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実証実験は評議会の評議員十名全員の協力のもとで実施する手筈になっている。
評議員は議場に特別に設置されたテーブルを囲んで座っているが、そこに魔道具師とカラムが現れて、新しい魔道具を並べ始めた。
アリシアが異世界で見たタブレットを参考にして開発した魔道具は指紋を採取し記録することが出来る。
まず、評議員全員の指紋を記録させてもらう。
カラムと魔道具師は、各々の評議員の前にタブレット型魔道具を置き、使い方を丁寧に説明した。
魔道具師は聴衆にも見えるように画面を高く掲げた。そこには青い色の手の形が映し出されていて、その手に合わせるようにそれぞれの指を置く場所が表示されている。
各々の指から無事に指紋を採取・記録できたら、手の色が緑に変わる。上手く指紋が採取出来なかった場合は赤色になる。
カラムと魔道具師が手際よく評議員の両手の指の指紋を採取し記録していく。
その後、カラムが取り出したのはやはり異世界のスマホに良く似た魔道具で、タブレット型魔道具との間で簡単にデータのやり取りができる設計になっている。
カラムはタブレット型魔道具で採取した評議員の指紋データを、一瞬にしてスマホ型魔道具に集めてみせた。
ブレイクが良く通る声で何が行われているかを解説している。
「皆さん。今、十名の評議員の皆様の指紋を採取し記録しました。さて、これからが実験です。評議員の皆様。どうか、別室で他の誰にも分からないように、どなたか、この万年筆に触って下さい」
そう言って差し出したのは、何の変哲もない万年筆だ。
ただ、他の人が触れられないように透明な瓶の中に入っている。
カラムがそれを受け取って評議員に渡した。
「誰がどの指でその万年筆に触ったのかを指紋を使って当てることができます。触るのは一人でなくでも結構です。二人でも、三人でも、十人全員でも構いません。そして、それは全て秘密にしてください。指紋を使えば誰がどの指で触ったのかを特定できる、という実証実験ですから」
ブレイクは堂々と告げた。彼の確信を持った口調に聴衆は感銘を受けつつ、戸惑い騒めく人々も多い。
「そんなこと可能なの?」
「本当にできるのなら大したものだが……」
「失敗するに決まっている……」
評議員たちは瓶を持って別室に案内されていった。
そして公正に実験が行われるかどうかを見届ける立会人も三名、評議員に続いて議場から退出していく。
約十分後に戻ってきた評議員たちは再びテーブルに腰を下ろした。
瓶の中に入った万年筆は、先ほどと何も変わった様子はない。
カラムはその瓶を受け取り、スマホ型の魔道具を瓶にかざしはじめた。
この魔道具の優れたところは、たとえガラス越しでも指紋を感知できるくらい感度が高いことだ。
万年筆の表面から検出された指紋と、スマホに記録されている指紋を照合して一致するものを見つけるだけの作業なので、複雑なものではない。
あらゆる角度から万年筆にスマホをかざし終えたカラムは、画面を確認して頷いた。
「この万年筆に触った方は二名いらっしゃいます!」
彼が大きな声で告げると、評議員の間から思わずというように「おおっ」と驚きの声が上がった。
立会人の一人が落ち着いた声で口を開く。
「その通りだ」
聴衆もどよめいた。
「三つの指紋が検出されました。ヴィッキー・マーバー様が右手の親指と左手の人差し指で触りました。そして、アシャー・エイベル様が右手の小指で触りました」
カラムの言葉に、評議員全員が立ち上がった。
「なんで分かった!?」
「その通りよ!」
「当たったわ!」
「こんなに正確に分かるものなのか!?」
次々と驚嘆の声があがる。立会人の顔にも驚きの表情が隠せない。
国王と王妃もこんなに成功するなんて信じられないというように顔を見合わせている。
「ブレイク! でかした! これは大きな発見だ」
国王の声が議場に響き渡った。
聴衆からも大きな拍手が沸き起こる。
「これが指紋です。一人一人の、そして一つ一つの指紋は全て異なっています。指紋を検出・記録することにより、犯罪捜査の精度が大きく改善することでしょう。冤罪を防ぐためにも非常に効果的な捜査方法だと思います。どうか、前向きに検討してくださるよう、よろしくお願い申し上げます」
朗々と述べるブレイクの言葉に、聴衆は熱狂的な歓声を送った。
後日、指紋は正式に裁判で証拠として認められることが発表された。




