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「指紋が証拠として認められるようになって良かったですね」
お茶を飲みながら、アリシアが声を掛けるとブレイクは曖昧に微笑んだ。
先日の実証実験のおかげでブレイクの評判はうなぎ登りだ。
顔がイイだけではない優秀な第二王子としての地位を確立したも同然なのに、物憂げな表情で焼き菓子をポリポリとつまんでいる。
今日、ジョシュアとアリシアは、ブレイクから話があると王宮に呼び出された。
ジョシュアはアリシアに叱られて以来、ブレイクに対して過度な嫉妬をすることはなくなった。
アリシアとブレイクの間に甘い雰囲気がないことも落ち着けば分かったのだろう。
ジョシュアは特に嫉妬心を見せることなく大人しく座っている。
***
ブレイクは王族としての公務もあり多忙なはずだ。
そんな中わざわざ呼び出しておいて、ブレイクは憂鬱そうな顔で肝心の用件をなかなか話しださない。
「……もしかして、ブレイク殿下が優秀過ぎて兄君の王太子殿下が嫉妬して兄弟げんかになったとか……」
アリシアが顔を青褪めさせながら呟くと、ブレイクがぷっと噴き出した。
「それはないな! うちの家族は仲がいいんだよ。兄上も喜んでくれた。『さすが自慢の弟だ』と褒めてくれたよ」
「そうなんですか。素敵なご家族ですね」
アリシアの透明感溢れる微笑みについブレイクが見惚れてしまい、ジョシュアの眉がピクリと跳ね上がる。
「ああ、悪い悪い。ジョシュア。心配しなくて大丈夫だ。僕はもう諦めたからね。でも、今後もアリシアとジョシュアには協力してもらいたい」
「諦める……?」
アリシアが怪訝そうに呟いた。
「アリシアには関係ないことだ!」
ジョシュアに一刀両断され、アリシアは『ま、いーか』と思い直す。
「家族とは仲がいいんだが、僕は父上や母上、兄弟や妹とは見た目が一人だけ違うからね。何かと陰口を叩く人もいるよ」
ブレイクが溜息まじりに呟いた。
確かに王族の中で一人だけ黒目黒髪のブレイクはかなり目立つ。そもそも黒目黒髪自体が非常に珍しい。
「あ!?」
アリシアは実証実験の時にブレイクを悪しざまに貶していた老人を思い出した。
「何かあった?」
ブレイクに尋ねられても、まさか正直に言えるはずがない。
「なんでもありません!」
誤魔化そうとしたが、ブレイクはじっとアリシアの目をみつめる。
「何か心当たりがあるんだろう? 隠しても無駄だよ? 僕の悪口を聞いたんだね? なんて言っていた?」
仕方なく、アリシアは正直に告白した。
「先祖返りね……」
ブレイクが呟くとジョシュアが驚いた顔をした。
「殿下!? 殿下も先祖返りなんですか?!」
アリシアがおずおずと尋ねる。
「あの、言いにくかったら答える必要はありませんが……その先祖返りと言うのはどのようなものなんでしょうか?」
ブレイクが苦笑いの表情を浮かべた。
「先祖返りね……世間的には忌まわしい印象があるだろうね。呪いの子と言われることもある」
平坦な口調で答えるブレイク。
「でも、僕の両親は気にしていない。兄弟も妹も気にしていない。だから、僕も気にしない。誰に恥じることはないと思っている。ただ、僕の場合、過去の王家の恥部を晒すことになるから公にしてはいないんだ。でも、年取った貴族の中には知っている者もいる。僕が王太子でなくて良かったよ。僕が国王になると言ったら、そういう老人たちはこぞって僕を排斥しようとしただろうからね」
その言葉をジョシュアは唇を噛んで聞いている。
「ジョシュア、アリシアは分かってくれる。それに、先日ギャレット侯爵が君も先祖返りだとアリシアの前で話してしまった。……聞いていただろう? アリシア?」
「は、はい」
正直に答えただけなのに悪いことをしてしまった気になるのは、ジョシュアの顔が辛そうに歪んだからだ。
「で、でも、ジョシュア様が話したくないことは聞くつもりはありません! 私は何を聞いても、何も聞かなくても気持ちは変わらないと自信を持って言えます。ですから、ジョシュア様、私は何も知らなくて結構です!」
アリシアの言葉にジョシュアの紅い瞳が潤んだ。
「あ、ありがとう……アリシア。今はごめん……いつかちゃんと話すから」
「ジョシュア、君が羨ましいよ。アリシアは素晴らしい女性だ」
「当然です!!! あ、でも、絶対に渡しませんよ!!!」
ジョシュアが胸を張るのをみて、ブレイクが爆笑した。
「すぐに元気になったな。まぁいい。僕の話は、僕個人としては誰に話しても構わないと思っている。でも、さっきも言った通り、王家の恥部に触れることなんだ。だから、誰にも言わないでもらえるかい?」
「もちろんです!」
「誰にも話すつもりはない」
アリシアとジョシュアは力強く頷いた。




