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翌朝、まだ暗い内にアリシアは王宮に向かった。
スウィフト領に出発するジョシュアたちを見送るためだ。
アリシアが到着すると、ジョシュアと騎士たちは出発の準備でバタバタと慌ただしく動いている。
邪魔をしたくないと遠巻きに見守っていると、ジョシュアがアリシアに気がついた。
「アリシア! 見送りに来てくれたのか!?」
あからさまに嬉しそうな顔つきにアリシアの心臓がぴょんと跳ねた。
(かわいい……)
駆け寄ってくる少年のような笑顔につい見惚れてしまう。
アリシアは思い切って愛しい婚約者の胸に飛び込んだ。
思いがけないことだったのだろう。
ジョシュアの体が緊張で固まった。
「どうか……どうか、ご無事で。必ず帰って来てくださいね」
アリシアが彼の背中に手を回して見上げると、ジョシュアが泣きそうな顔で彼女を見下ろしていた。
「……愛おしさが極まると泣きたくなるんだな」
ジョシュアはそっと何度もアリシアの頭を撫でると、思い切り抱きしめた。息が詰まりそうな抱擁が心地よい。
「コホンッ」
背後で咳払いの音が聞こえて、アリシアは慌ててジョシュアから離れる。
人目があるのをすっかり忘れていた。
そこに立っていたのはカラムだった。
「おはようございます! ジョシュア様、アリシア嬢」
丁寧にお辞儀をする彼の目の下にはくっきりと黒いくまができている。着ている服もヨレヨレだ。窶れて疲れ果てた彼の様子にアリシアは驚いた。
「カラム様!? どうなさったんですか?」
「ええ。実は徹夜で魔道具師たちと働いていましてね」
カラムは苦笑した。
「まぁ、大丈夫ですか? 今回の出発のためですの?」
「実はそうなんです。ブレイク殿下から依頼されまして……以前から命じられていたことなんですが、夕べ今日までに仕上げられるか?と突然尋ねられまして」
「何をですの?」
「アリシア嬢は指紋採取の魔道具を設計する際に、これは本来、通信手段だと仰っていましたね?」
「ええ、そうですわ」
異世界で見たスマホやタブレットを思い出す。
「指紋のデータを簡単に移送できるなら、通信にも応用できるのではないかと思って、魔道具師と一緒に研究していたんです。僕は法務官ですが、魔道具にも大変興味がありまして」
へへっと頭を掻くカラムの顔が少年のようにほころんだ。
「それで! なんとか間に合わせましたよ! ジョシュア様、どうかこれをお持ちください」
そう言って得意気にジョシュアに差し出したのはスマホ型魔道具だ。
「アリシア嬢にはこれを」
タブレット型魔道具を手渡される。
「まぁ! もしかして、これで通話ができるんですの?!」
「どうやって使うんだ?」
二人は同時に声をあげた。
「アリシア嬢が以前言っていたビデオ通話が可能になりますよ」
「素晴らしいわ! カラム様! 天才!」
カラムは照れながら使い方を説明した後、騎士たちに忙しく指示を出しているブレイクに向かって歩きだした。
アリシアとジョシュアはワクワクしながらビデオ通話を試してみる。
すると……
タブレットに斜めになったジョシュアの顔が現れた。スマホの角度をどうしたら良いか分からないようだ。
しかし何度か試した後、ちゃんと真っ直ぐ画面に映るようになった。
「これで寂しくありませんね」
「実物には負けるけどな。でも、旅の間も画面を通して話ができるのは嬉しい」
二人は画面越しに目を合わせてクスッと笑う。
その時、ブレイクが近づいてきた。
「アリシア! 来ていたのか? 後で使いの者をスウィフト邸に送るつもりだったが、今説明した方が話が早いな。アリシア。僕らが留守の間は王宮で父上たちと一緒に過ごして欲しい」
「え!?」
思いがけないことを言われてアリシアは呆気に取られた。
「どういうことですか?」
「君はまだ狙われている可能性がある。ジョシュアも僕もそれを心配していてね。この国で一番安全なのは国王陛下の居城だ。僕らが留守の間、君はメアリと一緒に国王付きの女官ということにしてそこで生活して欲しい。メアリが委細承知しているから大丈夫だ。後でスウィフト邸に迎えを寄こすように手配したから!」
「え!? でも、そんな恐れ多いことを!」
「頼む! そうでないとジョシュアが安心して出発できないんだ。僕たちの安全のためだと思って!」
ブレイクから拝むように頼まれて断れるはずがない。
アリシアは渋々了承した。
男性陣がどんどん過保護になってきているのは気のせいだろうか?
「アリシア、俺もブレイク殿下の案が最善だと思う。君が安全でいないと俺も気が気でないからな」
ジョシュアの甘い笑みにアリシアの胸がきゅっと縮まった気がする。
出発の準備を終えた一団が全員馬にまたがった。
気がつくと国王一家も見送りに来ている。王妃が心配そうにブレイクを見守っていた。
ブレイクは軽く会釈すると、手を勢いよく振り下ろして号令をかけた。
「出発だ!」
それに合わせてみんなが「応!」と声をあげる。
「行ってくる」
ジョシュアはアリシアに向かって優しく微笑んだ。愛おしさに胸が締めつけられて苦しい。
胸の不安を押し殺しながらアリシアは笑顔を見せた。
「どうか、ご無事で。ずっとジョシュア様たちのご無事をお祈りしています」
アリシアは彼らの影が見えなくなるまで、その後姿を見送っていた。




