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サイクス侯爵邸では、ジョシュアの母親がアリシアや使用人たちを温かく歓迎してくれた。
彼女はアリシアの亡くなった母の親戚だと聞いている。
「あの屋敷から抜け出せて良かったわ! やっぱり虐められていたんでしょう? ずっと心配していたのに、あなたはいつも『大丈夫』って微笑むばかりで……あの人たちは隠蔽するのがうまいから……」
意地悪な継母らを眉を顰めて『あの人たち』と呼ぶ人物は間違いなくアリシアの味方だろう。
(本人は気づかなかったみたいだけどアリシアにはちゃんと心配してくれる人たちがいたんだ。日記には誰も味方がいないって書いてあったけど。独りぼっちって思いこまないで素直に助けを求めれば良かったのに……)
そう思った瞬間にブーメランが飛んできたように思った。
(私は……アイはどうだったんだろう?)
ふとよぎった想いを追い出すようにアリシアは頭を振った。
◇◇◇
ジョシュアはアリシアと二人きりになると笑顔で顔を見合わせた。
「やったな!」
小柄なアリシアが飛び上がってハイタッチをする。その仕草を見て、やはり彼女はアリシアではないのだとジョシュアは実感した。
「今後、アリシアが奪われたものを全て取り返していくつもりだが……俺が一番許せない奴がいる」
アリシアの日記には、スウィフト伯爵邸での酷い生活だけでなく、他にも彼女を苦しめた人物が記されていた。
その中でもジョシュアの腸を煮えくり返らせた男がロニー・トンプソン子爵だ。
彼はスウィフト伯爵夫人であるグレースの愛人だが、屋敷に来る度にアリシアに近づき無理矢理関係を迫っていたのだ。
ミリーたち古参の使用人が彼女を守っていたから何とか無事だったものの、下手したら彼女はそいつの秘密の愛人にでもさせられていた可能性がある。
想像しただけでジョシュアの腹の奥から怒りの炎が燃えたぎった。
「絶対に! 絶対にあの男は許さない! 絶対に泣かす! 見てろよ!」
息巻くジョシュアにアリシアも同調する。
「当然だな! セクハラ野郎には地獄の鉄槌だ!」
「トンプソン子爵は経済的に困窮しているらしい。だから、グレース夫人以外にも何人もの未亡人や令嬢を手玉に取って金を引き出しているとの噂だ。グレース夫人は中でも一番のパトロンだ。そんな奴がアリシアに近づくなんて……。くそっ、想像するだけで忌々しい!」
「ジョシュア。まぁ、落ち着きなよ。そいつは後回しだ。アリシアのために取り戻さないといけないものがあるだろう?」
ジョシュアは凛々しい彼女の顔を見つめた。
(アリシアがとてつもなく逞しく見える……いや、それはそれでいいんだが、中身が彼女でないといつもみたいに緊張はしないな)
庇護欲をそそるような可憐なアリシアの前に出ると『カッコよく見られたい』という欲求が最優先になり、肩に力が入り過ぎて自然に振舞えないことが頻繁にあった。
本物のアリシアの前だと緊張しすぎて、目を見て話すこともできない。言葉も上手く出てこない。
彼女も口数が多い方ではないから、二人で居る時は沈黙が多かった。
今は『カッコよく見られたい』欲求がゼロのせいか、まったく緊張することなく普通に話すことができる。騎士団の同僚と喋っている感覚だ。
(本物の彼女の前でも自然に話せるようになりたい。そのためには……)
「本物のアリシアを取り戻さないといけない。アイも元の世界に戻りたいだろう? 王宮の魔術師に相談しよう。それが先決だな。お前も自由に動けるようになったし、明日は王宮に行くぞ!」
「あ、ああ……。そうだな」
アリシアは一瞬返事を躊躇したがジョシュアは気がつかない。
「ん? どうした?」
「いや、なんでもない! おう! 行くぞ!」
ジョシュアは本物のアリシアが戻ってきた時のことを想像してやる気が全身に満ちてきた。
*ちょっと短めです。次回、現代日本に舞台が移ります。メインは異世界ですが、現代に行ったアリシアの話も出てきます。