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それからも男は様々な光景を見た。
未来視と言っても、いつ起こることなのかは分からない。前後の状況も不明である。
ただ、未来のある場面が突然脳裏に映しだされるのだそうだ。
例えば、天気や急な来客があるというような小さな出来事が当たることが続き、伯爵は男に未来視の力があることを確信した。
ある日、男に大きな出来事が見えた。
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森の近くにある城。
マシューがその城に居るのが見えた。
その城に多くの軍勢が攻め寄せる。
敵の軍勢は多い。
多くの旗がなびいている。
旗には青地に白い十字が入っている。
周囲の森は戦火に包まれ、激しい戦いが続く。
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それを聞いた伯爵の顔が青ざめた。
「その旗は……スコット王国のものだ。奴らがスウィフト領に攻め込んでくると言うのか? それはいつだ? なにか手がかりはないのか?」
「悪い……それは分からないんだ。ただ、マシューがいた。今よりも年を取っている。今は二十代後半だろう? そうだなぁ……俺が見たマシューは三十代後半から四十代前半くらいに見えた」
「ということは約十年後……ということか?」
「うーん。すまない。本当に分からないんだ。ただ、軍勢は多かった。スウィフト領っていうのはあんたの領地なんだろう?」
「ああ、国境を挟んでスコット王国はすぐ隣だ。国王に報告したいが、君をここに滞在させ未来視をして貰うこと自体が違法なんだ。それに君が拘束されてしまう可能性がある」
「それは困るな。俺はどうせもうすぐ帰るんだ。誰にも言わない方がいい」
「しかし、戦いの可能性があるなら……」
「それも十年後だぞ? もっと先かもしれない。誰が本気にする?」
「ううむ……それもそうか……」
「スウィフト領を守れるように俺がアドバイスしてやるよ」
自信満々にいう男は確かに武器や戦闘に詳しかった。
まず男は火炎瓶と呼ばれる武器の作り方を教えた。
魔法で火を出せると知った彼は「便利だな」と言いながら、ワインの瓶を使って火炎瓶を作ってみせた。
次にスウィフト領の町や村の地下に安全な避難場所を作るよう提案した。地下に食料や武器を備蓄しておくことも重要だという。
「それぞれの村に予算をつけて避難訓練とか希望者に戦闘訓練をやってもいいかもな」
男は言った。敵が侵入してきた場合に民間人の安全を確保するための準備も重要だと強調した。
さらに男は火薬の作り方も教えてくれた。
硝石という鉱物はこの国でも産出される。
火薬は硝石と硫黄、そして木炭を混合させるだけで出来るのだ。
火薬の爆発力と魔法を混ぜたら多くの敵を倒せるだろう、と男は不敵に笑った。
そうして次の満月の夜に、男は「ありがとう」と笑いながら元の世界に帰っていったのである。
マシューはそれらの話を全て聞いた後、伯爵から特命を受けた。
領地管理人兼領主代理となり、領地を守る準備をするように言いつけられたのだ。
伯爵は亡くなる前にも、絶対に領地を離れるな、守り切れ、とマシュー・ゴードンに遺言した。
残念ながら、アリシアが継母たちに虐待される場面は未来視には含まれていなかった。
それに伯爵もマシューも後継ぎのアリシアは大切にされて当然だと信じていたのかもしれない。
アリシアがグレースたちに虐待されていた事実を伝えると、マシューは顔面蒼白になった。
王都の屋敷からの手紙は、予想通りマシューには届いていなかった。
王宮からの使者や密偵も最近は来ていないという。
スウィフト領と王宮の連絡を断絶させようとする動きがあったのは間違いない。
「……私が迂闊でした。アリシア様には毎年クリスマスプレゼントを贈っていました。その礼状は必ず届いていたのです。ですから、アリシア様はご無事なのだろうと勘違いしていました」
「アリシアはマシュー殿からの贈り物を受け取っていない。少なくとも前伯爵が亡くなって以来、クリスマスプレゼントは届いていない」
ジョシュアの言葉にマシューは悲痛な表情を浮かべた。
「なんてことだ……つまり、礼状は偽物だったということですか?」
「そうだな。その礼状はまだ持っているか?」
ブレイクが好奇心を刺激されたという表情をしている。
「はい。もちろんです」
「それを一時預かっても良いか? 後で僕が取りにいくから」
ブレイクの言葉にマシューは恐縮した。
「殿下にわざわざご足労頂くのは申し訳なく……お届けさせて頂いて……」
「いや、事情があって、僕が直接取りにいった方がいい。この会議の後に伺うよ」
「御意」
アリシアを救えなかったことを後悔しているのだろう、沈痛な面持ちのマシューが頭を下げた。




