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扉から現れたアリシアはまさに女神だった。
湯浴みをした後なのか、少し濡れた美しい金髪から爽やかな色香が滲み出る。
しっとりした肌は白磁のように真っ白できめ細かい。
なんか知らないがやたらといい匂いもする。
柔らかそうなふっくらとした頬は上気してピンク色だ。
その頬に堪らなく触れたくなり、ジョシュアが手を伸ばすと星のように輝く瞳から澄んだ涙があふれだした。
アリシアに躊躇はなかった。
ジョシュアの胸の中に思いっきり飛び込んだアリシアはグリグリと彼の胸に頭を押しつけてくる。
彼女の瞳から次から次へと涙が流れてくる。
目の下には濃い隈ができている。よく見るとやつれて頬の線も以前より鋭くなったようだ。
(俺のことをずっと心配してくれたんだな……)
そう思うと愛おしさがいや増した。
「アリシア。ただいま。心配かけてごめん」
できるだけ優しく声を掛けながらその華奢な体に腕を回した。
「っ……ううん。無事に……無事に帰ってきてくれただけで……良かった。嬉しい。会いたかった。寂しかった。怖かった。ジョシュア様がいなくなったら生きていけません。……愛しています」
切れ切れに聞こえるアリシアの言葉に胸が締めつけられた。
(愛おし過ぎて胸が痛いってことがあるんだな)
「アリシア、愛してる。俺も会いたかった。ずっと君のことを考えていた。俺の気持ちをどう表現していいか分からない。何にも例えられない。俺はただ君を崇拝し、君を愛し、君を守るためにこの世に生まれたんだと思う」
ジョシュアは大きな手のひらをアリシアの頬に当てた。彼女はその手に頬をすり寄せる。
その感覚に何か堪らないものが奥からこみ上げてきて、ジョシュアは骨も折れんとばかりに彼女をかき抱いた。
「…………コホン」
小さな咳払いが聞こえた。
振り返るとメアリが所在なげに立っている。王太子は既に消えたらしい。
アリシアとジョシュアは周囲に人がいることをすっかり忘れていた。
ハッと我に返った二人は真っ赤になってぎこちなく体を離すが、触れていた部分が離れるとすぐに物足りない気持ちが湧いてきてしまう。
もっと彼女を抱きしめたいという衝動をジョシュアは必死に我慢した。
「あの、ジョシュア様、よろしかったら湯浴みと服の替えをご用意いたしますが……」
メアリの言葉にジョシュアは自分の姿を思い出した。
戦場から碌に着替えもせずに七日間走り通したのだ。
よく見るとまだ血もついているし、物凄く臭い。
こんな格好でアリシアを抱きしめてしまったのかと思うと慚愧の念に堪えない。
「あ、いや、その、騎士団の宿舎で体を洗ってくるから……すまない。こんな格好で……とにかくアリシアに会いたい一心で……」
しどろもどろで言い訳するとメアリは温かい笑みを浮かべてくれた。
「分かっております。ですから、こちらでお仕度を整えた方がよろしいですわ。良かったらアリシア様とお二人での夕食を手配いたします。アリシア様、コリンは今夜、私が預かりますので……」
「あ、ありがとう。メアリ。でも、どうかアリシアと呼び捨てにしてね」
メアリは苦笑いしながら、ジョシュアを案内しようとした。
「あ、あの……コリンって誰だ? 男?」
不安そうなジョシュアにメアリは苦笑いを浮かべた。
「それは後ほどアリシア様にお問い合わせください」
ジョシュアはコリンが誰なのかが気になって仕方がないが、それ以上は追及せず大人しくメアリについていった。




