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翌朝、不安そうなミリーがアリシアの部屋の扉をノックすると、既に身支度を整えたアリシアが顔を出した。


「ああ、ミリー。おはよう。夕べはありがとう。ジョシュア様は無事に帰られたわ」


爽やかな笑顔を見て、ミリーは胸を撫でおろした。


「まぁ、良かったですわ。お嬢さま、あら、素敵なネックレスをされてますのね?」


アリシアが身につけるアクセサリーは全て継母に取り上げられたはずなのに、彼女の胸には琥珀色の石がついた美しいネックレスが光っている。


「ああ、これね。夕べジョシュア様がくださったのよ」


彼はわざわざこのネックレスを取りに一度家まで戻ったのだ。


「まぁまぁまぁ、なんて素敵なんでしょう! さすが仲睦まじいお二人ですわ!」


ミリーは心から嬉しそうに笑った。


「お嬢さま。朝食を今お部屋にお運びいたします。どうか、部屋でお待ちになって……」

「大丈夫! もう気分もいいから、食堂で食べるわ。家族はそこでいつも食べるんでしょ?」

「え、あ、はい……でも、あの…今は奥様とイザベラ様がいらっしゃるので……」

「あら! 家族なんだから私が一緒に朝食を取っても構わないわよね?」


アリシアが明るく言うとミリーの顔が瞬時に青ざめた。


「お、お嬢さまは記憶を失っていらっしゃるかもしれませんが、その、あのお二人は……」

「ミリー、私のことを心配してくれているのよね。ありがとう。でも、大丈夫よ! 行きましょう! 案内してくれる?」


心配そうなミリーを急き立てて食堂に行くと、意地悪そうな女が二人、敵意の籠った眼差しでアリシアを睨みつけてきた。


年配の方が継母のグレースだろう。確かに年を重ねても妖艶というか、美魔女くらいの迫力はある。髪型や化粧が完璧なくらいピシッと決まっていて人工的な印象を与えるが、顰めた眉や面白くなさそうな表情だけが妙な人間味を出している。


……つまり、底意地の悪さが顔に出ているということだが。


若い女性はイザベラだろう。やはり化粧が厚く蔑むような視線が隣の継母とそっくりだ。


二人とも気位の高さや傲慢さがあからさまに顔に出ている。


(こんな女と結婚したがる男はいねーよなー。アリシアのお父さんは辛かったろうな)


内心アリシアの父に同情した。


「誰の許可を得てここに来たのです?! 汚らわしい!」


グレースが金切り声を上げた。


(顔だけじゃなくて声まで意地悪そうってスゲーな)


「朝食を頂きに参りました。私はここの娘ですから食堂で食べても構わないですよね?」

「は!? 何を厚かましいことを言っているの? あんたと一緒に食事なんて汚らわしい! 空気が汚れたわ! もう食べる気失くした!」


(これが意地悪な継姉のイザベラか。同じ空気を吸うのも嫌ッてか……はは、あんたに吸われる空気が可哀想だわ)


「この家の娘はイザベラだけよ! 本当にいけ図々しい! 行くわよ! イザベラ! ミリー、あんたも付いていらっしゃい!」


グレースはそう言い残すとイザベラと連れだって立ち去った。ミリーは泣きそうな顔でアリシアを振り返りながら食堂から出ていく。


残されたアリシアは平然と空いている椅子に腰かけた。


その時、食器を片付けていた若いメイドがアリシアに声を掛けてきた。


「ねぇ、あんた。なに図々しくそんなとこに座ってんのよ。食器を片付けるのはあんたの仕事でしょ。さっさと働きなさいよ!」


もう一人の若いメイドも高圧的な態度で睨みつけた。


「昨日はあんたが仕事をさぼったせいで私たちの仕事が増えたんだから。体調が良くなったんなら、今日の仕事は全部あんたがやんなさいよ!」


アリシアは余裕の笑みを浮かべるとスッと立ち上がり、二人同時に足を引っかけて派手に転ばせた。


漫画のようなステーンという擬音語が聞こえるくらい見事に二人は転倒した。


「な、なにすんのよ! あんた! アリシアの分際で!!!」


「は!? それはこっちの台詞よ! 侍女の分際で何言ってんの? こっちは正式な伯爵令嬢なのよ! さっさとテーブルを片付けて私の朝食を持ってきなさいよ!」


アリシアが怒鳴りつけると、二人のメイドは信じられないというように口をポカンと開けて彼女の顔を見上げた。


しばらく呆然としていた二人だったが、徐々に怒りが湧いてきたのだろう。真っ赤な顔をして立ち上がるとアリシアに掴みかかってきた。


(喧嘩上等! アリシアは体も鍛えていたみたいだ。体幹がしっかりしてる。十分に戦える!)


身体を空手のように構えたその時に背後から大きな声がした。


「何をやっている!!!」


メイド二人がビクッとして動きを止める。


アリシアが振り返ると、ジョシュアがいかつい顔をさらに強張らせて立っていた。何か波動を感じる。すごい迫力だ。


メイドたちはアワアワと恐れおののいた。


「いえ、なにも……その、別に……」

「あの、ちょっとお嬢さまと行き違いが……」


もごもごと言い訳をする侍女たちを親の仇のように睨みつけるジョシュア。


逃がすつもりはない。


「ジョシュア様。おはようございます。いらして下さった良かったわ。この二人は朝食も出さずに、私に皿を下げろとか働けって言うんです」


「なに!? おい! それは本当か?! 彼女は俺の妻になり、いずれはスウィフト伯爵夫人になるんだぞ!」


ジョシュアの怒り顔は発情期のマンドリルよりも迫力がある。巨漢だしね。


メイドたちは顔を真っ青にして大袈裟に手を振りながら必死で弁明しはじめた。


「ま、まさかそんなことをお嬢さまに申し上げる訳がありません!」

「お嬢さまは昨日体調が悪かったので、きっと何か勘違いをされて……」


その時アリシアは胸元にかかっているネックレスを握りしめた。


+++++


『ねぇ、あんた。なに図々しくそんなとこに座ってんのよ。食器を片付けるのはあんたの仕事でしょ。さっさと働きなさいよ!』


『昨日はあんたが仕事をさぼったせいで私たちの仕事が増えたんだから。体調が良くなったんなら、今日の仕事は全部あんたがやんなさいよ!』


『な、なにすんのよ! あんた! アリシアの分際で!!!』


+++++


先ほどのやり取りは全てこのネックレス型の魔道具で録音されている。ジョシュアから音声を録音できる機械がこの世界にあると聞いて、夕べ彼に頼んで手に入れたものだ。


再生された自分たちの声を聞いて二人の顔が真っ白になった。


立っているのも辛いようで口をパクパクさせながらガクリと床に膝をつく。


「これは何の騒ぎです!!!」


その時、背後から意地悪そうな金切り声が聞こえてアリシアはニヤリと笑った。

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