表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/76

74

ブレイクの指示を受けて、法務官のカラムがギャレット侯爵と祐筆の指紋を採取し記録した。


その後、偽装された礼状の便箋から見つかった指紋と照合する。ツルツルした光沢のある表面にはくっきりと指紋が残っている。


便箋から検出された指紋は以下の人物のものだった。


マシュー・ゴードン

グレースとイザベラ

ギャレット侯爵とその祐筆


封筒には他にも持ち主不明の指紋が幾つかあったが、恐らくスウィフト領に届けた使者のものではないかと思われる。


封筒にも便箋にもアリシアの指紋はなかったので、筆跡の偽造は明らかだ。


しかし、それが重要なのではない。


ブレイクの目的はギャレット侯爵と祐筆の指紋を採取することであった。


ギャレット侯爵は特に指紋捜査の導入を知ってから、異常に用心深くなっている。


頼み方によっては指紋の採取を拒否する恐れがあった。


礼状を口実に使い指紋を採取できたことは幸運だった、とブレイクは大きく息を吐いた。


***


アリシアに剣を投げつけたアーロン・スミスの証言や、アリシアに刺客を送ったのはギャレット侯爵だというロニー・トンプソン子爵の発言だけでは、ギャレット侯爵邸の家宅捜索を行う理由としては弱すぎる。ましてや起訴する証拠としてはまったく足りていない。


しかし、アリシアが井戸に投げ込まれた後、彼女の部屋には筆跡を偽造したらしき遺書が残されていた。


そう。不審な遺書だ。遺書を書いたのはアリシアではない。


ギャレット侯爵がグレースたちと共謀し、自殺を偽装してアリシアを殺そうとしたならば、遺書を用意したのも礼状と同様にギャレット侯爵の祐筆に違いない。


その頃にはまだ指紋の知識は知られていない。


もしギャレット侯爵が油断して指紋を残すとすればそれしかないとブレイクは判断した。


その遺書からギャレット侯爵の指紋が検出された場合、グレースが自殺に偽装してアリシアを殺そうとしていたことは知らなかった、という彼の主張に矛盾が生じることになる。


特に遺書の文面から指紋が検出されれば、彼がその内容を把握していたことは明らかだ。


指紋がついているのに何も知らなかったという言い訳はどう考えても苦しい。


上記の証言や状況証拠と併せて、物理的な証拠として裁判所に提出すれば、家宅捜索の令状が認められる可能性が高い。


まずは殺人未遂事件の共謀容疑での家宅捜索となるだろうが、屋敷からそれ以上の犯罪の証拠が見つかれば他の犯罪での立件も可能になる。


ブレイクとカラムは急いでアリシアの遺書を念入りに調査した。


その結果、アリシア、ジョシュア、ミリーなどの指紋に混じって、間違いなくギャレット侯爵と彼の祐筆の指紋も検出されたのだ。


しかも、文面の文字の間に侯爵の指紋が見つかった。見たこともない、という言い訳は無理だろう。


「よしっ!」


ブレイクはカラムと顔を見合わせてガッツポーズを取った。


***


全ての証拠を揃えて裁判所に提出すると、正式に侯爵邸の家宅捜索が認められた。


ギャレット侯爵は騙されたと叫んだというが『時すでに遅し』である。


近衛騎士団が警護する中、王宮の法務官たちがギャレット侯爵家に捜査に入った。


前侯爵夫人であるウィローから事前にギャレット邸の隠し部屋の位置情報を得ていた法務官らは、次々に屋敷に隠された秘密を暴いていった。


ギャレット侯爵夫妻が喚くのもお構いなしに隠し部屋を暴いていく法務官たちを見て、夫妻の瞳は絶望に震えた。


さらに獣人のコリンが協力を申し出てくれたおかげで、屋敷内から例の調味料も大量に発見された。


魅了の薬だけでなく麻薬の取引についても、外国の商人を使って陰で糸を引いていたのはギャレット侯爵夫妻であった。


スコット王国との内通罪だけでなく、犯罪の証拠となる書類も数多く発見されたので、人身売買や誘拐などの罪でも立件することになるだろう。


多くの悪事が白日の下に晒され、ギャレット侯爵は乱心して喚き散らしたが、屈強な近衛騎士たちに取り押さえられた。侯爵夫人のキャサリンも拘束され、二人は王宮に連行されることになった。


隠し部屋の中には複数の人間が瀕死の状態で監禁されていた。


中には王宮の密偵も含まれている。拷問された痕跡もあり、ギャレット侯爵にもはや言い逃れるすべはない。


*****


裁判で多くの罪に問われたジョージ・ギャレット侯爵は憎々しげな眼差しで傍聴していたブレイクを睨みつけた。


「くそっ!!! お前のせいでっ! 騙されたっ!!!」


狂ったように叫ぶ侯爵に対して同情する声はあがらない。


一方、外患誘致罪で逮捕されたギャレット侯爵夫人のキャサリンは、公判中に夫に向かって怒鳴りつけた。


「あんたのっ、全部あんたのせいよっ!!! あんたみたいな無能と結婚したのが間違いだったわ!」


「なにをっ! 全てお前のためにやったことだ! お前が悪いんだっ!!! お前さえいなければっ!!!」


「なに言ってるのよ!? 私は元々あんたみたいなおじさんとなんか結婚したくなかったのよ! 私は初めからブレイクと結婚したかったのに! こんな美しい男性は他にいない。私に相応しいのはこの人しかいないって思ったのに!!! 拒否しやがって!!! 絶対こんな国滅ぼしてやるって誓ったのよ!!!」


キャサリンの衝撃の告白があり、ジョージはあまりのことに真っ青な顔で膝から崩れ落ちた。目には一杯涙が溜まっている。


それを聞いたブレイクが国王に「……父上。僕は初めて聞きましたが……」と耳打ちした。


「ブレイク……王族の交流会でお前がキャサリンに会った時、キャサリンは十六歳でお前は五歳だったんだ。結婚したいと言われても……正直、恐怖しか感じなかったよ」

「…………」


驚くべき事実が次々と明らかになったが、裁判によりギャレット侯爵は終身禁固刑が決まり、キャサリン夫人は国外追放でスコット王国に戻されることになった。


しかし、敗戦し莫大な借金を抱え、政情不安定な国に帰っても苦労しかないだろうと国王は独り言ちる。


後にキャサリンはスコット王国の修道院に入れられたと風の噂で聞いた。


グレースも終身禁固刑が決まり、イザベラは遠方の修道院に入れられることが決まった。


*****


マシューらの必死の努力によりコリンの家族は無事に見つかった。


彼らは予想通り薬で操られてスウィフト領での戦闘に参戦させられていたことが判明し、無罪放免となった。


いつも落ち着いてしっかりしているコリンが、両親や兄と再会した時には嬉しさのあまりわんわん号泣した。アリシアだけでなくジョシュアですら、もらい泣きするくらい温かい家族の再会だった。


彼らの希望でコリンたち一家は全員スウィフト領内に引っ越してくることになったという。


*****


アリシアは、スウィフト領を訪問し無事にマシュー・ゴードンと再会した。


マシューとは積もる話がある。


アリシアの父のこと。


異世界のこと。


遺言のこと。


アリシアはグレースたちとの生活についてあまり語らなかったが、マシューは心からアリシアに詫びた。


「アリシア様が辛い目に遭っている時にお助けすることができず、本当に申し訳ありませんでした。これからお嬢さまがしたいこと、望むこと、このマシューにできることがありましたら、それを叶えるために最善の努力を尽くします!」


マシューの瞳に真摯な光が輝く。


「ありがとうございます。実はずっと望んでいたことがあります。その……できたらでいいのですが……」


アリシアの願いを聞いて、マシューは二つ返事で頷いた。


「もちろんです! 何の問題もありません」


*****


長年の願いが叶い、アリシアは学校に通うことが決まった。


卒業までは二年もないが、アリシアは王都の魔法学院に編入することができたのだ。


彼女にとっては念願の学生生活である。


アリシアは幸せだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ