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グレースとイザベラの裁判はまだ正式には始まっていない。
彼女たちの取り調べは続いているが、非協力的な態度のために捜査はほとんど進展していないのだ。
ブレイクはそんな二人と面会することにした。
グレースとイザベラは多少の窶れは見えるものの、その態度は相変わらずだ。口を開けばアリシアの悪口雑言ばかり。あとはブレイクの権限でどうか保釈して欲しいと訴える。彼女たちが考えているのは自らの保身だけだ。
(これはもう更正の余地なしだな)
ブレイクは溜息をついた。
「……君たちはアリシアに贈られたマシュー・ゴードンからのクリスマスプレゼントも彼女に渡さなかったね? 横取りしたのかい?」
「そ、それは!? 何を今更っ! アリシアがプレゼントなんて要らないってわがままを言ったから」
「捨てるのももったいないでしょう?」
二人の言い訳なんてどうでもいい。
「礼状だけはマシューに送っていたようだね? 誰がアリシアの筆跡を真似てその礼状を書いた?」
「なんでそんなことを知りたがるのよ!?」
グレースの金切り声が響き渡る。
「いや、別に大して重要なことじゃないんだが、君たちの全ての悪事を記録しなくちゃいけないからね。文書偽造の罪まで負うことになると君たちの罪が更に重くなる」
「そ、そんな!? 酷いわ! 私たちは文書偽造なんてしていません。礼状を書いたのはジョージ伯父様の……」
「イザベラ!? 黙りなさい! 何を言っているの!? 私たちはそんな礼状のこと、何も知りませんから!」
グレースはそう言い切ると、それ以降は黙秘を貫いた。
しかし、必要な情報は手に入った。
(やはりギャレット侯爵だな)
ブレイクは忙しく脳を働かせた。
*****
その日、ジョージ・ギャレット侯爵は事情聴取という名目で王宮に呼び出された。
(……これで何度目だ? はっ、くだらん。俺を捕まえる口実や家宅捜索を許すような証拠はないはずだ。ま、余程困っているんだろう。ふふ)
ジョージ・ギャレットは余裕である。
昔から頭の良さには自信があった。
狡猾さ、と言った方が正確な気もするが……。
子供の頃からいじめ、悪戯、暴力、犯罪スレスレのことまでしたことがある。
大人になってからは思いっきり犯罪に手を染めた。
それでも捕まったことはない。
高位貴族の特権もあるが、一番大きいのは証拠を決して残さなかったことだ。
(指紋捜査のことを聞いた時は焦ったけどな)
しかし、手袋を常に嵌めていれば万事解決だ。恐るることはない。
ジョージは余裕の態度を崩さなかったが、この日の事情聴取はブレイク王子が直々に行うと聞かされて、少し警戒度を高めた。ブレイクは頭が切れると評判だ。
「ギャレット侯爵、お忙しいところをご足労いただいて誠にありがとうございます! 本日はグレース・スウィフト夫人の犯罪捜査へ協力をお願いするためにお越しいただききました」
「……グレースの?! そうですか。てっきり……いや、まぁ、私でお手伝いできることなら何なりと」
愛想良く笑顔で挨拶するブレイクに正直、拍子抜けした。しかも、自分ではなくグレースの捜査への協力だ。しかし、油断せずににこやかに応対する。
「全然たいしたことではないのです。書類上の小さなことなんですが、裁判となるとどんなに小さなことでも確認が必要となりまして……」
ブレイクの表情や態度は控えめで口調も丁寧だ。ジョージはすっかり安心して背もたれに寄りかかった。
「そうでしょうな。分かりますよ」
「ご理解いただいて、ありがとうございます。実はスウィフト領の領地管理人であるマシュー・ゴードンがアリシア嬢に毎年クリスマスプレゼントを贈っていたのですが、グレース夫人とイザベラ嬢がそれを横取りしていまして……」
「はっ、なんて姑息な真似を……兄として恥ずかしいですな」
「ええまあ、深刻な問題ではないのですが、グレース夫人はアリシアの筆跡に似せた礼状を偽装してマシューに贈っていたのです。アリシアへの仕打ちがバレないように」
「ああ、なるほど……」
「それでグレース夫人によると、その礼状を書く時に侯爵の祐筆に頼んでアリシアの筆跡を真似てもらっていたというのです」
ジョージの顔に血の気が上った。微かに苛立ちがこみあげてくる。
「彼女がそう言ったんですか? まったく! ええ、グレースが私の祐筆に直接頼んだようですね。私の知らないところで……」
「では、その礼状に触った可能性があるのは祐筆だけですね。ギャレット侯爵はまったく触れたことがなかったと?」
それを聞いて侯爵は記憶の糸を辿るようにしばらく考え込んだ。
「……礼状についている指紋を調べるのですな?」
「そうですね。罪にも当たらないくらいの軽微なことですが、一応グレース夫人が日常的に継子を害していたという裁判の証拠にもなりますので」
「証拠? なるほど……いやぁ、今考えてみると、私も礼状に触った可能性はある。祐筆からグレースに頼まれてこんなものを書きましたと渡されたかもしれない」
「その確認に祐筆とギャレット侯爵の指紋を取らせていただきたいのです」
「まあ、構いませんよ。あくまで形式的なものですよね。私の指紋が礼状から見つかったからと言って何か問題がある訳ではないですよね?」
「無論です! まぁ、厳密に言うと文書偽造かもしれませんが、公文書でもない私信です。礼状に侯爵の指紋があったとしても、犯罪に問われるはずがありません」
ブレイクの笑顔に侯爵は鷹揚に頷き、彼と彼の祐筆の指紋を採取することに同意した。




