」
〝蜂を狩りに来た〟って言うのは、顔に巻いた黒布をみて――〝蜂よけ〟だと思ったっぽい。
「じゃあ、ぼくも――平たい手鍋とか持ったほうが、良いかな?」
そう言った、ぼくの視線を追いかけ、「なんのことコォン?」と振り向く狐耳。
店の裏口から、姿をあらわしたのは――鉄鍋をかぶって手鍋を持った、給仕服姿。
「ニャ、ニャぁんだ! こんな夜中にお店に人が居るから、ドロボーかと思っちゃったニャ――――」
リオや姫さんくらいの、年頃だとおもう。
「にゃ、ニャミカが出た――――コォン!」
ルコラ少年が長机を飛びこえ、しがみ付いてきた。
そのつぶらな瞳が、恐怖にゆがんでいる。
〝ニャミカ〟の視線が、ルコルを素通りして――なんでかぼくの顔(黒布を巻いてある)でとまる。
そして、おろした手鍋を、なんでか再びもちあげた。
「――――ルコラコルラコントゥル! ア、アンタって人は、こんな夜中に女の子を連れこむニャんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
その全然怖くない、しゃらあしゃらした怒声が店中に木霊する。
ふくれあがったしっぽ。
鍋をつかむ、ふさふさした手。
頬くらいまでだった毛皮が、ワサワサと伸びて顔のぜんぶを覆った。
「――彼女はハーフ猫族のヨうです――」
勢いよく跳ねあがった猫耳で――――グワララァン!
かぶっていた鉄鍋が落ちた。
「え、女の子? そんなのいないコォン!? ここに居るのは冒険者の〝カラテェ〟だコォン!」
「じゃあ、そのウェイトレス姿の子はニャぁに? ねぇぇ、ルル、ルルル、ルル、ルルルル――ルコラコルラコントゥル!」
震えるあまり、〝ル〟がおおくなってる。
〝ニャミカ〟のほうが、姫さんの親戚ぽくみえるな。
「カラテェは〝ボク〟って言ってたコン。あんなに強かったコン。男の子……だコォン?」
すがりつくルコル少年。
「ぼくは、いちおう女ってコトになってるけど、気にしないで良いよ?」
なかみは、おっさんだからね。
給仕服の裾を、バッサバッサとはためかせてみせる。
「フニャニャァァァァ――――!」
毛皮で覆われ猫頭みたいになった〝ニャミカ〟が、手鍋を大きく振り上げる!
「なんか、お取りこみ中みたいだし、ぼくは物を売りにギルドに行ってみるよ――」
「――ゴーブリン石を売るマえに、女神像へノ参拝をオススメしまス――」
――――がしり。
ふりむくとルコラ少年が、ぼくの手をしっかりとつかんで放さない。
§
「こほん、失礼したニャ。〝ニャミカ・ミャニラウ〟ニャ。ルコラコル店長を助けてくれてありがとうニャ♪」
給仕服の裾をつまみ、すっと片足を引く。
正式な礼儀作法だ。かえさないわけにはいかない。
「えっと、ただの〝カラテェ〟です。ぼくも助かったから、おたがいさまだよ」
リオレイニアの振るまいを、ずっと間近でみてきた。
ひととおりの、まねごとは出来てる……とおもう。
「我はルコラコル・ラ・コントゥル。このカフェ『ノーナノルン』の主コォン♪」
ルコルが頭を下げたら、装備できていない〝狐の帽子【くすんだ濃黄色】〟が床に落ちた。
「こら、防具はちゃんと装備しなさいって、いつも言ってるニャ!」
拾った帽子を、ぎゅむぎゅむと狐頭に押しつける猫耳娘。
「痛い痛い、さっきニャミカに殴られた、たんこぶが痛いコォン」
「あー、その帽子さ。ぼくのせいなんだよね。あんまり怒らないであげて」
「どういうことなのニャ?」
シャキィンと猫爪が飛びでる。
これはたしかに、すこし怖いかも。
§
『カラステング LV:14
防具鍛冶職人★★★★ /上級修復/体力増強/伝説の職人
/上級解体/上級鑑定/薬草採取/収穫量倍化/植物図鑑
――所属:』
ダミーの木板を、ふたりに見せた。
「(上級鑑定で、見破られないかな?)」
「――わかりマせん。バレたら謝罪し、正直に素性を明かしましょう。悩むだけ損です――」
「〝上級鑑定〟に〝伝説の職人〟ニャ――――!?」
ぱかーん――――〝猫耳娘〟の顎がおちた。
ザワザワと毛皮がひっこんで、顔の真ん中が人肌にもどりつつある。
「けど、〝薬草師〟って言ってなかったコォン?」
ルコルが顔を近づける――――と、猫耳娘の猫爪がニョキリと伸びる。
驚いたぼくが一歩はなれると、猫爪がスポンと引っこんだ。
「――おソらく彼女は、ルコラコルの護衛のよウです。距離を取ッて、刺激しないヨうにしましょう――」
「(そういうことか。了解)うん。ずっと〝薬草採取の仕事〟をしてたから、人にはそう言ってる」
嘘ではない。
「けど、〝防具鍛冶職人〟ニャんでしょ?」
「まあ、いろいろあってね。ガムラン町には、ものすごく腕が立つ職人がたくさん居て出番がなくてさ」
これも嘘ではない。工房長や工房連中の腕は一流だ。
「ふぅん。それならコッチの町で工房をひらけば、きっと引く手あまたニャー」
人の顔にもどった猫耳娘が、〝狐の帽子〟を長机においた。
そして、まるいのぞき窓が埋めこまれた箱で、ジロジロと眺めはじめた。
「(あの箱は、なんだろう?)」
「――たダの調度品ではナいようです。アーティファクトの反応がアります――」
「いやいやぼくなんて。防具の修理をしたのは、さっきのが初めてだし」
これも嘘ではない。
「人には色々あるものだコン。では我のも見せるコォン」
渡されたのは、木製のカード。
『ルコラコル・ラ・コントゥル LV:16
薬師★★★ /薬効最大/初級蘇生術/病巣隔離
/先制攻撃/等価原理概論/上級鑑定/茶器作成/茶葉熟成
――所属:カフェノーナノルン』
「――(先制攻撃と等価原理概論が例の〝光る手刀〟に関するスキルでス。収得しまスか?)――」
「(……スキルは消す事は出来るんだっけ?)」
「――いイえ、そのばアいは打ち消す効果を持つスキルを伸ばシて、対処療法的に弱めるシか有りませン――」
「(それも、聞いてないんだけど。なら、なおさら今は取らないよ。へたしたら使い物にならなくて、戦うどころじゃなくなるかもしれない)」
「――はイ。了解しましタ――」
「わー。いいな薬師。ぼくは、それになろうと思ったんだけどさ、なんでがよーく見たら、薬草師でさ――」
「――シガみー!――」
「薬草師? 〝防具鍛冶職人〟ニャんでしょ?」
あ、また聞かれた。なんか疑われてる?
首だけをこっちに向けた猫耳娘の瞳が、縦にほそくなり――――チーン♪
彼女が手にしていた調度品から、鐘の音が鳴った。