表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/76

66

若かりし日のマシュー・ゴードンは前当主のスウィフト伯爵、つまりアリシアの父親の信頼を勝ち取り、家令に大抜擢された。


まだ若く新顔のマシューがいきなり家令になったことで、平穏だった伯爵家に波紋が広がったことは事実である。


しかし、当初は反感を持っていた他の使用人たちも彼の優秀さや忠実さが明らかになってくると、次第に彼を頼るようになっていった。


***


スウィフト伯爵家には大きな秘密がある。王都の屋敷内にある井戸だ。


それが満月の夜に異世界と繋がる出入り口となっている。


異世界から人が来た場合は、速やかに元の世界に戻すことがこの国での厳しい掟である。


しかし長い間、異世界からの人間は現れず、徐々に古井戸は忘れさられていった。


***


妻を亡くした前スウィフト伯爵がギャレット侯爵からグレースとの再婚を強要されていた頃、悩みに悩みぬいて眠れそうになかった伯爵は夜中に散歩に出た。


満月の夜だったが、異世界の井戸のことはまったく頭にはなかった。彼も異世界の話など遥か昔のおとぎ話にすぎないと考えていたからだ。


グレースとの再婚について苦悩しながら散歩をしている時、井戸の方角から水音がした。


(枯れた井戸に?!)


侵入者かもしれないと思い騎士を数人連れて、伯爵は井戸へと向かった。


井戸に到着すると、そこから這いあがってきたかのように全身びしょ濡れの人間が倒れていた。


しかも、大怪我をしているのかもしれない。全身が血まみれだった。周囲にも赤い血が飛び散っている。


そこに倒れていたのはチリチリの髪の毛が頭にへばりついているような奇妙な髪型の男だ。人相はお世辞にも良いとは言えない。


(このまま放っておけば死んでしまう)


虫の息の人間を放置できるはずもない。


伯爵は騎士らと一緒にその男を屋敷に連れ帰り、急いで傷の手当をした。


体中に痣があり、瀕死になるまで殴られたのだろうと想像できる。


また、お腹と背中に大きな刃物の傷があったので、伯爵は急いで治癒魔法をかけた。傷が治るとその男の浅かった呼吸も落ち着いてきた。


男の瞼が震えて薄く目が開く。


意識を取り戻した男の顔を見つめながら「大丈夫か?」と尋ねると、その男は尋常じゃないくらい驚いて、後ろに飛びのいた。


「おいっ! お前らはなんだっ!? ここはどこだっ!?」


いかつい顔面の男は混乱して喚き始めた。


「動いてはダメだ。傷の治癒はさせたが無理をすると傷口が開いてしまう。今医師を呼ぶから……」

「ダメだ! 医者は呼ぶな!」


男は脅すように怒鳴りつける。


「君は井戸の中から来たのかい?」

「井戸ぉ?! 俺は池に捨てられたんだ。それで必死で水の中から這いあがって……あれは井戸だったのか? 凌ぎに失敗したから殺されて池に投げ込まれたのかと思ったんだが……」

「確かに君の傷は酷かったよ。放置したら死んでいただろう」

「あんたは……誰だ? こんな外人ばっかのところが日本にあるのか?」

「ニホン……? 君は異世界から来たんだね?」

「はぁっ? イセカイってなんだ? っざけんなよ、コラッ」

「異世界人がこんなに柄が悪いとは聞いていなかったがな……」


さすがに伯爵は苦笑した。


「あんた、俺が怖くないのか……?」


呆れた口調で男は尋ねる。


「まぁ、死にかけていた人間をそれほど恐れる理由はないな」

「たしかに……ははっ」


男は顔をくしゃりと歪ませて笑った。


既に夜は明けている。


本来ならすぐに異世界に戻すべきだったが、彼の傷の手当をしていたためにそれができなかった。


彼が異世界に帰るまでにはあと一ヶ月待たなくてはならない。


***


その間、男との間に不思議な友情が芽生えたが、伯爵はアリシアには秘密にすることに決めた。


家令のマシューや一部の使用人と協力し、アリシアにバレないように注意しつつ男を匿っていた。


一方で、伯爵は物騒な異世界人との交流を楽しんでいた。


今までとは違う新しい考え方に触れられると伯爵はマシューに語ったそうだ。


「へぇ、好きでもない女と結婚すんのか? くっだらねーな、まぁでも俺も恩のあるおやっさんに言われたら結婚でも何でもするだろうけどな」


「伯爵家を守るために結婚するのは吝かではない。ギャレット侯爵に睨まれたら領地にも影響が出るし……。ただ、一人娘のアリシアの将来に不都合が起こらないか心配なんだ。私にとって彼女の幸せが何より大切だから……」


「そうだなぁ、娘の存在は格別だからな。俺も実は娘がいたんだ。尤もこんな父親なんていない方がマシだと思われているだろうがな! はっ……」


そう言った瞬間に真っ黒いはずの男の目が金色に輝き始めた。それは大昔の聖女が未来視の力を発揮する時の特徴と同じである。


「おいっおいっ!何があった!?」


肩を揺さぶられて男はハッと我に返る。


男の脳裏には、たまに見かける金髪の少女の面影を残した美しい花嫁が、赤い目をした大男と結婚する場面が見えたという。


花嫁と花婿は幸せそうにお互いを見つめ合って笑っている。


若い二人の愛情に溢れた眼差しに、ヤサグレた自分の心もジーンと感動するくらいだった、と男は語った。


「そうか、異世界人の特殊な能力が発現したのか……。未来でアリシアとジョシュアが幸せな結婚をするということは、私が再婚をしても影響されないということか……」


娘想いの伯爵が考え込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ