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スコット王国軍が降伏した翌日に王都から大きな援軍が到着した。
堂々とした威容を誇る軍勢を見て、降伏したスコット王国の兵士たちはポカンと口を開けた。
援軍が来る前のたった一領地だけの反撃で、スコット王国の正規軍の侵攻は止められた。ましてや全面戦争になったら絶対に敵うはずがない。
スコット王国の王族はなんて無謀で愚かなのだ、という空気がスコット王国内だけでなく周辺国にも流れた。
今後スコット王国は国としての信用を取り戻すのに苦労することになる。
援軍を率いてきた指揮官は近衛騎士団の団長、つまりジョシュアの上司である。
団長はジョシュアの肩をポンと叩いてねぎらった。
「よくやった。お前の活躍のおかげだとみんなが褒めていたぞ。自慢の副団長だな」
「いいえっ! 我が軍の連携が敵よりも勝っていたおかげです。また、スウィフト領の戦への準備は賞賛に値するものでした。どうか、国王陛下へご報告する際には、スウィフト領のマシュー・ゴードン、騎士団、兵士たち、領民の全員の努力があってこそ勝利に導かれたのだとお伝え下さい!」
拳を握りしめるジョシュアを見て団長は嬉しそうに頷いた。
「ところで、ここの後片付けは俺とブレイク殿下とマシューが行う予定だ。お前は自由だ。なんだったらすぐに王都に戻っていいぞ」
それを聞いてジョシュアはビクッとした。
「え……? いいん……ですか?」
「ああ、アリシア嬢はお前を心配して窶れてしまった。羨ましいぞ。あんなに麗しい女性にそれほど想ってもらえて、お前は幸せ者だ」
ジョシュアの顔がカーっと熱くなり、居ても立ってもいられなくなった。
「で、では……俺は今から王都に戻ります」
「いや、おい、待て! 今すぐか!? 準備があるだろう……せめて体を洗って服を着替えてから……」
団長の声が背後から聞こえるが、こうなったらもうジョシュアは止まらない。
頭の中ではアリシアのことしか考えられなかった。
戦いの最中、もう死ぬかと思うことが何度もあった。
しかし、その度にアリシアのもとに帰らなくてはいけないと気力を振り絞って戦い続けた。
その甲斐あって無事に戦に勝つことができたのだ。
今はただ無性に彼女に会いたかった。
彼女のしっとりした柔らかい頬に触れたい。
微笑むと目尻が下がるのが堪らなく可愛い。
フワフワのハニーブロンドが揺れるのが楽しくて永遠に見ていられる。
そしてキラキラと輝く明るい空色の瞳から目を離せない。
トロリと甘く蕩ける彼女の瞳に映っている自分を見るのが最高に好きだ。
アリシア、君に会いたい。今すぐに……。
ジョシュアは出発した後、一度サイクス領に立ち寄り馬を替えただけで、残りはずっと王都まで突っ走った。
王宮に到着すると警護の騎士は驚いたようにジョシュアの顔を見つめたが、ビシッと敬礼しながら通してくれた。
「国王陛下より副団長が現れたらすぐに通すように通達されております。副団長のおかげで国が守られたと伺いました。誠にありがとうございました!」
ジョシュアが王宮内を走っていると周囲の人間はぎょっとしたように振り返るが、気にせずに走り続けた。それどころではない。
城の人間はジョシュアのことを国王から聞いているのだろう、特に咎められることなくアリシアが滞在している王族の居城まで辿り着くことができた。
そこでは王太子が直々に出迎えてくれた。
「ああ、ジョシュア! 君の活躍は聞いているよ。この国の平和は君のおかげで守られたといっても過言ではない。そうブレイクの報告にあった! ありがとう!」
握手を求められたがジョシュアは躊躇した。自分の手が真っ黒に汚れて汗まみれなことに気がついたからだ。
しかし、王太子は嫌な顔一つ見せずにジョシュアの手を熱心に握りしめる。
(王太子殿下は……本当に立派な方だ)
ジョシュアは感心するが、彼の気持ちはアリシアに一心に向かっている。
それを察したのか王太子が苦笑いした。
「アリシアの部屋に案内するよ。ついてきて」
王太子自らが率先して歩き出したので、彼の侍従たちの方が慌てている。
ジョシュアは王太子の綺麗な服や良い匂いに気がついて突如として不安を感じた。
(……おい、いきなりこんな戦地から戻って、愛するアリシアに会っていいのか? 臭いし、汚いし、嫌われたらどうしよう)
ジョシュアは一度騎士団の宿舎に戻って体を洗ってから戻ってきた方がいいのではないかと悩み始めた。
しかし、王太子は既にアリシアの部屋の前でドアをノックしているではないか!?
(まずい……まずい……)
動揺を隠しきれないジョシュアの前に女神が舞い降りた。




