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翌日、アリシアは本当に女官の恰好をして、謁見中の国王の後ろに控えることになった。


自信はないが、国王も本気でこんな小娘の助言を求めているはずがないだろう。


それでも緊張しながら、謁見の間に次々と人が入ってくるのをじっと観察する。


国王ともなると様々な人間がやって来るが、ほとんどが陳情だ。


初めに外国の商人が入ってきた。


最近になってこの国での商業許可が下りたらしい。商品を作るための生産拠点もこの国に作りたいという陳情だ。


裕福そうな商人は立て板に水のように自分たちの商品の利点をアピールした。


「私たちが栽培する植物の繊維から衣服や布を作ることができます。それだけではありません。葉を乾燥させて煙草のように吸うと気持ちが良くなり、リラックス効果もあります。健康にも良いという研究結果が出ているので是非国内での販売及び生産許可を頂きたいと存じます」


彼は大仰に額が床につきそうなほど深くお辞儀をした。


「ふむ」


国王は考え込んでいる。


「悪くない話のようだが……」


しかし、アリシアには気になる点があった。


『乾燥させて吸うと気持ちが良くなる』


彼女は、アイとして異世界で生活している間にテレビやインターネットなどに触れる機会が多かった。


特にワイドショーという番組は非常に興味深い。


ニュース、政治、アイドル、生活の知恵、ファッション、グルメ、スキャンダルといった異世界における広範な知識を身につけ、異世界の慣習を学ぶには最適の素晴らしい番組であった。


そこで、アリシアは某俳優が大麻取締法違反で逮捕されたというニュースを見た。


自分の部屋で大麻という依存性のある違法な植物を栽培していたという。実際に画面でその植物を見て『あら、どこにでもありそうな草なのね』と思ったことは記憶に新しい。


国王はアリシアの方をチラッと見て小声で尋ねた。


「そなたはどう思う?」


突然のことで内心激しく動揺したが、何とか返事をひねりだした。


「陛下、まず具体的にどのような植物なのかをご確認されるべきではないでしょうか?」


「その通りだな。その植物はあるか?」


「はい! ただいまお持ちいたします」


商人が部下らしき男性に合図をすると、彼が小さな植物の鉢を取り出した。


アリシアはそれを見て確信した。


(やっぱり見覚えがある……大麻だわ!)


彼女の表情を見て、国王は判断を決めたらしい。


「保留にする」


そう商人に告げると彼は不満そうだったが、何も言わずに礼をして立ち去った。


なんとなくこの商人は許可が無くても闇で大麻を売りさばきそうな予感がする。


(後で陛下に相談してみよう)


そう思いながら、次の謁見希望者に目を向けた。


***


次に現れたのは孤児院の経営者だ。十代半ばくらいの少年を伴っている。


「陛下、ご機嫌麗しく。ご尊顔を拝する栄誉に心より感謝申し上げます。日頃より手厚いご支援を頂けるおかげで私どもが経営する孤児院は立ちゆくことができます」


「うむ。子供たちの将来のために力を尽くして欲しい。子供は国の宝だ」


「誠にありがとうございます! ところで、この少年は料理の才があります。是非王宮の厨房で訓練していただけないでしょうか? 下働きからで構いません。彼の才能を伸ばしたいのです!」


朗々と述べる男の言葉を聞きながら、少年は無表情で立っている。


(この子は本当にそうしたいと思っているのかしら?)


アリシアは疑問に思ったが、反対する理由もない。料理人を目指す男の子だったら、王宮の厨房で働くことは素晴らしい経験になるだろう。


しかし、何かが胸に引っかかる。


国王は多少思案していたが、すぐに決断したようだ。


「分かった。良いだろう。料理長に話を通しておけ」


近くにいた補佐官に合図をした。


***


その後は自分たちの町に橋を作って欲しいとか、土砂崩れがあったので何とかして欲しいとか、様々な陳情が続き、謁見の時間が終わる頃には見学しているだけのアリシアも疲れてしまった。


そして、最後に登場したのは外国の商人で、珍しいものが手に入ったので国王に献上したいと跪いた。


これまでこの国で商売をしたことがないので、これから商業許可を申請したい、ついては是非お力添えいただきたい、という口上を述べるが、賄賂代わりの贈り物であることが明らかで国王は眉を顰める。


その男の部下が運んできたのは大きな檻だった。


中に蹲っているものが何かに気がついて、アリシアの背中にゾッと鳥肌が立った。


国王の顔色も変わる。


「……非常に希少な生き物です。獣人の子供です! 他の諸国の王族の方々にも大変喜んでいただいております! いかがでしょうか?」


「この国では獣人は人間として扱われている。お前がやっていることは人身売買、もしくは誘拐罪に当たる」


国王の冷たい声を聞いて商人は顔面蒼白になった。


「ま、まさか……そんな。大変申し訳ありません。知りませんでした! 祖国で獣人の売買は完全な合法なのです!」


彼は平伏するが、国王は冷たく言い渡した。


「知らなかったでは済まされない。商売をしようとする国の法律くらい調べるのが常識だろう? 貴殿はこの国の法律に則り裁かれる。まずはこの檻の扉を開けよ」


商人は震えながら鍵を取り出して檻を開けた後、騎士たちに連行されていった。


国王は慎重に檻に近づく。アリシアも国王に続いて檻の中を注視した。


中には小さな男の子の獣人が蹲っている。


『白い』という印象の子だ。


体は完全に人間の男の子で服を着ているが、顔は犬にそっくりだ。


真っ白な子犬。


獣人の噂は聞いたことがあるが、実際に会うのは初めてだ。


言葉は通じるんだろうか、と思いながらアリシアは思い切って声を掛けた。


「怖がらなくていいのよ。外に出ていらっしゃい。ここには誰もあなたを傷つける人はいないわ」


そのまましばらく待つと中の男の子がゆっくりと起き上がった。


おそるおそる檻から出てきた少年は不安そうにアリシアを見つめる。


真っ白な毛によく似合うルビーのような赤い瞳を見つめながら、アリシアは安心させるように微笑んだ。


「もう大丈夫よ。心配しなくていいわ」

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